第十九話『千尋さんは考えたい』

「……うん、無事にうまく行ってよかった!なんとか 喧嘩にもならなかったし、前段階は大成功って感じだね!」


 ファミレスの片隅で大きく伸びをしながら、千尋さんは満足げについさっきの出来事を振り返る。千尋さんからしてもあの対応は満足できるものだったらしく、いつもより声が弾んでいるのがはっきりとわかった。


「うん、あれ以上にいい結果は多分なかっただろうね。……それでも、僕のことをよく思わない人はいるだろうけど」


 クラスの面々――特に男子陣営から向けられれた刺し殺さんばかりの視線を思い出しながら、僕は首を縦に振る。、文系クラスだから男子の人数もそう多くはないはずなのに、それであの威圧感なのだから恐ろしいったらありゃしない。……もし仮に僕と千尋さんが理系クラスで出会っていたらと思うと、想像するだけで僕の体は竦んだ。


 ただまあ、そうなっても仕方がないぐらいの大事件ってことなのだろう。僕と千尋さんが一緒の班になるのは、みすぼらしいなりをしたシンデレラの足にガラスの靴がぴったりとはまった時ぐらいには信じられない出来事だろうし。


……まあ、千尋さんにとってのガラスの靴が何かってのを一握りの人しか知らないのがそれを引き起こした原因ではあるんだけどね……。まあ、視線に関しては『慣れる』以外の対策を見出すことは難しいだろう。


「大丈夫だよ、照屋君に何かしたらあたしがガツーンと言っておくから。いくら友達でも関係なし、絶対に謝らせるんだから」


 だから何かされたら遠慮なく言ってね――と、千尋さんは胸を張りながら僕にそう伝えてくる。その気持ちはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、多分いう方と言われる方が逆なんではないだろうか。


 こういうのはヒロインが聞いてドキッとするはずのものなのに、なぜか今僕の方がドキドキしてしまっている。八方美人という言葉は千尋さんに近いようでいて実は一番遠い位置にある言葉なんだと、僕は今になって確信した。


「というか、千尋さんって自分の影響力を上手い具合に使う節あるよね……。遠目から見てるともう少し優等生に見えてたんだけど、意外と強引なこともたくさんするし」


 その誇らしげな表情を見つめつつ、僕はふと気になったことを千尋さんに問いかける。評判がいいのをかさに着ている……というわけではないのだが、千尋さんは他の人に力を借りるのが本当にうまい。世が世なら一刻を収める大名にすらなれたのではないかと、そう感じさせるほどのカリスマ性が千尋さんにはあった。


 しかもそれに振り回されるのではなく、活用しているのがすごいところだ。これが生まれつきだったらもう凄いことだが、だからと言って後から身につくような技術だとも考えづらかった。


「うん、あたしは結構強引だもん。やりたいことはやりたいし、ダメなことはちゃんとダメって言いたい。……だから普段はまじめにやってる、ってところも少しはあるかもね」


「……一限あんなにド派手にサボっておいて?」


「ああいう時に普段の積み重ねがあると『あ、本当に何かあったんだな』って思ってくれるんだよ。実際そんなに咎められはしなかったでしょ?」


 笑顔で疑問に答える千尋さんに、僕は唸り声ともため息ともつかない声を上げる。……千尋さんの言う通り、サボりから戻ってきた僕たちに対する追及はほぼないも同然だと言ってよかった。


 まあ確かに、『保健室に連れて行く』って言った千尋さんをむやみに問い詰めるのは難しいだろうしなあ……。『保健室の先生を探すのに時間がかかった』とか言ってたけど、実際は保健室に入りもしていないし。……だけど千尋さんが言ったことだから、その真偽を検証することなんてないんだろうな。


「つまりね、あたしはあたしのやりたいことを通すために普段は力をためてるってことなの。……まあ、今日だけでかなり使った気はするけどね?」


「うん、僕をここに連れてきたことまで含めてそうだもんね。一日で三回も強引に動くってなかなかない事だとは思う」


 メニューを開いて何を食べるか思案しつつ、僕は千尋さんの自己評価に茶々を入れる。別に嫌だというわけではないのだけれど、僕をここに連れてくる千尋さんの動きはとにかく強引だった。


 誰かから呼び止められる暇もなく僕の方に来て、『照屋君、こっち!』って引っ張ってくるんだもんなあ……。また校舎内のどこかで止まるのかなーとか思っていたら駅前のファミレスにまでたどり着いた時の衝撃は、多分しばらく忘れられないだろう。


「うん、だけど全部必要なことだったからね。……だって、せっかくなら思い出は楽しいものにしたいでしょ?」


 僕の返しに笑顔で頷いて、千尋さんは今日配られた遠足先の資料を机の上に広げる。……そして、僕の方を向けてまっすぐに差し出してきた。


「……あたしと一緒に班を組んでくれたお礼だよ。……照屋君、作家さんとしてどこか見ておきたい場所とかある?」


――もしよければだけど、あたしも照屋君と同じものを見てあれこれ想像したいんだ。


 心から楽しそうにそう言いながら、千尋さんは僕にそう問いかけてくる。『照屋紡』としてだけだったらどこに行きたいというわけでもなかったけど、『赤糸 不切』でいてもいいと言ってくれたなら話は別だ。今後のためにもぜひ見ておきたい場所が、遠足場所の一角に含まれていて――


「……それじゃあ、こことかどうかな?」


 広げられた地図の一角を指さして、僕はおずおずと提案する。……そこには、この県の中でも随一の大きさを誇る花畑の写真が貼られていた。

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