第18話

フィオナが産気づいたのは、予定日から二日後の事だった。

朝からなんだかお腹に違和感があり、侍医に相談したところそれが陣痛だと言われ、すぐさま部屋がお産室へと変わる。

だが、まだ弱い陣痛である為、フィオナには余裕があった。

物凄い血相で駆け込んできたアルヴィンを宥める位は。


だが次第に痛みも強くなり、陣痛の感覚も狭まってきた。マリアに腰をさすってもらったりしても、痛みは和らぐことはない。

だけれども、その手からは労りだとか激励だとかが伝わってきて、辛い陣痛にも耐えられる気がするのだから不思議だ。

強まる痛みに疲れ、ほんの短い陣痛間欠に気絶する様に一瞬で眠り、次に起こる陣痛で目が覚める、を繰り返す。

そしてとうとう、いきみが始まる。


男がいても何の役にも立たないからと、仕事をするようにと部屋を追い出されていたアルヴィンだったが、当然の事ながら仕事など手につくはずもない。

そしてもうじき出産が始まるという知らせに、部屋を飛び出した事も言うまでもない。


当然、男子は部屋には入れず扉の前でウロウロするばかり。

「なぁ、ルヴィアン。フィオナは大丈夫だよな?」

「大丈夫ですよ。うちの妻だってフィオナ様より背は低いし身体も小さいけれど、二人も無事に産んでるじゃないですか」

「・・・確かにそうだが・・・」

「大丈夫ですよ」


そんな会話を何度も何度も繰り返す事数時間。とうとう、部屋の扉が開き侍医の助手がよく通る声でアルヴィンに告げた。

「おめでとうございます!王子殿下誕生でございます!」

陣痛の兆候が現れてから、十二時間後の事だった。


薄く開いたドアの隅間から、元気な赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

それだけでも感動的だが、アルヴィンはすぐさまフィオナの安否を確認した。

「王妃様もお元気です。今、産後処置をしていますので、それが終わりましたらもう一度お知らせいたしますね」

そう言って、さっさと部屋の中へと戻っていった。

アルヴィンはまるで空気が抜けた風船のように、へなへなと椅子に座りこむ。

「兄上、おめでとうございます!」

ルヴィアンはまるで自分の事の様に喜び、うっすらと目には涙が浮かんでいる。

「あ、ありがとう。なんだか・・・ホッとした所為か、力が入らないな」


あぁ・・・フィオナが無事でよかった・・・


息子の誕生も嬉しいが、今のアルヴィンにとっては愛しい妻の事だけが心配でならない。

早く会いたくて、顔を見て安心したくて、すぐにでも扉を蹴破ってフィオナの状態をこの目で確認したいのを、ぐっと堪える。

長いようで短い時間、部屋の扉が開き入室を許可された。


アルヴィンは当然すぐにフィオナの元へと駆け寄り、想像していた以上に元気な姿にホッと胸を撫でおろした。

「フィオナ・・・あなたが無事でよかった・・・そして、ありがとう」

「ふふふ・・・心配しすぎです。でも、ありがとうございます」

と、いつもと変わらない美しい笑顔を浮かべた。

その笑顔にアルヴィンは、ギュッと胸を締め付けられる。・・・・そう、今また彼女に恋した瞬間だった。

出産という大仕事を終えた彼女の笑顔は、晴れ晴れとしていて輝いている。

もう、どうにもならないくらい愛おしくて、抱きしめて感謝を伝えたくて仕方がない。


抱きしめたい欲望と戦いながら、彼女の腕の中にいる赤子を恐る恐る覗き込んだ。

「陛下、どうぞ抱っこしてあげてください」

そう言うと、子供を差し出すように身体をアルヴィンに向けた。

子供を抱くのは初めて。しかも生まれたてのほやほやという事に、おっかなびっくりに手を出すと、侍医が手助けしてくれた。

しっかりとその逞しい腕の中に納まった我が子は、まるで猿の様に顔が赤く、お世辞にも可愛いとは言えないが・・・

だが、その小さな温もりはじわじわと愛おしさと命の強さを、染み渡る様にアルヴィンを侵食していき、美しいアイスブルーの瞳からはらりと涙が一筋零れ落ちた。


「・・・・こんなにも軽いのに、とても重いものなのだな・・・・」

そう言うとベッドに腰かけフィオナに手に伸ばした。

「あなたを、抱きしめてもいいだろうか・・・・」

突然の申し出に驚いたフィオナだったが、何故か自分も彼を抱きしめたいと思っていたので「勿論です」と嬉しそうに答えるのだった。

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