鎮静のクロッカス
三角四角
第0章 ミイラ・イン・アメリカ編
第1話・・・過去_アメリカ_ミイラ・・・
「みなさんは、
田舎に建つ木々に囲まれた小さな孤児院。
そのとある一室では、3歳以上5歳未満の子供たちが10人、座って授業を受けていた。
親もおらず、幼稚園にも通えない子供たち。
本来であれば小学生に上がってから教えるべきことも、肝心なことは早めに教えた方がいい。
先生代わりの院の女性職員の質問に、目の前の子供たちの大半が首を傾げた。無理もない。この歳の子でも、テレビのニュースや他の特集番組など知れないことはないが、理解ができるはずもない。
だが女性職員は答えを口にするつもりはなかった。
この中で一人、4歳にして理解できている子がいることを知っているからだ。
「はい! 342年前に世界のいたるところで起きたばくはつのことです!」
夜色の髪をした少年が勢いよく手を上げると同時に答えた。
女性職員は少年に笑いかける。
「
他の子供達が尊敬と羨望に染まった純粋な眼差しを少年に送る。
「すげー」「さすがみなとくん」「よく知ってんなー」
湊と呼ばれた少年は照れつつも小さな手でピースを作る。
職員は再度少年に問い掛けた。
「
「はい! 光がはじけたように飛び散って、くうかんが振動しただけで、しにんもけが人も0人という奇跡のようなばくはつです!」
「正解! そう。突然起こった無害な爆発。飛び散った光は雪みたく世界中に降り注いだけど、死んだ人も怪我をした人もゼロ。…でも、その日を境に世界は大きく変わったの」
「はいはい!」
湊が声を上げる。
だが勝手に答えようとはせず、職員の許可を待つ。
職員が「はい、湊くん」と促すと、少年は元気よく答えた。
「多くの人たちがふしぎな力を持つようになり、せかいの文明が大きくしんぽしました!」
「正解! 今、湊くんが言ったように
「せんせー!」
その時、湊ではない別の男の子の声がした。
「俺たちもそのふしぎな力を持っているんですか!?」
「そうとは言えないの」
職員は人差し指を立てた。
「…今の時代、世界人口の約3割……つまり、この教室にいる10人の子供のうち3人だけしか不思議な力を持っていないということなの」
「えー、俺持ってるかなー」
その呟きに湊が夜色の髪を揺らしながら答えた。
「それは今は分からないんだ。持ってるかどうか分かるのは7,8さい、ちゃんとした教育が始まるのは14,5さい頃なんだって」
「なんだ、まだまだ先かー」
「知ってる? 実はふしぎな力を持ってるか今分かる方法があるんだ」「え、まじか!?」「そ、それ私にもおしえて!」「お、俺にも!」「……それ本当なの?」「もちろんうそだよーー、ふふふ」「だ、だましたなああぁ!」「だまされる方が悪いんですぅぅ。みなとくんとかは気付いてたもん」「わ、わたしも気付いてたわよ!? もちろん!」「そんな取りみだして言われてもな……」「だね……」「むうぅぅぅ!」
喜怒哀楽。
多くの感情が舞う空間を、女性職員は暖かい目線で眺めながら、こんな景色がいつまでも続くことを祈った。
■ ■ ■
約10年後。
アメリカの夜空。
乗り物も建物も何もない、雲の中。
その少年は、夜闇と雲に溶け込むようにして、そこにいた。
常人では不可能な芸当だが、その少年に取っては口元に薄っすら笑みを浮かべるほど余裕である。
「…以上が、3ヵ月の内に入手した情報ですっ」
その少年が首の襟に付けた小型通信機に口を近付けて、言う。
『ご苦労様。随分と頑張りましたね』
「まあ、来年にはここにもいられなくなるからね」
『そうですか。……ところで、最近そちらでは物騒な事件が起こってるようですね』
「…ミイラ死体のやつか。俺達の管轄じゃないから手付かずだけど……やる?」
『いえ、その必要はありません。貴方も分かっているのでしょう? 自分の任務に集中して下さい』
「りょうーかいですっ」
夜色の髪を靡かせながら、その少年は一瞬で姿を消した。
■ ■ ■
10月の秋。アメリカのニューヨーク。
高い建物が多くそびえ立つ大都会。日本の東京と混み具合は似ているが、街の色合いや行き交う人々のファッションがアメリカ独特の雰囲気を漂わせる。聞こえる言葉は全て英語。見える言葉も全て英語。
そんな大都会に建つカッツェオ中学の一室で行われている講義。
階段教室の上方に座りながら、中2の少年、
さらさらな夜色の髪を結い上げてポニーテール状にした少年。幼い顔立ちには所々大人へと成長している痕跡が見られる。身長は日本人の平均サイズだが、体格は細く小柄で、元々女顔のせいもあって、遠目で見たら女子と見まがってしまうかもしれない。だが近くで見れば雰囲気や仕草などから男だとは分かる。首には白と青を基調としたヘッドホンを常備していて音楽好きなのが伝わってくる。
「………であるからして、
我慢できず手で口を押さえながら軽く欠伸をすると、右隣に座る女子から英語で声を掛けられた。
「眠そうだね、ミナト。なんなら今すぐ帰って寝てもいいよ? 先生には私から言っておくから」
緩やかなウェーブを描くセミロングの艶やかな金髪。肌は雪のように白く、瞳は水晶のように透き通っている。発育した胸や流れるようにくびれた腰など、横から見ると体型の凹凸がはっきりしており、まだ中学生だからこそさすがと言うべきである。
そんなアメリカ人美少女が、キラキラした瞳で湊に提案する。その内容はどれだけ譲歩しても受け入れられるものではなく、湊は溜息をついて英語で返す。
「アリソン…最近そればっかだね」
ぷくー、と可愛く頬を膨らませるアメリカ人美少女の名はアリソン=ブラウン。湊が留学してから仲良くなった女の子だ。
アリソンは湊のポニテ状にした髪の先端を掴んでくいくい引く。
その時湊の左隣に座る男が呆れた声を上げる。
「アリソン、どんだけミナトを留年させたいんだよ」
湊より一回りは大きい体格。短い茶髪。目の色は青く、頑丈そうな顔付きで、どこから見ても生粋のアメリカ人。アリソンと同じく、湊が留学してから仲良くなった友達だ。
アリソンは机に突っ伏しながらうぅと唸ってその男子に言う。
「ロケット、だってもうすぐミナト日本に帰っちゃうんだよっ? それでもいいのっ?」
茶髪の男子、ロケット=スプラウスは額を手に当てる。
「帰ると言っても来年の2月だってのに……」
「まあ、元々滞在日数も決まってるから留年しようが関係ないんだけどね」
ついでに言えばアメリカも義務教育だから滅多なことがないと留年しないしね、と湊が頬杖をつきながら呟く。すると、アリソンが一層不機嫌そうに唸る。
湊はロケットと顔を見合わせて溜息をついた。
■ ■ ■
昼の3時過ぎ、大体の人々の小腹がすく頃。
本日の講義を終えた
結った髪をゆらゆら揺らす湊の隣で、ロケットが腹を押さえながら提案する。
「なあ、どっかで飯食わね?」
湊よりデカい体をしておいて頼りない声音をあげるロケットに、湊は半眼で言った。
「お前昼俺達の倍近く食べてたろ。よく食えるな」
「仕方ないだろ。ミナトこそあんだけしか食べてなくて腹減らねえのかよ」
「ミナトはね、ロケットみたいな肉魔人じゃないのよ」
アリソンが湊に加勢する。
「俺別に太ってねえぞ」
「ミナトと比べると太ってる」
「日本人と比べんな」
「ロケット、その言い方差別用語っぽい」
「差別されてるの俺だろ!」
とくだらない言い合いをする二人を他所に、湊が街の一角に目が止まり、同時に立ち止まる。
「あ」
湊のぼやきにアリソンとロケットが反応し、湊の視線の先を追う。
その光景を見て、二人の気分は一気に下がった。
「また出たのね……」
「しかもこんな近くで…」
そこでは、路地裏への入り口周辺に警察のパトカーが何台も止まり、出入りを封鎖していた。
シートを高く張り、中の様子が一切見えないようにしている。アメリカ人が立ち止まって周囲を取り囲み、中を見ようとしているが警察が断固として防いでいる。
何が起きたのか説明もないようだが、厳重過ぎる警備と人だかりの量から、誰もが直感的に思い至った。
「『ミイラ死体』か……」
湊の溜息交じりの呟きに二人は無言で同意した。
ミイラ死体。
その名の通り、死体がミイラ化している事件のことだ。
体中の水分という水分が抜き取られ、餓死を越えて枯渇し、まるで砂漠のど真ん中で行き倒れてしまったようなミイラ死体が続発する連続殺人事件。犯人が目撃されたことはなく、殺人という明確な証拠があると報道されたことはないが、4人も同じ方法で死ぬとなると、人為的な要因が及ぼしているとしか思えない。
1ヵ月ほど前から、ニューヨーク市を中心にニューヨーク州で起きている間違いなく過去最悪種に入る事件だ。周期も被害者も規則性はなく、警察も悩んでいる。
ロケットの言う通り、こんな近くで事件が起きたことはなく、少々不気味だ。
「やっぱりあの噂は本当なのかね」
顎に手を当てながら、ロケットは神妙に呟く。
「噂?」
「この事件の犯人が『グランズ』だっていう噂」
アリソンの疑問にロケットが応える。アリソンは整った顔の口を歪ませた。
「グランズって……ニューヨークに身を置くギャングのことよね…確か全員体に王冠みたいなタトゥーを入れてる…」
アリソンの声を聞きながら、湊は思考した。
《グランズ…ニューヨークシティのカジノや裏取引用ホテルなんかを取り仕切る巨大ギャング、か》
湊は軽い声音で言った。
「でもグランズってそこまで悪い噂はないよね。強盗や麻薬なんかには手を染めてないっていうし」
「いやだけど良い噂もねえじゃねえか」
「ギャングなんて裏で何やってるか分からないわよ」
ロケットとアリソンが不満を言う。
湊は肩を竦めてあっそと息を吐く。ギャングに特別な思い入れがあるわけでもないので、庇う気もない。
アリソンが気持ち悪い肌寒さを感じるように両腕をさすりながら言う。
「ねえ、早く行こう…。こんな所何秒もいたくないよ…」
「そうだね。どっかの喫茶店入ろうか」
「だな!」
■ ■ ■
喫茶店で3人は話し込み、外はもうすっかり日が暮れていた。ニューヨークと言っても繁華街から離れればネオンの光なんて無い道がいくらでもある。3人はビルに囲まれながらも、人通りの少ない道を歩いていた。夜となった今では静かで、3人ともうるさいのはそこまで好きではないので、お気に入りの帰路だ。
アリソンが自分の服のボタンを見ながら感心したように言う。
「ボタン取れ掛けてたからってまさかその場で付けるとは、本当に器用ね」
喫茶店にてアリソンの服のボタンの一つが取れ掛かっていたので湊は常備していた裁縫道具でくっ付けて上げていた。
それも一分も掛からず。
ロケットは湊の髪型と体型を冷めた瞳で見詰めながら、呆れたように言う。
「見た目に沿って女子力高いとか……お前その内、男に告白されんじゃねえの?」
「ついこの前3人目を断ったところだよ」
「されてたのか!?」
「あれ? ロケット知らなかったの?」
「知らねえよ! つかアリソン知ってたのか!?」
「知るも何も、私の目の前で告白されたんだもん」
「ああ、あの時ね。最初アリソンに告白したのかと思ったらまさかの俺というね」
「その時プレゼントとして渡されたヘッドホン、湊欲しがってたわよね」
「あれねー。炎のエンブレムが格好いい限定品。…告白は受けられないけどそれは貰ってもいい?って言ったら泣いてすぐそこの湖に投げ込むんだもん。勿体なかったなー」
「でも可哀そうではあったよ。湊まるで相手にしてなかったもの」
「そりゃ男じゃね」
「マジかーーー」
もはや大声張る気力も失われ、ロケットは目を糸のように細くする。
どこか達観したような感じが出てる。
そんな他愛もない会話をしている時。
(…ッッ)
湊は表情に出さず、不穏な力を探知した。
アリソン、ロケットの2人と何気ない会話を続けながら、頭を回転させる。
(この
不思議な力の源、
(……マジか。しかも……)
一拍置いて、確信し、2人にばれないように歯を強く閉じる。
(こっちに向かって来てるし)
思わず溜息を吐きたくなる湊であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます