架空美姫伝 ~貂蝉の場合~

べいちき

1.美女連環の計、下準備開始

 う~ん。なんでしょうか、王允様ったら。

 幾ら皇帝の劉協様の権威に陰りが見えるからって。

 この私に、あの専横を敷いている相国董卓と、その部下の勇猛な飛将軍と呼ばれる呂布の仲違いをさせるために、女の毒を使えって。


 そりゃ、出来るわよ。全然できますわよ。

 頭おかしいと思われるかもですけど、私ってば天女ですもの。


 しかし……。やだなぁ……。

 王允様は、私が応とも否とも言わないでいたら。


「やってくれるのだな?! 貂蝉!! お前は天女の生まれ変わりだ!!」


 とかいって、呂布将軍を自宅に招く手筈を組み始めるし。

 生まれ変わりも何も、私は天女ですってば!!


   * * *


「飛将軍呂布閣下、おなーりー」


 あああああああ!! そうこうしているうちに、夜になって。

 来たわよ来たわよ、マジで来たわよ、粗暴勇猛飛将軍、呂布奉先が!!

 私の屋敷、いえいえいえ、王允様の屋敷に!!


「貂蝉、覚悟を決めるのだ!!」


 ああもう、王允様。目が血走ってるわー。


「畏まりました。仕方ない。親ガチャしくじって、市場で売られてた私を拾ってくれたの、王允さまですから……」


 不承不承。不承不承よ、こんな役回りは!!

 でも、仕方ないからやるのよ!!


「呂将軍。私の家には秘蔵の舞妓が居りましてな……。この王允の実の娘のような物で、今まで世間の風に当たらせたことがありません」


 王允様は、必殺の弁舌アタックを始める。あの人、声がいいから結構詐偽師になれるとおもうの。


「ほう? 王允殿ほどの高官が。己の娘のごとく愛でる舞妓とは。この奉先、少し気になり申すな」


 あわわわわ。この色馬鹿呂布。変なこと言わずに、酒と肴喰らって帰れや!!


「お目に掛けます。貂蝉と申し、今年17になる筈の娘です」

「うむ……」


 ちゃてらぁー!! もう自棄だ!! やってやらぁ~!!


「貂蝉。出て参れ」

「ははっ、王允様……」


 さーて、かますかねぇ?

 伏し目、楚々オーラ。風にも耐えないか細い可憐さ。

 醸し出すぜよこの野郎!!

 そして、私は。

 宴席の間に進み出たのよ。


「……!!」


 ガタン、とひじ掛けを倒して、こちらをガン見する呂布。

 息はハァハァ、目は血走ってる。

 貴様は、女を知らんのかぁー!!


「どうですかな? 呂将軍?」


 ニヤニヤ顔で言う王允様。漢王朝の高官ともあろう方が、まるで女衒だわよ。


「すっ……!! スバラシイ……!!」


 何がスバラシイか、この助平筋肉野郎呂布。


「まあ、今日は顔見せで。実はですな、呂将軍」

「うむ?」


 王允様は、呂布にやったら酒飲ませる。呂布はやたらと飲む。全然酔わない。お前馬か?


「この貂蝉、あの古の韓信殿のような国士無双の男にしか、嫁がぬと申しておりまして。私が、今の世にそのような男は少ないと申しましても聞かずに……」


 うん。そんなこと言ってない。


「いま、そのようなお方を探すとしたら、あの飛将軍たる呂布奉先閣下。当代の英雄たるあのお方しかおらぬぞ、と申しましたらな」


 うん。そんなこと聞いてない。


「では、この貂蝉。呂布将軍の他には嫁がぬ。それによって行かず後家になっても構わぬ!! と頑強に申しましてな」


 うん。言ってないよそんなコトォ!!


「おお!!」


 突然大声を出して、立ち上がる呂布奉先。どうしたお前?


「なんとなんとなんと!! 何といじらしい!! 言うてはなんですが、当代のスターの頂点にある、この呂布奉先には。言い寄ってくる女は非常に多くありましてな。関係を結んでは見るものの、あまたの女を抱いてもこれと言った女はおらず……」


 けっ! ヤリチンかよ呂布奉先。サイテーだなお前。


「そうですか……。では、この哀れな貂蝉など。呂将軍のお目には、ただの貧相な娘でしょうな……」


 ああ? 言ったな王允?! この天女貂蝉様を指して貧相とは良く言いやがった!!


「いや、そうでもない。色気も媚態も。大したものですぞ王允殿。舞は、どのようなものですかな?」

「ふむ、貂蝉。舞をお目にかけろ」


 おっしゃ、来たぁ!!

 実際の所、天女たるこの貂蝉様の得意とすることは。

 作詞、書画、管楽、舞踊!! あと美食ちょっと!!


 いわゆる楽しい事なら、得意なんじゃい!!

 で、さっきから私をイラつかせる類人猿呂布を。


 私は舞のテンプテーション効果で虜にすることにしたのよね。


 きわどい着物の裾を、滑らせながら。

 身にまとった羽衣を揺らしながら。

 仙界仕込みの込み入ったステップを刻んで。

 身をしならせ、くるくる回り。

 跳んで弾んで、また戻る。


「おお!! おお!! ブラーヴォー!!」


 手を打って歓声を上げる類人猿。

 おい、呂布奉先。褒めるのはいいが貴様どこの言葉使ってる?

 流石に五原郡の産まれの奴は、どこの文化を取り込んでるかわからんな。


「お粗末でありました……」


 必殺の、謙虚責め。サルに天女が舞を見せたんだ。お粗末どころか過ぎたること極まるだろう。


「いや、これは……。素晴らしいな……。王允殿」

「はい、呂将軍」

「この舞妓、頂く」

「仰せのままに。されど、貂蝉は舞妓。歌舞戯曲の道具も嫁入り道具として添えねばなりません。しばらく間を開け、吉日を選んで。呂将軍の屋敷に嫁がせることといたします」

「そうか……。王允殿、酒では滅多なことでは酔わぬ拙者だが。此度の供応、ひどく心底まで快く酩酊したぞ」

「およろしくございました。この王允も幸せであります」


 さて。一撃必殺。貂蝉様の魅力を見たか。

 とりあえず、一方の敵。

 呂布奉先は私の手駒になった。


 あとは、相国董卓。

 どんな風に、転がしてやるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る