第27話 辺境の冒険者ギルドの話
「これはこれは伯爵殿。領地の視察とは感心でございますね」
「からかわないでくれよアリス……」
エンドヴィル開拓集落で一番大きい建物がある。
俺とアルーシャの住む館は集落からは少し離れた場所にあり、館と比べれば小さいがまだ殆どが仮設の住居ばかりの集落ではこれでも一番大きい建物だ。
この建物の管理者を務めるのが、王都で世話になったシスターアリスことアリステラ・サリックス。
かつての王都の裏町の教会の管理者だ。
「そりゃあ、これからあそこでやってくぞーって気合入れてるところに、こんな辺境まで連れてこられたわけだし?領主殿に玩具にくらいはなってもらいませんと?」
「俺、一応伯爵なんだけどなあ……」
俺が出世して貴族になってもアリス態度は変わらない。
実のところそれは非常にありがたいと思っている。
アルーシャは王女で本来は俺と釣り合う相手ではなく、アイーダと一緒にいるのも苦手というほどではないが緊張するものがある。
その点アリスは気心がしれた悪友のような気楽な付き合いができる。
「っていうか、無理やり連れてきたみたいな言い方は人聞きが悪くないかな!?」
「あはは、ごめんごめん。そこはむしろ感謝してるよ」
言うまでもないが、アリスがここにいるということは裏町の教会を離れたということだ。
俺もアリスもあの教会を維持する為に武闘大会にまで出場したわけで、そこを離れるには理由がある。
俺はエンドヴィルに赴任するにあたり王都で移民を募集した。
とはいえ王都で暮らす人間のほとんどが都会を離れて辺境で暮らすことなど考えもしない。
こればかりはアイーダも裏でかなり動いていたようだが遅々として進まなかった。
そんな時、ふと相談の為に裏町の教会に立ち寄った俺にアリスは提案してくれた。
『裏町の体力の有り余った馬鹿どもを使ってみない?』
王都の裏スラムである裏町の治安は悪い。
だが、その治安の悪さは大半が食い詰めてまともに生活できなくなった人間の吹き溜まりとなったことによる。
王都は確かに繁栄した大都市だが、経済とは常に万民を潤わせるわけではない。
どこかの店が繁盛すればどこかの店の客が奪われるのが経済競争というものである。
そんな王都の洗礼に夢破れた者の吹き溜まりが裏町なわけだ。
あるいはユウのように表に出れない事情の人間もいる。
アリスの提案はそんな食い詰め浮浪者たちに開拓という仕事を与えることだった。
悪さを働いてるやつも大変は仕事もなく食うに困ってそうしてた連中。
それ以外も大半は教会の炊き出しに頼って食いつないでた人々だ。
彼らを再雇用することで開拓の労力をかき集めることに成功したわけだ。
(……まあ、ギャングみたいなガチの犯罪者も大量にいたけど)
「どうなさいましたかロイス様?」
俺の後ろに控えているメイドをチラリと見ると不思議そうにこちらを見返してきた。
俺はあまり具体的なことは知らないが、天虹騎士団が王都裏町で大捕り物を演じて裏の組織を壊滅させたとかなんとか。
いやあ、さすが王国最強の騎士団。人間相手なら敵なしだな。
なぜ精鋭騎士団が王都のギャング組織摘発などに動いたのかは謎だが。
まあ、そういうわけで。
王都の治安問題の一つである裏町の浮浪者と犯罪者が一掃され、なぜか俺の功績が増えてしまった。
そしてあちらの教会を無理に維持する必要がなくなったのでアリスもこちらにやってきたわけだ。
「ま、あんたのお陰で裏町の連中も飯が食えるようになったし。教会は神父様に任せてきたから安心して」
「ああ、頼むよ。ギルド長サリックスさん?」
説明が遅れたが、今俺たちがいる大きな建物とは冒険者ギルド・エンドヴィル支部だ。
辺境開拓の一環として土地周辺の調査と魔物の駆除は必須事業。
これを賄うためには冒険者の力を借りるのが一番手っ取り早い。
その為にギルド支部の誘致が必須であり、ギルド長として金プレートの実績を持つ人間としてアリスが抜擢されたわけである。
「おっ!姐さん!今日は仕事してやすね!」
「今日もシスター服が一周回って似合ってますぜ!」
「踏んでください!」
「うるっさいよっ!?ほらほらっ!猪が民家の近くに出没してるから狩っておいで!」
「「「うぃ~す!」」」
冒険者は荒くれ者が多い。そうじゃなくても裏町で体力を持て余してた人間が多く志願してきたこともあって荒っぽい野郎たちばかりであり、これを纏めるには実力と信頼を兼ね備えた人間が必要だった。
その点ではアリスは申し分ない。
裏町の人間に信頼されており、冒険者としての実力も高い。
ついでに言えば武闘大会で彼女には大量のファンがついていたらしく、新設の冒険者ギルドの人員集めに一役買っているようだ。
そんなわけで、今のアリスはエンドヴィルの冒険者ギルド長であり、小さな教会のシスターも兼任している。
どちらもこの開拓地には欠かせない役目であり、精力的にこの仕事をこなしてくれるアリスの存在はエンドヴィルには欠かせない人間となっている。
「まったく、あのモヒカンども。いつまで裏町のチンピラ気分でいるんだか……」
「……あの時のあいつらかぁ」
懐かしい。俺が王都にやってきた夜にユウを襲っていたチンピラたちだ。
彼らも更生してこの土地の開拓に協力してくれているのは胸にくるものがある。
「ま、最近は探索の進んだ他所の土地より未開のここに興味持つ冒険者も多くてね。他所からこっちに移籍してくる人らも多いよ」
「おっ、それはありがたいな」
「ほら、あそこのおじさん達とか。あんたが武闘大会で戦ったギデさんと意気投合してパーティ入れたんだってさ」
ギデさん、確か武闘大会の二回戦で戦ったやたらと名前の長い流派の人か。強かった。
あの人もこちらに移住してくれたのか。
確かにギルド内の酒場で男性二人と和気あいあいと酒を飲み交わしている。
「…………あれ?」
「どうしたの?」
どうしたも何も、あの二人は……
一人は屈強な肉体に髭面の大男。岩のような外面に反して表情は柔和で優しい雰囲気の人だ。
もう一人はヒョロ長で痩せた外見のいかにもインテリ風の中年男性で、魔導士の杖を小脇に立てかけながら読書をしている。
なんとも見覚えのある二人だ。
忘れるわけもない。俺が冒険者となってお世話になった師匠とも言える人たち。
「アルベルトさん!?ジョージさん!?」
「ん?よぉーロイス!久しぶりだなぁ!来てやったぞぉ!」
「うるさいよアルベルト……久しぶりだねロイス」
冒険者の街イニテウムのベテラン冒険者。俺が初めて所属したパーティ。俺にとっての最初の恩人。
”草原の狼”のアルベルトさんとゲオルグさんだ。
「どうしてこっちに?」
「どうもこうも、俺たちの愛弟子が領主になって、ギルド新設したって聞いたらなあ?」
「実績のある冒険者も一定数は必要だろう。力になれることもあるだろうと思ってね」
ありがたい話だ。
確かにアリスは実力のある冒険者だが、ギルド長の役職上は直接現場には出られない。
一応は俺やアルーシャ、天虹騎士団の騎士たちが指導しているが、ほとんどはチンピラ崩れの素人だ。
実績と指導力のあるパーティが現場を引っ張ってくれるのはとてもありがたい話である。
「ふ、私も今でこそ武闘家一本だが昔は冒険者でね。君に借りを返すためにまた冒険して鍛え直すことにしたのだよ」
「ギデさん」
この人も武闘大会で優秀な成績を残した一流の武闘家だ。
彼が”草原の狼”に加入してギルドを引っ張ってくれるなら頼もしい限りだ。
「しっかし、あの新米だったロイスが英雄になって伯爵さまねえ。どんどん出世しやがるなあ」
「武闘大会で戦った時は素人だとばかり思ったが、まったく騙されたものだよ」
「《スキル》の覚醒で急激に伸びる若者は珍しくないよ。彼には最初から伸びしろがあったのさ。伸びしろが規格外だっただけでね」
口々に褒められるとむず痒い。 特に世話になった二人には。
「おじさんに好かれてるねえロイスぅ?」
「やめろよアリス………あれ、そういえばアルベルトさん?」
「どうしたい?」
「いえ、そう言えばアイツは一緒じゃないんですか?」
「ああ、それなら………」
ドォンッッッ!!!
ギルドの扉が勢いよく開く音がする。
ああ、全く懐かしい。あの日を思い出す。
俺が冒険者になったその日も、こうして勢いよくギルドの扉が開いたものだ。
「ロイスッッッッッ!!!!!」
「嗚呼……久しぶり………メリッサ」
あの日のように、俺は幼馴染と再会した。
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