結婚できないのは義姉さんのせいだ! って言われても─義弟の思いは義姉には分からない─

江崎美彩

第1話 義姉の思い

「勝手に見合いの席を設けたのは義姉さんだろ。僕は見合いしたいなんて言ってない。帰省するたびに見合いさせようとするのはやめてくれって言ってるじゃないか」


 時間になっても部屋からいっこうに出てこないから、お見合い相手のご令嬢が怒って帰ってしまった。それなのに義弟ときたら、不貞腐れたようにそっぽを向くと私にそう言い放った。

 義弟の態度の悪さに、ため息しか出ない。


 一体、いつからこんな態度をとるようになったのかしら。


 私は十年前に思いを馳せる。


 そうだったわ。あの時もなかなか部屋から出てこなかった。


 私が義弟と初めて会ったのは、お義父さんとお母さんの、結婚報告の時だった。


 何度もお義父さんが呼びかけてようやく部屋から出てきたと思ったら、目も合わせずにすぐにお義父さんの後ろに隠れたのは、七歳とは思えないくらい小柄な少年だった。


 その態度に私も母さんも緊張が走った。




 母さんの娘時代は町一番と評判の美人だったらしい。

 そんな美人の母さんは、ある日町の有力者の息子に手を出されて私を身籠った。私の本当のお父さんは母さんの妊娠に責任を取ることもなく、親が決めた婚約者と結婚するために、母さんを悪女に仕立てて捨てたそうだ。


 それでも前向きな母さんは悲観にくれることはなかった。


 私を産んだ後は必死に働くところを探して、王都の食事処で給仕係をして私を育ててくれた。

 その食事処は王宮で働く役人たちがよく出入りして繁盛していた。母さんは忙しくしていたけれど、子供がいない店主のおじいちゃんとおばあちゃんが、私のことを孫みたいに可愛がってくれた。

 母さんの仕事が終わるのを、厨房の手伝いをしながら待つのもそれはそれで幸せな生活だった。


 だから、あの冬おじいちゃんとおばあちゃんが病に倒れてお店を畳まなきゃいけなくなる時は、とても悲しかったし不安で途方に暮れた。


 憎い男のはずの私の本当のお父さんに恨み言の一つも言わず、なんなら「あの人がいたおかげで私の大切な宝物を授かったのよ」なんて言っちゃう母さんが「どうしよう。もう、身を売るしかないのかしら」と悲観にくれるくらい、子連れの母さんにまともな働き先は見つからなかった。


 摘んできた花を町中で売って家計を助けていた私に声をかけてきたのは、食事処の常連さんお義父さんだった。

 私から事情を聞くと、すぐに手を差し伸べてくれた。


 王宮勤めの役人さんだと思っていたら、れっきとした子爵家のご領主様で、領地運営をしながら王宮でも働いてらしたなんて聞いた時には、母さんも私も何か無礼なことをしていなかったかと慌ててしまった。


 最初は働き先の口利きをしてくれるだけだったはずが、前向きで美人な母さんにお義父さんがほだされるのは、それほど時間がかからなかった。


 お義父さんの最初の奥さんは伯爵家のご令嬢で、領地からのあがりで何もしなくても裕福に暮らせるようなお嬢様だったらしい。

 王都で仕事をして、領地を発展させるために視察もしてと忙しいお義父さんを馬鹿にしていて、跡取りを生んだなら役割は終わりとばかりにまだ小さかった義弟を置いて実家に戻り、一方的に離縁してきたそうだ。

 というのを、大きくなってから屋敷の使用人達が教えてくれた。


 優しくて働き者のお義父さんと前向きで美人な母さんは、お似合いだけど当然のように身分が釣り合わない。


 二人の結婚の話が出た時、そりゃもう多くの人に反対された。


 お義父さんはプロポーズの時に、母さんを守ると誓ってくれたけれど、母さんはプロポーズを受けるのはお義父さんの家族である一人息子に認めてもらえたらと条件にしていた。


 やっぱりこの子にも拒絶されているのね。


「こんにちは」


 どうしていいかわからない私は、ひとまず挨拶をした。


 モジモジとしながらお義父さんの背中の後ろから出てきた少年は、金色の綿毛のようなふわふわな髪の毛に、晴れた空みたいな青い瞳をしていた。


 世の中にこんなに可愛い男の子がいるなんて!


「……こんにちは」


 私たちに会うのが嫌だったわけじゃなくて、恥ずかしくて緊張していたらしい。


 ホッとして私が姉になることを告げると、嬉しそうに頬をピンク色に染めて笑った顔は今でも鮮明に思い出せる。


 ひとりっ子だった私に突然現れた可愛い可愛い義弟。


 私は徹底的に可愛いがった。


 小柄な義弟はいじめられる事もあったけど、いじめっ子達はみんな私が懲らしめた。

 好き嫌いが多いから背が伸びないと思った私は、食事処の厨房でお手伝いしていた経験を活かして義弟が食べられるように工夫して料理を使用人達と作って、スプーンで口に運んであげた。


 少し大きくなってからも、二歳年上だった私の方が身体を鍛えるのも勉強するのも出来ることが多かったから、手助けをしてあげた。

 社交界のマナーは教えてあげられないから、お義父さんの雇った家庭教師に二人で授業を受けることにした。どこの夜会やお茶会に出ても恥ずかしくない振る舞いができるように、二人で特訓をした。


 スクスクと背を伸ばし逞しく育った義弟は、眉目秀麗、頭脳明晰な理想的な貴族の子息に成長した。周りから褒められる義弟が私の自慢だった。


 ──それなのに!


 最近の義弟はといえば、そろそろ見合いでもして結婚相手を決めなくちゃいけない歳だっていうのに、ちっともやる気がない。


「せっかくお膳立てしても、そんな態度だから相手からお断りされてばかりなのよ。結婚しなくていいと思っているの? 貴族の子息としての役割をきちんと果たしなさい」


 私の叱責に義弟は嫌そうな顔を隠さない。


「僕が結婚できないのは、義姉さんのせいだからな!」


 社交界では未だに母さんを「男やもめを誑かして、子爵夫人に成り上がった悪女」なんて言う人たちもいるけれど……


 そもそも見合い相手に会いもしないで断られると思い込み、挙げ句の果て母さんと私に責任転嫁するなんて!


「お姉ちゃんは、あなたをそんな子に育てた覚えはありません!」

「いい加減自覚しろよ!」


 義弟はそう捨てゼリフを残して部屋から駆け出していった。

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