第19話竜守式臨時試験

 竜守家として有害なダンジョンを攻略していたときは気付かなかったが、ダンジョン配信者には暗黙のルールがあるらしい。

 曰く、ダンジョンを独占配信してはならないのだとか。


「ダンジョンの立ち入り禁止ってどういうことだよ、オイ!」

「こっちは昨日からずっとダンジョンが開放されるの待ってたんだぞ!」

「そうよ! 私たちが竜守市民じゃないから差別してんの!?」


 臨時休業となったエツラクの駐車場には、幾つものテントが張られている。どれもこれもダンジョンアタックに適した頑丈なもので、その持ち主たちがただのキャンパーでないことを物語っていた。


 即ち、ダンジョン配信者である。あーあ、ドイツもコイツも我が校の頭髪チェックだったら引っ掛かりそうな髪色しちゃって。おまけに制汗剤の匂いが凄い。事情は分かるけど、さては風呂に入ってないな……。


「全面的な立ち入りの禁止ではなく、竜守市が交付したS級冒険者の資格を持つ者のみが立ち入りを許可されています。なにか誤解されているようですが、これは安全のための判断です。どうかご理解下さい」


 赤城さんがぺこぺこと縦にも横にも大きな体を曲げて頭を下げるが、この説明で納得したダンジョン配信者は——うん、いなそうだな。


「じゃあこんなところで俺らがテント張る前に説明の一つくらいあってもいいだろ! 無駄な時間過ごしたじゃねーか!」 

 

 やけに細身な、いかにもビジュアルで食ってそうなダンジョン配信者が赤城さんに食い下がる。


 そもそもエツラクの駐車場は私有地なんだが。ダンジョンが出現したからって、その場所が公園になるわけじゃない。

 無論、この状況はエツラク側が許容したことではない。ただし周辺に住む市民含め、苦情の類は一切俺の耳に入ることはなかった。……当然だ、再びダンジョンからリザードマンの大群が現れたとき、最初の犠牲者になるのは誰か。長年、この町に住む竜守市民はよく理解しているからだ。


 我が町の住民は親切にしていれば仏なのだが、迷惑な外の人間に対してはとことん冷たくなる。あまり褒められた性質ではないけど、今回の件に関してはダンジョン配信者の肩を持つことはできなかった。


 まあ、取り敢えず誰も死なずに無事火曜日の朝を迎えられたことを、この空のどこかで俺たちを見守る轟天竜に感謝しよう——普通の高校生が抱くには、あまりにもヘヴィな感想を溜息とともに吐き出した。


「なーんじゃ、涼太よ。朝から辛気臭いのう。悩み多き高校生アピールかの?」


 いや、空じゃないわ。真隣でこの口論を肴にエナドリ飲んでるんだわ。ヴァニに感謝なんかするんじゃないよ、俺。


「……実際多いんですけど。誰かさんのせいでな」

「なんじやとう!? 誰じゃ、我の可愛い涼太を困らせる奴は!」


 お前じゃい。……と、いつもならツッコミを入れているところだけど。朝っぱらからエナドリをキメているドラゴン相手に漫才をする気力など、未熟な俺にあるはずもなかった。


「じゃあ今すぐこの場でS級冒険者の資格くれよなあ! こっちは配信しなきゃなんねえんだよ!」

「いえ、ですからそういうわけにも……」


 厚顔無恥極まる言い掛かりをされる赤城さんが可哀想だな。

 赤城さん、良くも悪くも事なかれ主義だからなあ。ちらちらと視線で俺とヴァニにヘルプサインを送ってくるし。


 それを察してか、ヴァニが俺の腕を小突いてきやがった。


「なんじゃ、彼奴ら。S級冒険者の資格が欲しいんじゃろ? なら涼太よ、軽く揉んでやればよいではないか」

「いや、軽く揉むって……」


 竜守式の最終試験のことを言っているのか? あれは筆記試験やダンジョンコアの破壊数が合格点を超えたらやるもんなんだけど。


「お主も頭が固いのう。なに、ちとばかし順序が入れ替わるだけじゃろ。今必要なのは最低限リザードマンに負けない程度の力ではないか? 言ってしまえば臨時発行というやつじゃな」

「いや、そもそも俺の一存で決められないわけでさ……」

「我の一存なら問題あるまいよ。それにじゃ。お主の見立ててあの男ら、受かると思うのかの?」


 どんな人間でも壮健な身体があり、相応の修練と覚悟があれば竜守市でS級冒険者になることは可能性だ。現時点で、あの喚くダンジョン配信者たちは、壮健な身体という点は満たしてはいるわけなのだが……。


「……いや、そりゃないけどさ」

「ならば問題ないではないか。彼奴も試験を受けて、その上で合否を突き付けられれば納得するじゃろ。それでも納得せんようならば、いつも通り分からせてやるしかあるまい」

 

 分からせる。それは、言い換えれば痛めつけるということ。……嫌だなあ、モンスターならともかく人間相手に暴力なんて。

 しかし、同情やら優しさなんて甘えた感情でS級冒険者の資格を与えた相手が、分不相応のダンジョンに踏み込んで死んでしまった場合——少なからず、その責任の一端は俺たち竜守家にある。


 朝から心労の多い精神的重労働が確定したことに、俺は再び溜息を吐く。今日の授業くらいは出たかったんだけどな……。


「あーえっと。そこまでS級の資格が欲しいなら、今から試験してみますか?」


 どう見ても高校生のガキが突然割って入ってきたことに面を食らったのか、金髪の男は一瞬の間をおいて俺をじろりと睨んできた。


「なんだよ、ガキが出しゃばる場面じゃねえ。引っ込んでろ」

「……ガキは否定しませんけど。この場でS級冒険者の資格を発行できるのは俺だけなんで。臨時なので、後日筆記試験と規定数のダンジョンを攻略してもらう必要があるんですが、3752号ダンジョン内部の配信活動のみであれば許可しますよ」


 俺の言葉に、その金髪男は半信半疑といった様子であった。そりゃまあ、冷静に考えれば高校生がS級冒険者の試験に携わっているなんて信じるわけないけどさ。


「オッサン、コイツの話はマジなのか?」

「こ、コイツ呼ばわり!? アナタは竜守市民全員を敵に回すつもりですか! この方は轟天竜ヴァニフハール様を守護する、竜守家のご長男、竜守涼太様ですよ!」

「……ほぉん? ならお前でいいや。さっさとS級の資格くれよ」


 すっと強請るように金髪男の右手が伸びてくる。いや、俺が竜守家の人間だから特別に敬えとかこれっぽっちも思っちゃいないけどさ。これ、立場関係なく失礼だろ!?


 見れば、ヴァニの奴はゲラゲラ笑ってやがった。そりゃあさぞかし面白いだろう。この町でここまで竜守家に高圧的な態度を取る奴なんて、どこを探してもいないだろうからな。


「試験に合格したら渡しますよ。この試験はS級冒険者の昇級試験で、最終試験として用意されるものです。試験内容は俺を倒すか、俺の攻撃から5分間耐える。それだけです。やりますか?」

「え、お前をボコしたらS級になれんの? おいおい、竜守市のS級って聞けばかなり強いって話だったんだがな。とんだ肩透かしだぜ」

「……仮に合格しても、貴方の肩書きは臨時のS級ですけどね。でもまあ、合格したら本番を受ける際、この最終試験は免除しましょう。2回も同じ試験を受ける必要はないでしょうし」


 まあ、竜守市のA級冒険者が俺に挑むときは、みんな身体が必要以上に力んでいるのだが。どうやら、この金髪男は肝が太いのか、あるいは状況がわかっていないのか。実に自然体で剣を抜いて構えた。


「手加減はしてやるがよ、コイツは刃を潰してないぜ? 間違って殺しちまっても——こりゃ事故だよなあ?」

「ええ、間違って俺を殺しても気に病まないで下さい。この程度で死ぬ竜守はその程度ですから。じゃあ、赤城さん。タイマーの計測をお願いします」


 そう言って、俺は5分タイマーにセットしたスマホを赤城さんに渡す。ヴァニに渡したら飽きて動画を見始めるかもしれないしな。


「ああ、どうか。どうか怪我だけは……」


 赤城そんは大事そうに俺のスマホを受け取って、祈るように頭を下げてくる。

 あんまり心配されるような、やわな身体作りはしていないけれど。やっぱり言葉にされると少し嬉しかったりする。


「怪我なんかしませんよ。任せてください」

「いえ、怪我だけはさせないでくださいね?」


 俺の心配じゃないんかい。


「……それは約束できませんね」


 怪我するかどうか。それは本人次第である。

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