#7 「魔法少女の共闘体制」

「——と、いうわけで。夏の特別イベント、《魔法少女総選挙・夏の陣》を開催します。わー、ぱちぱちぱち」


気の抜けた調子でそう言い切りつつ、既にしらけているギャラリーを見渡して。

それから、自分で拍手までカバーしてしまうと、マキはすぐ側にいた杏に詰め寄った。


「——って……みんな知ってるじゃないっ! あなた、テキトーに理由付けて言いふらしたでしょっ!」

「い、いやっ、どうせ今日発表する予定だったんだし、それが数時間ぐらい早まっても良いのかなー、なんて……」

「それでも、物事には順序ってものがあるでしょ? ……全く。始末書ね」


最後に付け足されたたった一言。それだけでも効果はてきめんだったらしく、すっかり杏は縮み上がってしまった。

バイト後の全体ミーティング。今日はほとんどの“魔法少女”がシフトを入れていたため、ロッカールームは総勢十名ほどの人で満たされている。

そんな中で、この茶番。恥ずかしくないのだろうかと呆れ半分、バイト後の疲れ半分が混ざったため息を、思わず遥は漏らしてしまった。

周りもほとんどがそんな様子で。ともすれば自然、部屋に垂れ込める空気はどこか弛んだものになる。


「——あの、魔法少女総選挙、というのはどのようなもの、なのですか?」


そんな中で、真っ直ぐ、優等生然と挙げられた手が遥の視界に入った。

衿華だ。バイト三日目ゆえの緊張感か、それとも元々の気質か、明らかに彼女だけ纏っている雰囲気が違う。


「……あ、えーっと、ね……」


呆けたように答えるマキ、表情をこわばらせる杏、それに釣られてざわめきが静まり、空気が張り詰める。

号令をしただけで空気を変えてしまう生徒会室での衿華。

それをそのまま完全に持ってきた——とは行かないまでも、それに近しいぐらい。

しょっちゅう彼女を見ている遥にも些細な違いに気づく事がやっとな程に、今の衿華は堂々としていた。


「……こほん。取り敢えずこのピンクは置いておくこととして……今回が初めてって人もいるだろうし、ちゃんと説明するわね」


咳払いを一つ、軽蔑したような視線で杏を見つめながらも、マキは部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張ってくると、改めて《魔法少女総選挙》と、その題を書き出した。


「まず、概要について。“総選挙“って付いている通り、このイベントは“ヴィエルジュ”内で一番人気がある“魔法少女“を決めるもの。つまるところ、人気投票ね。ちなみに、第一回総選挙で一位を取ったのはよ。……だから、一応今年はどうするか、とか——相談していたのだけど」


マキに睨まれ——見つめられ、いやーとばかりに頬を掻く杏。

その瞬間、舌打ちが漏れ聞こえた気がしたのは、きっと気のせいではないのだろう。

けれど、物理的な罰則でなければ大体のことはあしらってしまう受け特化な魔法少女、それが杏なのだ。


「……まあ、それはさておいて。人気投票とはいえど、ただ単に投票だけで決めてしまうのも早計ではあるし、何よりもつまらないから——二ラウンドに分けて開催するわ」


ホワイトボードに書き込まれた三角形と真ん中に引かれた一本の線。ピラミッド構造だ。

それと睨み合いながら次々に文字を書き足していくマキに、


「はいはーいっ! まず、いつから開催なの?」


先ほどの懲りた様子はどこへやら、杏はまだ絡み続けていた。


「来月——六月からね。でも、そもそも過去に一位を取ったことがある魔法少女は参加できないわよ……? ……だから、そんな目でこっちを見ないで……?」

「えー、ピンクがいなかったらどうするの……? 主人公だよ!?」

「……あなたの“魔法少女“としての魅力は買ってるってことなのっ! そろそろ次に行かせてちょうだいっ!」


あしらってもあしらっても食いついてくる杏をついに無視できず、大声で怒鳴るマキ。

衿華が挙手した時とはまた別の意味で部屋が静まりかえる中、マキは説明を再開した。


「——まず《第一ラウンド》。これは“ヴィエルジュの魔法少女“全員が対象の人気投票ね。総選挙の期間中だけカフェの目立つところにステージを設けるわ。歌うも自由、実際に普段通りのパフォーマンスをするも自由。とにかくお客様にアピールしなさいってこと」


ピラミッド内の上ブロックにツインテピンク髪のデフォルメされた顔が二つ——既に描かれていたことには一切触れずに。

その中の《決勝ラウンド》という文字列をマキは指した。


「そして《決勝ラウンド》は決選投票の場。得票数上位二人に、それぞれステージ上でパフォーマンスをしてもらうわ。この日は普段と髪型を変えてみるもよし、普段と口上を変えてみるもよし——要するに“ヴィエルジュピリオドの魔法少女“としての地力を見る場ってこと。その上でお客様に票を入れてもらい、今回の勝者を決める——大体そう言った流れね。そして、一位に輝いた魔法少女には——」

「じゃじゃーん! 専用衣装——つまり、強化フォームがもらえるよっ!」


無理やりマキの前に押し入った杏。

ピンク髪のツインテール、魔法少女としてのピンク一色、フリルが盛大に飾りつけられた甘々な衣装はこの場にいる他の誰とも違う。

通常、《ヴィエルジュ》の“魔法少女”に支給される衣装は色を除いてデザインがほとんど固定されているが、杏の——一位を勝ち得た魔法少女の衣装は特別なのだ。


「……まあ、そういうことだから。是非、奮ってのご参加、よろしくお願いしますっ!」


もう杏から逃れたかったからか、それとも疲れ切っていたからか声を張り上げて無理やり説明を締めると、マキは一礼した。

パチパチパチ、と。集中する生温かい視線とまばらな拍手。

かなり力の入ったイベントとはいえ、“魔法少女”それぞれで熱量にはだいぶ差があるのだ。

そんな中で熱のこもった拍手を送っている“魔法少女“がいた。

一人は衿華、そして、もう一人。熱のこもった強い眼差しで、彼女は一人ファッションショーを続ける杏を見つめていた。



◇ ◇ ◇



「お疲れ様でした、衿華さん。その——今日はどうでしたか?」

「……なんとか、緊張も程々で済みました。正直言って、その——安心、しています……」


人が捌けたロッカールーム。

特に人の目がなかったからだろうか、衿華は少し気の抜けたような声を漏らして。


「……失礼しました」


慌てたように、すぐに口を塞いでしまった。


「バイト後まで気を張る必要なんてありません。むしろ、疲れてる時こそ『疲れたー』って、声に出した方がちょっとだけ楽になった気がすると思うんです」


生徒会室での、常に独特の緊張感を発している衿華。

もしかしたら、それは他所行きの外面だったのかもしれない。今、彼女が発していた声は彼女の素に近いものだった気がする。

けれど、一昨日マキが言っていたように教育係として衿華と意思疎通を図るには、そういった素を曝け出していくこともきっと大切なのだ。

そんな提案を遥は口にした。


「——だから、疲れたとか、困ったとか。そういうこと、知りたいんです。僕は誰かのになったの初めてで——まだ、未熟で。きっと、教えてもらわなきゃ気付けないことも多いですから。お互い、もう少し素で話しませんか?」


衿華は、少し驚いたかのように目を丸くして。


「……ええ、善処——だと、少し硬いですね。わかりました。なるべく自然体で意思疎通、頑張ります」


けれど、すぐに表情をふっと綻ばせた。


「それじゃあ、改めて。今日、どうでしたか?」

「……まず、今日最初の給仕は上手くいって安心しました。その後、昨日給仕を担当したお客様を今日もたまたま担当することになって、私、昨日は失敗してしまいましたし、変わった方が良いのかと思ったのですが、私のままで良いとおっしゃるのです。『初々しいのもそれで良いから』って」


理路整然としていなければ、むしろ辿々しいまま、衿華は今日の出来事を口にする。

それでも、感情は素だ。普段の彼女みたいに、どこか遠慮がちにくるまれた感触がないまま直に触れた。


「——無事、その方の給仕も上手くできて、お褒めいただいて——。私、疲れもしましたし、緊張もしましたけど、何より——嬉しかったです」


飾り気がない、自然な笑顔を衿華は浮かべてみせた。

昨日の華やぐような笑顔が“魔法少女”としてのものならば、きっとこれは一人の女の子としての、黒咲衿華としての笑顔だ。

変身前も、変身後も——他所行きの姿も、ありのままも、その両方に触れることができたら、きっと理想なんだろう、と。


「ならきっと、“魔法少女”冥利に尽きますね」


として、遥は頷いた。



◇ ◇ ◇


◇ ◇




「……そういえば、衿華さんは総選挙、どうするんですか?」

「こういったものには疎いので、どうするべきか正直考えあぐねています。ただ——」


ほんの少し世間話でもするつもりで。たった今ロッカールームを出て行こうとしていた衿華に、遥は聞いてみた。


「——強化フォームとか、専用衣装——だとか、正直、憧れはします」


昨日話していて確信した。

やはり、衿華には魔法少女オタク的な気質がある。

だとすれば——と、案の定食いついた衿華に、遥は思わず口元を緩めた。


「……やっぱり、“フリューゲル“の強化フォーム、ですか?」

「……お見通しでしたか。フリューゲルを初めて羽ばたかせた強化フォーム——やっぱり、それがどこか特別に感じられるのです。そういえば、ブランは総選挙、どうされるのですか……?」

「実は僕……去年の冬、勝ってるんです」


黒を基調としたロリータ服は、元々のヴィエルジュブランとして与えられていた色から大差ないものだったけれど、背中にあしらわれた小さな翼に差し色で増えた白は、間違いなく“ブラン専用“の衣装として作られたものだ。

まさしくそれこそが《魔法少女総選挙・冬の陣》で一位となったヴィエルジュブランが勝ち取ったものだった。


「……なるほど。の“魔法少女“が一度挑み、勝利したものだった、と。だとすると、私も挑みたくはなりますが……如何せん、未熟な身ですので。むしろ、皆さんに迷惑をかけないようにすることで今は精一杯ですから」


そう口にすると、衿華は苦笑した。

無理もない。慣れない環境下でのイベントごとなんて、躊躇いたくなるのが普通だ。

だけれど、その割り切りは──少し大人ぶった衿華の表情は、遥には受け入れ難いものだった。


「──だったら、お手伝いします」


昨日も、今日も見ることができた衿華の笑顔。

それを捉えた時、自身の胸にも喜びが伝播して、一滴広がっていくのを遥は感じた。

だからこそ、もっとその笑顔を眺めていることができるのなら、互いに感情を共有できるのなら、遥にとってもそれは嬉しい。


"嬉しい"という感情。

それこそが“魔法少女”が人に手を差し伸べる意味で、“魔法少女の教育係”として、遥が得られるものなのだとしたら。


「……迷惑じゃ、ありませんか? ブランもお忙しいのでしょう?」

「大丈夫です。好きでやってることですし——それに、今日みたいに“嬉しい“って思える瞬間を衿華さんが味わえるお手伝いができるのなら、ボクにとってもそれは“魔法少女”冥利に尽きることです」


そこに、割り切りなんかあってはならない。

申し訳ないから、と建前で包んで捨ててしまって欲しくない。

やりたいことをため今ここにいるのならば、全部やってしまえばいい。


一度乗りかかった船だ。既に踏み出しているのだ。それなら、せめて悔いがないように進みたい。


そう思えばこそ、言葉は自然と口をついて出た。


「——だから、一緒に戦いませんか」


遥が握り拳を差し出す。


「……正直に、答えてよいのですか?」

「はい。建前はいらないって、じゃなきゃ伝わりきらないって。昨日、マキさんにも注意されましたし、さっきだってそう決めました。……だから、正直な気持ちを、お願いします」


衿華は少し、躊躇いがちに瞳を伏せる。

だけれど、次の瞬間。


とん、と。ぎこちなく、多少不格好な動作で、衿華の拳が、遥の伸ばした拳と合わさった。


「……やりたい、です。私も、の魔法少女に……近づけるのなら……っ」


かくして、湿気った空気と共に梅雨の足音が聞こえてくる五月下旬。

空調の効きが悪い汗ばむロッカールームの中で。



「──総選挙、一緒に戦いたい、ですっ」



夏に向けた、“魔法少女”二人による共闘体制ユニットが結ばれた。

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