#9 「魔法少女の苦手なコト」
「“迸れ、いま──キラピュア“──っ!」
くるりと回る青いポニーテール。
過剰な程のライトで彩られたステージ上、その頂点で輝く《魔法少女総選挙・夏の陣》の文字。
ダメ押しのスポットライトに包まれながら一曲歌い上げると、周囲の客に笑顔を振りまいて、
「ヴィエルジュシアンを──お願い致しますわッ!」
ビシリ、と。最後に挑戦的な笑みを浮かべ、シアンは厨房の入口近くで遠巻きにそれを見ていた衿華を指した。
「……盛り上がり、絶好調でしょ? あのステージ、作るの大変だったのよ?」
「アレって、マキさんの手作りだったんですか……?」
「ふふんっ、その通り! 有効活用する分には大歓迎、何なら今すぐにでもシアンに挑んだっていいのよ? ね、ノワール」
「……そ、そうですね」
外野二人、遥とマキで他愛もない会話をしていた時。
ちょうど話を振られた衿華は、僅かに視線を泳がせながら頷いた。
彼女にしては珍しい、と遥は思う。
最初の頃こそかなり緊張したような素振りは見せていたけれど、もうバイトを始めてから一週間と少しが経つからか、それとも紗に挑発されて負けず嫌いな性格が火を吹いたのか、近頃の衿華は学校にいる時とさして変わらない、まさに厳格な生徒会長としての堂々たる態度でいた。
それだけに、ここまで衿華が萎縮する理由──気になる。
「それにしても、今のって《ラブっとキラピュア》のOPよね」
けれど、自分の作り上げたステージにご満悦なのか鼻の穴を広げつつ、萎縮がちな衿華の様子には気づく素振りもなく。
マキの興味は紗の歌の方に向いているようだった。
「……そうですね。ちょうどボクたちの世代ぐらいです」
「《ラブっと》は確か一昨年くらいの作品、だったかしら。結構最近まで世代認定するのね」
「六年前です」
「ふぐぅっ!」
人にダメージを与えるのに大した言葉数は必要ない。特に世代間論争となれば尚更だ。
地雷は案外密に埋まっていて、踏まないように気をつけなければならない。
たった今、目の前で悶えているマキをもって遥はそれを思い知った。
ともすれば、衿華についても触れないでおくのが正解なのかもしれない──誰しも、話したくないことはあるはずだ。
気になりはすれど、聞くのはやめておこう。
先程まで胸中で好奇心を燻らせていたことに少しばかり罪悪感を覚えながらも、比較的とりとめもない話題を遥は持ち出した──。
「そういえば、衿華さんも世代、ですよね」
「……一応は」
「一曲、歌ってみませんか? いいアピールになると思いますし、それに──」
──きっと、楽しいですから。
全力で楽しもう、と。
昨日、杏から受け取った宣戦布告が脳裏をよぎる。
然るに、それに必要なのはこうした小さなイベント一つ一つを拾っていって、ここで過ごす時間の密度を上げることにあるのではないだろうか。
給仕、歌、"魔法少女らしいこと"を増やしてみる。
全力で"魔法少女"するなら多分、そんなところだろう。
そんな考え、それから普段は真面目な衿華が思いっきりアップテンポな歌を歌っているのを見てみたいという気持ちが少し。
とりとめもない話題の延長線として、遥はそう口にしたつもりだった。
──つもり、だったのだ。
「──っ!」
言葉の体を成さないまま漏れたうめき声。
声の主を確かめようと遥がそちらを見やると、そこには衿華がいた。
「……せめて、お客様が帰った後でも、よろしいでしょうか……」
背筋に悪寒が走る。
結果としてもう一人、マキに続いてまた地雷を踏んでしまったかもしれない、と。
いつになく切迫した表情を浮かべる衿華を前に、遥は身震いした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……なかなか……その、個性的……ですね」
「……オブラートに包まなくて結構です。いっそはっきり下手だと言ってください……」
ビート全開、マックスボリュームにほど近いアップテンポなメロディーの中、やっとのことで聞き取れた小さな声。
歌い終わった直後、衿華は縮こまったままそんなことを口にした。
「……歌は、その──苦手なのです。あまり、経験ありませんでしたから。──カラオケ、とか」
衿華がマイクを握り締め、周囲の合いの手に乗っかりながら流行りの曲を熱唱している。
……想像できないだけあって、その言葉には妙な説得力があった。
「でも、サビはあまり音を外してなかったです。そこに関しては問題ナシかな、と」
「……よく、口ずさんでいましたから。だとすると、あとは何が……?」
「やっぱり、入り──じゃないでしょうか」
『遥くん、一番大事なのは入りなの。そこで音を掴んじゃえば後は簡単、おまけにお客様の心も鷲掴みっ! まさに一石二鳥だよっ!』
以前、魔法少女総選挙に参加した時、杏からもらったアドバイス、それが脳裏をよぎる。
実際、この通りにした結果が総選挙一位だ。それが効果てきめんであることは、遥自身で実証済みだった。
とはいえ──。
「……でも、衿華さんが一番外してたのは冒頭、でした」
最初の衿華の給仕と同じく、冒頭を外せば、後半は一気に瓦解する。
彼女の歌も然りだった。最初の一フレーズを外し、そこから次々に崩れていき、サビで持ち直すことができたとしても、このままじゃ客はそっぽを向いた後だ。
「……もしかしたら、歌をアピールポイントに使わない方がいいかもしれません」
先程聞いた紗の歌は随分と洗練されていた。もし改善しないまま突っ込めば紗の引き立て役になるだけで終わる可能性だってある。
歌うだけ、マイナス印象。それだけは避けたかった。
「練習、すればなんとかなりますか?」
「なんとかなるかもしれない、ですけど……でも、時間かかりますよ? 衿華さん、この間げんなりしてましたし、少し疲れてませんか?」
近頃の衿華からはかなり疲れているような印象を受ける。
クマが目立たない程度には薄くメイクしているからか、見た目だけだと分かりづらいが、時折休憩中にうつらうつらとしていたりする機会が増えていた。そのくせして、生徒会でもバイトでも業務中はボロを出さない。
その分、気も張っているだろうし、心身もろともどれだけ疲れているかは察するにあまりある。
「それなら、練習します。先程シアンさんからも宣戦布告されましたし、それに──一度、ここに来て。“魔法少女“している以上、諦めたくないんです」
けれど、衿華は頑なに練習の続行を選んだ。
それも、負けず嫌いだから、とかそんな理由一つだけのためでなく。
彼女が口にした“魔法少女“である以上、諦めたくないという意思。
ここまで駆り立てるもの、気丈な振る舞い──それがどこに由来するものか、遥にはわからなかった。
だけれど、一つ。決めていたことはあった。
「……わかりました。それじゃ、練習しましょう。次はボクも手伝いますし。きっと大丈夫です」
「ブラン先輩……? 先輩の方こそ、疲れは……? 問題ないのですか?」
「ええ。それ以上に、ボクだって総選挙、楽しみたいですから」
宣戦布告に対する共闘体制。
こうしたイベント一個乗り越えること、それだけでも十分自信には繋がるだろう。
杏の言う通り、きっとそれは大切だ。
この間は先輩としてうまく行かなかったからこそ、今回こそは先輩、するのだ。
マイクを握る衿華の隣に立つと、遥は深く息を吸った。
◇ ◇ ◇
「──”迸れ、いま──キラ、ピュア”……っ」
枯れかけた声で紡いだ最後の一フレーズ。
「……ぜぇ、はぁ……」
切らした息を再度取り込むため、互いに肩で息を吸う。
ぶっ通しで歌うこと二時間。
ほとんど休憩もなしだった上に、バイト後だったことも相まって、すっかり遥は疲れ切っていた。
「……いかが……でした、か……?」
「良くは、なってきてます……けど」
けれど、疲れよりもよっぽど成果の方が気になるのか、衿華はもっぱら評価を聞いてくる。
「……やっぱり、最初の音が拾えきれてないです。それに……サビのちょっと前、音程が下がるところでいつも外してて……」
練習を経て少しは改善されたものの、そうは言っても、まだまだ付け焼き刃状態で。
衿華が満足するラインまで引き上げるには一日じゃちっとも足りなさそうだった。
とはいえ、長いスパンで見れば十分に改善できる範囲ではある。
難しいことじゃない。じっくりと長い目で見ればいい。
「……ありがとうございます。それでは、参考にさせていただきます」
別に焦る必要はない──と、遥はそう思っていたのに。
それとは裏腹、遥が口にしたことを咀嚼し終えたのか頷くと、衿華は立ち上がり、再びマイクを握った。
「衿華さん……? 今日はもう休んだ方がいいんじゃ……?」
汗がにじむ首筋、疲れ故か普段よりも青白く見える顔色。
けれど、衿華は首を振って言い放った。
「時間、ありませんから。今、頑張らなきゃ──」
なぜ、そこまで”今”に拘るのか。
なぜ、疲れ切っても頑張ろうとするのか。
遥が真意を問いただそうとした時、開け放たれたドアがそれを遮った。
「二人とも、私のDIYを目一杯活用してくれるのは結構だけど、流石に長すぎよ。少し休憩しなさい」
まかない──と呼ぶには、少し大げさなぐらい盛られたパフェ。
それを二つお盆に載せたマキがそこに立っていた。
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