第8話 「付き合ってないよね?」
夕食どき。
ぼくは上の空でごはんを食べていた。
「善にーちゃん、今日はなんかふわふわしてるね」
「善にーちゃん、恋人でもできた?」
「善にーちゃん、からあげもらっていい?」
「うん……うん……」
小学生の三つ子の弟たちは今日も元気だ。いっぽうのぼくは考えがまとまらない。ずっと浅い所で思考がループしている。
エドナさんに秋葉原を案内すると決まってから、ずっとこんな感じだ。勉強も身が入らないし、弟たちにごはんを作ってあげているときも危うく指先を包丁で切りかけた。
こんなんじゃだめだ。
ぼくはもう高校生なのだから、しっかりしなくては。せめて弟たちの前くらい、兄らしく……。
「善にーちゃん、ごはんすっごいこぼしてる」
「え? あ……」
ほんとだ。
茶碗のなかみがぜんぶお膳の上に落ちている。お膳に盛りつけ直したみたいになってる。
「善にーちゃん、なんかあった? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。兄ちゃんは強いからな」
「……」
三人が顔を見合せて黙ってしまった。
「善にーちゃんはよわよわだよ」
「うっ……」
「このまえ隣のおばあちゃんと話すときもおどおどしてた」
「がっ……」
「新聞の勧誘断るのに1時間かかってた」
「ぐっ……」
……やるじゃないか、弟たちよ。
「ぼくたち、善にーちゃんのことが心配。いじめられてない?」
「だっ……大丈夫! にーちゃん、そのへんはうまーくやってるから! クラスでは目立たず影になってるから! 休み時間は寝たフリしてるし、二人組組まされそうになったら一旦トイレ行って帰ってきて、余ってる人と組んでるから!」
自分で言ってて涙が出そうになった。
「それならいいけど」
「まあいっか」
「がんばってね」
いいのか。
いいのか、ぼく。
「ほら、にーちゃんのことはいいから。食べて風呂入るぞ」
「はーい」「はーい」「はーい」
シャンプーのいい香りがする弟たちを寝かしつけたあと、ぼくは宿題に取り組んだ。いつもより身が入らない。その理由はよく分かってる。
エドナさんだ。
エドナさんのことが気になりすぎて、すぐに手が止まってしまう。あの日の帰り道で、秋葉原に一緒に行こうと約束した時から、ずっとこんな感じだ。意識がすぐにエドナさんのほうに向かってしまい、気づけば時計の針は0時近くを指していた。
「もう寝るか……また明日の朝やろっと」
卓上のライトを消して弟たちのとなりの布団に潜り込んだとき、スマホの画面が光った。
「なんだろ……」
スマホが壊れたのかもしれない。触ってないのに光るなんてこと、あるわけない。
と思って画面を見たら、通知が届いていた。「メッセージが届いています」との通知。ああ、そうか。スマホってメッセージがきたら光るんだな……と今更知った。
しかし、メッセージ機能すら使いこなせていないこんなぼくに、だれか用事だろうか。そう思ってロックを解除してみると、メッセージ通知の欄に「エドナ」と表示されていた……。
「……えっ」
心臓がつよく跳ねた。どくん、と音が確かに聞こえた。まさかエドナさんがメッセージをくれるなんて、思ってもみなかった。
なんだろう。
やっぱり秋葉原行くのやめようって言われるのかな、と一瞬思った。
そんなはずはないのに、ぼくの恐怖心が勝手にそう告げた。それはきっと、期待の裏返しなのだろう。
口の中に溜まっていた唾を飲み込み、メッセージを開く。
『善くん起きてる?』
エドナさんのメッセージは思ったよりシンプルだった。
『おきてます』
もしかすると、メッセージのやり取りに慣れていないぼくにあわせてくれているのかもしれない。
『よかった〜』
というメッセージが1分ほどあとに返ってきた。
なんというか、メッセージのやり取りってもどかしい。顔と顔を合わせていないぶん緊張しないけど、エドナさんの気持ちを読み取るのが難しい。
『善くんに聞きたいことがあったんだけど』
『はい』
こんな、ふたりだけのメッセージのやりとりなんて、まるで恋人同士みたいだ……頭の中でさっきまでぐるぐる回っていた考えが一気にまとまっていく。エドナさんに会いたい、エドナさんともっともっと話したい、という気持ちがかたちになっていく。
『私たち、付き合ってないよね?』
「え」
ぼくは固まった。
なんて返せばいいのか、とか、気の利いた一言を、とか。ぜんぜんそんなのは思い浮かばなくて、頭の中が真っ白になった。
付き合う、とか。ぼくの人生で一度も遭遇することのない言葉に出会ってしまった。それも、好きな人であるエドナさんが、そんな言葉を……。
ぼくは一度スマホを閉じてみた。
それからまた開いてみる。
同じメッセージがそこに表示されている。
ぼくは……ぼくはどうすればいいんだ?
『善くん?』
『寝ちゃったかな?』
『おーい』
ぼくは……。
ぼくは…………。
『善くん』
『え、えっと、あの』
……頭がくらくらして、うまく考えがまとまらない。
これは夢だ。
夢なんだ……。
明日の朝目覚めたら、きっとすべて夢の中のことだったとわかるはず……。
『ぼくは』
ぼくはメッセージを送って、そのまま、画面を閉じた。
『エドナさんと、もっと仲良くなりたいって思ってます』
あとのことはもう、闇の中。
意識はそこで途絶えて、次に目を覚ましたときには朝だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます