ただ今ヒツジ電話番

夏目

眠れない夜はあなたのせいじゃない

第1話

ふああ、と自然とこぼれてしまう欠伸を噛み殺す。

時計を見れば1限が始まってまだ10分しか経っていない。寝ちゃだめだ寝ちゃだめだ、と自分自身に言い聞かせるけど、耐えきれない眠気が襲ってくる。

先生の声がまるで呪文のようだ。ああ、ダメだ。今日も眠いなあ。


「朝霞、ご飯食べよ。」

「・・・食べる。」

「ほら、起きて。」


お弁当袋を持って駆け寄ってきた加奈子が、机に突っ伏したままの私をみて呆れたようにため息をつく。起きてるよ、と返したけどその私の声は掠れていた。授業中にも関わらず爆睡しすぎたせいだ。


「今日もよく寝てたねえ。」

「寝る気は無いんだよ断じて。でも抗えないの、分かる???」

「ハイハイ、ワカリマスヨー。」


美味しそうな卵焼きを口に放り込んでから加奈子が適当に相槌をうつから、もう、と彼女を小さく小突く。彼女の花柄の可愛いお弁当箱の中には美味しそうなおかずが目一杯詰められていて、毎回密かにいいなあと思ったりする。


「2限の時机ガタンってやっちゃったし。」

「やってたね。」

「恥ずかしくてもう寝ない!って思ったのにその3分後には寝てたわ。」

「身長伸びるといいねえ。」


私の言葉に呆れたように笑って、でも、とかなこは私の顔を少し心配そうに覗き込む。苦手な雰囲気に喉の奥がきゅっとなった。


「朝霞、ちゃんと寝てるの?」

「寝てる寝てる。」

「ほんとに?」

「本当だよ、嘘ついてどうするの。」


加奈子は心配そうな顔のまま何かを言いたげに口を開こうとしたけど、その前に勝手に口が動いた。


「あー、でも昨日はあんまり寝てないかも。漫画読んじゃって。」

「漫画?」

「そう。広告見つけて読んでみたらめっちゃ面白くて。お風呂も入らず読んじゃったよ。」


ペラペラと溢れてくる言葉をそのまま垂れ流す。元々漫画やアニメが好きな加奈子は、私が口に出した漫画に丁度興味があったのか、気づけばいつものように2人でケタケタと笑っていた。昼休みはあっという間で、気づけばもう5限目が始まってしまう。ただラッキーな事に次の授業は体育だ。別に運動はそんなに得意では無いが、体を動かしていた方が眠気にまとわりつかれない。


「あ、ねえ朝霞。最近4組で流行ってる噂知ってる?ヒツジの話。」

「ヒツジ?なにそれ?」


体育館への移動中。加奈子が急にそんなことを言い出す。私が首を傾げると、人差し指を口に当てていたずらっ子のように笑った。そして、声のトーンを少し下げる。


「夜中の2時に、部屋は真っ暗にして、ひとりで。」

「え、なにまって怖い話はやめて?」

「ちょっとまだ話してる途中なんだから最後まで聞いてよ。夜中の2時に、真っ暗な部屋で、ひとりで、電話をするの。」

「・・・電話?」

「そう。333。この番号にかけるとね。」


そこまで言って、彼女は急に表情を無くした。


「向こうの世界に、繋がるらしいよ。」


向こうの世界って、そんなアバウトな。とは思ったけれどとにかくビビりな私は思わず加奈子の肩を叩いてしまった。加奈子も私のビビりをよく知っているため、なんちゃって〜と笑う。


「でもほんとに最近そういう噂があるらしいよ。」

「へえ、そうなんだ。なんか小学生みたいだね。」

「ね。向こうの世界ってどこやねん!って感じだけどね。」


同じような感想をこぼす加奈子に、それな、と返す。


「ていうか何がヒツジなの?」

「なんかねえ、そうやって名乗るみたいだよ。」

「電話に出る人が?」

「そう。」

「へえ、変なの。」


気付けばすぐに話題は最近できた加奈子の彼氏の話に移って、ヒツジの話なんて体育の時間が終わる頃には忘れてしまっていた。

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