可愛いげがない
公爵邸に到着するとベルティーナの帰りを待っていた家令が父が呼んでいると告げた。どうせ、今日王太子に呼ばれた理由を知りたいのだろう。
アルジェントを連れて父のいる執務室に向かい、家令が入ると後に続いた。窓辺に立っている男性こそがべルティーナの父クロウ=アンナローロ公爵。べルティーナと同じ金色の髪に濃い紫色の瞳。若い頃は社交界で絶大な人気を誇った美は年齢を重ねても衰えが見えない。母が父に夢中になるのは何となくだが分かる。
べルティーナを見ると家令とアルジェントを下がらせ、二人きりになると早速話を切り出した。
「王太子殿下の話とは何だったのだ」
自分から婚約破棄の件を言うつもりがないべルティーナは適当な理由を述べた。
「従妹のクラリッサを見習えというお説教ですわ」
「はっ、可愛げのないお前のような女を婚約者に持つ殿下も大変だな」
誰が婚約者にした! と叫びたい苛立ちを深呼吸で押さえつけた。
「だったら、お父様から婚約解消を殿下に持ち掛けては。私のような可愛げのない女より、殿下やお父様達が可愛いと絶賛するクラリッサを王太子妃にしては」
「だから可愛げがないと言うんだ。クラリッサを見習ってもう少し控え目になればいいものを……」
落胆する父に言いたい。
落胆しているのはべルティーナの方だと。
話はこれで終わり、出て行けと追い出されたべルティーナは外で待っていてくれたアルジェントを連れて部屋に戻った。途中、兄ビアンコと遭遇し、開口一番嫌味を言われるも欠伸をして素通りした。
後ろからビアンコが何か叫んでいるが知った事じゃない。聞くだけで疲れる相手の話を何故聞かないとならないのか。
部屋の前に着いても怒るビアンコが付いて来て思った言葉をそのまま言うと言葉を失って呆然と立ち尽くす。
「べルティーナ、相手にするだけ無駄。さ、部屋に入ろう」
「ええ」
「! ま、待てべルティーナ! 僕の話は終わっていない!」
ドアノブに手を掛け、面倒くさそうにビアンコへ向いたべルティーナは。
「前から思っていたのですけど、お兄様って私を馬鹿にするか嫌味を言うくらいしかしないのに、毎回顔を合わせる度にしつこく留まらせようとする理由は何なのですか」
「お前のような頭の悪い妹を持つ僕の苦労を知らないから、お前はそんな事が言えるのだ!」
「そうですか。なら、お兄様からお父様に言ってくださいな。王太子殿下に嫌われているべルティーナはさっさと捨ててクラリッサを養子に迎え入れましょうと言ってくださいな」
「は!?」
大きな声を出したビアンコに顔を顰めつつ、間違った発言はしていないと睨み付けたら、何故か傷付いた面を見せられた。
「昔からクラリッサが本当の妹だったらって馬鹿の一つ覚えみたいに言って……お兄様と言い、お父様と言い、お母様と言い、そんなに私が嫌いならさっさと修道院へ送るなりしてクラリッサを養子に迎えたら良いものを」
「お前は何を言っているのか分かっているのか? だ、大体、僕や父上達がお前に厳しいのは全部お前の出来が悪いからだ! お前に比べてクラリッサは――」
またクラリッサ自慢を始めた声を最後まで聞く義務はなく、私室に入ったべルティーナとアルジェント。アルジェントに至っては扉の鍵を閉めた。外からビアンコが扉を殴って「開けろ!」「開けるんだべルティーナ!」と叫んでいる。時間が経てば諦めて部屋に帰るので放置が一番。
隣室に移動したら、簡易ベッドに腰掛けた。
元々べルティーナの衣装部屋の一つだったがアルジェントを拾った際に彼の部屋となった。ベッドしか置いていない部屋だが、ああやって煩い人が来ると毎回此処に避難する。
「私が言いたいわ。あんなのが兄で嫌だって!」
「言わないの?」
「昔言ったわ。お父様とお母様に叩かれた」
「あーあ、可哀想に。けどさ、俺、それ知らない」
「アルジェントを拾う前だもの」
確か六歳だった……筈と記憶の引き出しを探っている内に外は静かになった。諦めて部屋に帰って行ったのだろう。
「思い出した! 大公夫人主催のお茶会に参加した時よ。お兄様のお友達と妹君と話していたらお兄様が突っ掛かってきて、お兄様が来て私がげんなりしたからクラリッサの話を出されて、お決まりのクラリッサが妹だったらって言うからこう言い返したの」
『私もプラチナ伯爵令息のような優しくて面倒見の良い方がお兄様だったら毎日楽しいのに』と。言い返されると思ってもいなかったのか、面食らったビアンコだが意味を解すると今度は顔を真っ赤にした挙句涙を流し、べルティーナだけではなく友人も睨むと母の許へ駆けだした。その場でプラチナ伯爵令息と令嬢に謝罪して、帰宅したらビアンコから事情を聞いた父と母二人から顔を叩かれた。同じ空間にいたビアンコは優越感に浸った醜い笑みでべルティーナを笑っていた。
そこから両親や兄からの態度はより酷くなったものの、すっかりと彼等を見限り、隙を見て家を逃げ出したいべルティーナは最低限の感情しか見せなくなった。
リエトに対してもそう。歩み寄る気はなく、想い人が見つからないのも好きでもない相手と結婚しないといけないのもベルティーナのせいにしてくる始末。リエトに関しては先にアルジェントを拾ったのもあり、初対面の事もあって期待値はマイナスであったのも大きい。
隣に座ったアルジェントの肩に頭を乗せた。
「婚約破棄の報せはいつ来るのかしら」
「早くても明日じゃない? 国王や王妃は既に知っているみたいだし」
「強く叩かれる覚悟だけはしておきましょう」
「そうなる前に逃げようよ。べルティーナを不幸にさせないから」
「ありがとう。でもね、これは私なりのケジメでもあるの。お父様から確かに絶縁を言い渡されたという事実が欲しい」
「俺なら、どうこう出来るよ?」
「ううん。アルジェントには本当にどうにもならなくなったら頼るから」
「分かったよ」
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