第36話竜守涼太、帰還

「遅い登場じゃなあ、ヒーロー。こっちは一狩り終わったところじゃぞ」


 ブラックドラゴン・ヴァニカスタムに掴まりながら帰還した涼太を、我は両腕を広げて歓迎する。

 聞いたところによると、涼太はアブードに不意を突かれて右足の腱を断たれたようじゃ。やれやれ、我が付いておらんと危なっかしいのは男の子の性かの?


 重傷を負ってなお、涼太の奴は辺りを見回して周囲の被害状況を確認しておる。自分より他人を心配する辺り、竜守家の人間じゃな。


 我の態度を見て、この一件に終止符が無事に打たれたことを悟ると、涼太はようやく緊張の糸を緩めた。


「ヒーローの看板に恥じない活躍がしたかったんだけどな。……最後の最後で足を引っ張って悪かった」


 安堵の溜め息とともに涼太の口から出てきたのは謝罪の言葉。やれやれ、こういうところが涼太の悪いところじゃな。


「なにを言うか、お主はよくやったじゃろ。此度のお役目、想定外の大捕物じゃったからな。存分に誇ることは許すが卑下することは許さん」

「いやでもな、今回は俺の力不足で本当に危なかったからさ……」

「竜の不意打ちを食らって生きているだけで上々よ。どうせ小狡い不可視の一撃じゃろ、初撃でお主ではなく抱えていたカノンに矛先が向いていたら、我とて守れていたかは分からん。涼太よ、お主は殿を見事に果たしたんじゃから胸を張れ」


 歴代の中でも涼太の守護者としての腕は上位。総合力で敵うものは一握じゃろう。その上で若く大器晩成型の性質も持つ。長く竜守家の者たちを見てきた我の直感ではあるが、その自身を過小評価する悪癖と生来の不幸体質さえなんとかなれば万夫不当の戦士になること間違いなしじゃ。……もっとも、時代も涼太もそんな力は求めていないじゃろうがな。


 ともあれ、相手は地力の違う竜であったし、そもそも咎められるべきは下手人であって我の可愛い涼太ではない。おーよしよし、痛かったじゃろう怖かったじゃろう……などと昔のようにあやしては不機嫌になるか。自重せよ、竜守ヴァニ。思春期男子の機嫌なぞ手玉に取れぬようでは轟天竜の名が泣いてしまうわ。


「竜守家長男ならただいまの一言で我を安心させよ。そこにエナドリがあればなおよしじゃな」

「お前、そればっか……はあ。ただいま、ヴァニ」

「うむ、おかえりじゃ。よく帰ったの、涼太よ」


 「ただいま」と「おかえり」は欠かしてはならん。家族とはかくあるべきじゃ。エナドリがないのは目を瞑ろう。我は寛容じゃからな。


「それで、小鈴とカノンさんは? 怪我はしていないと思うけど」

「我を誰だと思っているんじゃ。二人とも無傷よ。小鈴は我のために結界を張った反動で横になっておるし、カノンは今し方配信を締めたところじゃ。お主こそ足は大丈夫か?」

「全然余裕——って言いたいけど。本音を言うと歩けないし血を流しすぎて目眩が酷い。自己診断だけどちょっとヤバいかな」


 重傷ではないか。


「強がりめ。ほれ、早く見せよ。せっかくダンジョンから脱出しても失血死では格好がつかんじゃろ」


 涼太がこういう弱音を吐くときは、大抵口で言うより酷い状況じゃ。蒼白の顔色に吹き出る汗。どう見ても痩せ我慢しておるな。


 我に医学の知識は無いが、竜守家の人間であれば治すことはできる。おお、見れば見るほどCERO:Zじゃな。縫合糸代わりに髪を一本抜いて傷口を素早く縫い付け、ささっと唾を付けて処置完了じゃ。


「我の飴は舐めておるな?」

「もちろん」

「うむ、ではこの髪が溶け落ちるまでは派手に動き回るでないぞ」

「ありがとう。それで、どれくらいで治る?」


 治療に要するのは1週間、いや涼太の回復力なら5日と少しかのう。魔法でぱぱっと治してやることもできるが、魔法とて万能ではない。差し迫った要件もないのに涼太の身体を徒らに苛める必要はなかろう。

 

「ざっと週明けにはいつも通り動ける見立てじゃな。無論、過度な動きをせねばだぞ」

「……しまったな、週末はS級の認定試験があるのに」


 S級の認定試験、というと冒険者の昇級試験のことじゃな。その実技の試験官を竜守家の人間が務めるのだが、涼太の足では無理させられんな。


 つまり、じゃ。


「ついに代打で我の出る日が来たか……!」

「絶対にないから」


 青白い顔のくせにツッコミはいつも通りか。うむ、これなら死ぬことはなかろう。


「ジョークじゃ、ジョーク。お主こそ間違っても治っておらん足で出ようとは考えてはならんぞ」

「分かってるって……母さんと小鈴には迷惑をかけるのは嫌だけど、こればっかりはな」

「憂うことでもなかろう。風香は言わずもがな、小鈴も立派な竜守家の子じゃ。快く引き受けてくれるじゃろ」


 そう言ってやっても涼太の顔は晴れない。やれやれ、背負いすぎるのも涼太の悪い性分じゃな。


「母さんは普段のお役目で忙しいし、小鈴はまだ小学5年生だ。できることなら二人には迷惑掛けたくないんだよ」

「お主、常人なら再び自力で歩けるようになるまで半年近くは掛かる大怪我であることを自覚しておらんのか? 竜守家のお役目が激務なのは重々理解しておるが、家族の絆を忘れてはならん。お主は1人ではないんじゃぞ」

「……普段の言動を顧みずにそういう台詞が言えちゃうお前の精神、やっぱ尊敬するよ」


 ほほう、涼太の口から我を尊敬する言葉が出るとは。明日は雪が降るのかの?


「うむ、手放しに敬うがよい」

「褒めてねえよ」


 ははは、明日はまだまだ快晴らしい。ふらついて気絶するように眠った涼太の身体を受け止めて小鈴の横へ運んでやる。……2人とも、よく頑張ってくれたのう。


 カノンにも詫びを入れねばならぬか。竜守市の守護竜が軽々に頭を下げるな、と後で風香に怒られそうだが仕方あるまい。此度の竜討伐は我の一存。無傷であったとはいえ、巻き込んだ事実はある。


 だが、その前にやらねばならぬことがある。急拵えのテントで眠る2人の姿を視界から外して、先程からこちらを恨みがましく睨んでくるドラゴンを我は睨み返した。


「轟天竜、ヴァニフハール……!」

「我を轟天竜と知ってなお、意気軒昂なのは結構。蛮勇ではあるが、それも若さよな。うむ、若いというのはそれだけで愛でたくなる。しかし若さを愛するにはそこにある愚昧も許さねばならん。のう、アブードよ。我は貴様の若さを愛することができると思うか?」


 活殺自在。涼太も小鈴もおらぬこの場で、防御結界は期待できぬじゃろう。しかし、それがなくても弱って身動き一つ取れぬアブードを殺すなど、赤子の手をひねるよりも容易じゃろう。


 この問いはアブードに問うものではない。我が我自身に問うもの。


 この竜を果たして生かしておくべきか。まさしく愚問と呼ぶべき問いの答えは、口にするまでもないじゃろう。

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