第19話

「ウィザ!?」

「真人さん! すぐにその魔物から離れてください!」


 ボウガンを構えるウィザ。俺はサキを庇うように抱きしめた。


「やめろウィザ! この人は魔物じゃない!」

「どうみても魔物です! その角! その羽! なによりまものでないならどうやってこんな場所で暮らしているんですか!」


 ちくり、と胸が痛んだ。そうだ、たしかに魔物じゃなきゃダンジョンでは生きていけない。


 俺の心中を察したのか、ウィザが申し訳なさそうな顔になった。


「あっ……で、でも、真人さんは違います! 真人さんは、その……病気なんです!」


 病気、か。


 俺がどんな返事をするべきなのか迷っていると、彼女の後ろからぞろぞろと人が集まってきた。


「あれは……」

「嘘だろ真人……お前、本当に魔物になっちまったのかよ……」


 琥珀さんにリヨン。もう一人はよく知らないが、装備から見て低層階専門の探索者に見える。


 こんなパーティーでよくここまでこれたものだ。


「みんな……どうしてここに……」

「そんなの、真人さんを助けるために決まってるじゃないですか!」

「そうよ真人くん! さあ、帰りましょう!?」

「そうだぜ真人! みんなお前を待ってる! いまは魔物っぽくなっちまってるかもしれないけど、俺や琥珀が絶対に人間に戻してみせるから!」


 帰れるのか。俺は。


 人間に戻れるのか。


「う……うぅ……」


 腕の中でサキが呻いた。


 そうだ、俺はまだ戻るわけにはいかない。


「ちょ、ちょっとまってくれ! その前にこの人の手当てをしないと!」

「そんなのほうっておけばいいじゃないですか」


 ウィザがとてつもなく冷たい声で言った。


 あれ、こいつって、こんな雰囲気だっただろうか。


「ほうっておけないわけないだろ! この人は俺の……俺の恋人なんだ」

「こい……びと……?」

「嘘でしょ真人くん……なにをいってるの?」

「そ、そうだぞ真人。お前、自分がなにをいってるのかわかってるのかよ……?」


 みんなの目に困惑と嫌悪の色が滲んだ。


 そんなに非難されることなのか。サキはもともと人間で、感情豊かで、ずっと俺のことを気にかけてくれた恩人なんだ。


 なのにこんなの、あんまりだろ。


「すぐに離れてください真人さん。あなたは洗脳されています」


 ウィザがボウガンを構えた。


 ほの暗い銃口が俺に向けられる。


「せ、洗脳なんてされてない!」

「いいえ、されてます。みたところその魔物はサキュバスですね? あなたは魅了チャームをかけられているんです」

「違う! 告白したのも俺からじゃなくてサキからで――――」


 ばん、と乾いた銃声が響いた。


 目の前の地面に矢が突き刺ささる。


「告白……? 魔物の分際で真人さんに……? 気色悪い……」


 ウィザの口から破棄すてるように呟かれたその言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れた。


 人間には戻りたい。でもそれ以上に、俺はサキと離れたくない。


 俺は彼女を抱いたまま立ち上がった。


「来い……」

「真人さん……?」

「来おおおおおおおおおい! ゴン太ああああああああ!」


 俺が叫ぶと、地面に黒い影が横切った。


 泉の水をまき散らし、巨大な羽をはためかせてゴン太が舞い降りる。


「これは、あの時の黒竜!?」

「い、いま、真人が呼んだように見えたぞ!?」

「嘘……そんな……」


 みんな慄いている。そりゃそうだ、黒竜なんてまっさきに戦闘を避ける相手だからな。


「やれ、ゴン太!」

「グオオオオオオオオオオオ!」 


 ゴン太のブレスが俺とウィザ達の間に炎の壁を作った。


「真人さん!」

「ウィザちゃん! 危ない! いっちゃ駄目だ!」

「離してくださいリーマンさん! 真人さん! 真人さん戻ってきてください! 真人さん!」


 ウィザの必死さに胸が苦しくなる。


 俺は彼女に指を伸ばした。


「ウィザ……」

「真人さん……」


 ウィザもまた俺に指を伸ばす。


 けれど俺たちが触れ合うことはなく、俺の指先から放たれた小さな魔法弾がウィザの腰にぶら下がっていた転移装置を貫いた。


「どう……して……」

「ごめん……」

「真人さん!」

「落ち着くんだウィザちゃん!」


 リーマンと呼ばれた探索者がウィザを押さえている間に、俺はゴン太の背に飛び乗った。


「ウィザ……みんな……悪いけど、俺は戻れない……」

「どうしてですか……どうして……」

「俺は……魔物だ。人間としての天野真人は死んだ。それだけだ」


 ウィザが膝から崩れ落ち、青い光の粒子を纏いながら絶望に染まった顔で俺を見上げた。


「ウィザ、大丈夫!?」

「おい真人! せっかく迎えにきてやったのになんだよその態度は!」

「魔王……」

「ウィザ……?」

「あれは真人さんじゃない……ふふ、そうよ……あれは真人さんの皮をかぶった魔王なのよ……ふふ、ふふふ……」

「行け。ゴン太」

 

 俺が命じると、ゴン太は上空へと舞い上がった。


 かつての仲間たちを残して、高く高く飛翔する。


「……さよなら」


 かつて告げた言葉を再び口にした。


 あまりにも虚しい響きに、ぞっとした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る