第20話  皇子、父王と語る

 アルフォンソは、その夜、王家秘蔵の連絡用魔道具『魔鏡』を起動させた。

 その日は運がよかったようで、ほどなく、その面に、ローザニアン皇国国王アルメニウス一世がたった一人自室でくつろぐ姿が映し出された。


 3日に一度は、どこに居ようと、魔鏡で父王と密かに連絡を取ること。それが、王宮に居つかない息子に王が求めた唯一の義務だった。


 いつも通りの主観の一切混じらない客観的な報告の後に続けられた言葉に、王の眉がピクリと動いた。


「本気でそう申しておるのか、アルフォンソ?王族としての地位を捨て、異国の子爵令嬢の婿になると?」


 アルメニウス一世は、第二王子の驚くべき申し出を、表面上は、冷静に問い直した。


 『伝説の勇者』を彷彿させる見事な体躯に、金色の髪、真っ青な瞳。彫の深い精悍な顔立ちは、アルフォンソと通じるところは、ほぼゼロに等しかった。

 アルフォンソの容貌は、男と女という違いこそあれ、産後まもなく亡くなった実母に生き写しなのだ。その瞳と髪の色を除いて。

 皇子が極めて端正な貴公子だとすれば、アルメニウス王は、まさに大国の王者にふさわしい風格を持った美丈夫だった。


「その通りです、陛下」


 アルフォンソは、父王の問に臆することなく答えた。


「故に、王位継承権は、返上させていただきたく存します」


 王は、魔鏡越しに、アルフォンソを推し量るように見つめている。


 今生の父ながら、何を考えているのかわからない男だと、アルフォンソは改めて思う。

 いや、無表情なところは、似た者父子と言えるのかもしれないが。


 思い起こせば、父王が、心の底から笑ったり、悲しんだり、檄したりする姿を見たことは一度もない気がする。はたして、己の感情を揺らがすことなどあるのだろうか?常に人としてというより、王としてふるまうこの男に。


 アルフォンソが知る限り、王の国益に反する唯一の行動は、アルフォンソの実母、とるに足らない地方貴族の娘を、側室に迎えたことくらいだろうか。

 常に冷静沈着で公平無私な統治者。為政者としては立派かもしれない。が、父親としては、夫としては、どうなのだろう?物心つく前から母方の離宮で育てられたアルフォンソには、成人するまで、父子らしい語らいなどした覚えもなかったが。


「王位はアルバート兄上が継がれるはず。第三皇子のアルサンドも第一王女のアマリアーナ姉上もいます。側室腹の私が抜けても、何の支障もありますまい。少なくとも義母上は、お喜びになるかと」


「王族の義務をも捨て去ると申すのだな?」


「王族の義務?そんなものより、私ははるかに大切な者を見つけました」


 周囲に誰もいないのをいいことに、アルフォンソは、不敬にも言い放った。


「それに、軍を預かる身として、すでに十分すぎるほどに皇国に尽くしてきたと自負しております」


「私が許しても、大臣どもが黙って認めると思うか?お前の優秀さは、誰が見ても、ずば抜けている」


「では、お伺いします。陛下は、この私が、王にふさわしい器だと、お思いか?いえ、それ以前に、私が、皇国に長く留まることはできぬ身だとご存じのはす。私は、少しでも長く、かの令嬢とともに過ごしたいのです」


 父子は、しばし、見つめあった。どちらも感情を出すこともなく、黙して対峙する。向かい合わせに飾られた、異なる匠による美しい二つの像のように。


「お前の意、重鎮たちには、しかと伝えよう」


 王が面会の終了を告げた。


「吉報のみをお待ちしております」


 アルフォンソは、一礼した。


*  *  *  *  *


「アル、陛下には、ちゃんと話したんだろうな?」


 部屋から出ると、待ちかねていたエクセルが、いの一番に尋ねてきた。


「ああ。だが、まだ、確約は」


 返す言葉が、中途半端に途切れた。

 エクセルだけではない。扉の前には、黒騎士団の主要メンバーがほぼ全て集合状態。ちょっとした人だかりができていたのだ。


「お前たち、夕食はどうした?先に済ませるように言ったはずだが」


 アルフォンソは、一同の心配そうな、もの問いたげな様子に、面食らっていた。彼の表情筋は慣れ親しんだ者たちだけが判別できるくらいしか動いてはいなかったが。


「そりゃ、気になりますよ。団長、一大宣言かまして、そのまま、部屋に籠っちまったんだから」


 と、アルフォンソと比較的年が近い、若手有望術者のケインが言った。その言葉に、皆が頷きあう。


「ベルウエザーのご令嬢と結婚して、婿養子になる!だから、第二騎士団は、じきに解散になるかもしれない、だなんて」


「すまない。ここまで付いてきてくれた皆には、本当に悪いと思っている。先ほど言った通り、お前たちのことは、決して悪いようにはしないから、安心してくれ」


 呆れたように首をふる者多数。ため息を吐いた者多数。


「ね。私が言った通りになったでしょ?やっぱり、二人は一目で恋に落ちたのよ」


 シュール・ファレルが、なぜか嬉しそうに言った。彼女は、運命の出会いを扱う恋愛小説の密かなファンだった。

 ちなみに、ファレルは見舞いに来たシャルを案内して接待してくれた女騎士である。


「なんにせよ、団長が身を固める気になったってのは、めでたいことだよな?」


「実は心配してたんです。団長、自分が美形すぎるから、一生、女性に興味が持てないんじゃないかって」


「ベルウエザー一族って美形ぞろいで有名らしいぞ。なんでも、先祖にエルフがいたって話だ」


「ベルウエザー夫人って美人だよな。術師としても、ものすごいし」


「ベルウエザー卿は、元傭兵から婿養子になったんだと。で、あの夫人に今でも頭が上がらないって」


「婿養子?じゃ、母娘そろって婿をもらうことになるのかしら?」


 てんでばらばらに、皆がしゃべりだす。


「サミュエル様は将来楽しみな美形だけど、ベルウエザー嬢は、可憐って感じ。ですよね、団長?」


「眼鏡はずしたら、かなりの美人だとみたよ、俺は」


「眼鏡があろうとなかろうと、関係ないよね、団長?」


「ともかく、ご婚約おめでとう!」


「いや、まだ正式に決まったわけではないんだ。ただ、ベルウエザー夫人に、明日、内輪の晩餐に招待していただいた」


 アルフォンソが、ほんの微かだが、顔を赤らめたのを、もちろん、見逃した者はいなかった。


「とにかく、皆の実力は私が保証する。解散後も、それぞれの希望に沿うようにするつもりだ。約束する。第一騎士団でも、近衛にでも、移りたい部署を願い出てくれ」


 アルってば、そんなのは、一つしかないだろ。お前が、ベルウエザー領に行く以上。


 エクセルが心の中で突っ込みを入れた。


 『黒の皇子』率いる無敗の少数精鋭部隊『黒騎士団』。その実態は、世間の噂とは少し、いや、かなり、かけ離れていた。


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