限界人の改竄記憶

椨莱 麻

第1話 両片思いの記憶 前編

「今の彼氏は好きだけど、結婚するってなると、また別だよね~」

「今付き合ってる男なんてさ……」


午後の講義前。

食堂でひとり持参した弁当を食べていると、

梨奈りなが声をかけてきた。


ひとりで食べたかったけど、もう私の前に座ってしまったのなら、拒めない。

話も聞こう。

けど、公共の場で彼氏と過ごす夜の話をするのはやめてほしい。


「彼氏に浮気されたから、梨奈も浮気したww」

みたいな話を爆笑しながら大声で話すのもやめてほしい。



私は人より少しだけ耳がよかった。

だから聞きたくない会話もたくさん聞こえた。


自分は少しだけ耳がいいと自覚してからは、

聞こえないふりや知らないふりをできるようになったけど、

気付いていないときは大変だった。







あれは中学生の時。


私の席の近くで、私が知っている話題を話していたから、

つい会話に参加してしまったの。

でもこの行動がいけなかった。

元々孤立気味だった私だけど、この一件以降、さらに孤立することになる。


「え、なんで明音あかねが梨奈の彼氏のこと知ってるの? 梨奈と遥菜はるなだけの秘密なのに」

「遥菜が明音に話したとか? ないわ~」


「話してないよ。明音が盗み聞きしたんじゃない?」


「うわ、ないわ~。趣味わるっ」



「明音は人の話を盗み聞きする」

「明音は内緒話をすぐ誰かに話す」


ふたりは、そんな話を拡散したらしい。


私が自分の席に座っているだけで、周りの人たちは会話を止めるし、

私が廊下を歩いているだけで、近くでたむろしている人は噂話をやめてしまう。


男子も同じ。

女子について話していることを知られたくないのか、

私が前を通るたび、会話をやめた。


私が盗み聞きするって噂が流れる前は、

クラスの女子をランク付けして笑っていたのにね。


ただひとりだけ、私を気にしない人がいた。

同じクラスの清水しみず大希だいき君。

清水君だけは、私が前を通っても、部活の顧問の愚痴を言っていたし、

私が前を通っても、気になる女子の話をしていた。


しょうもない会話をしていることもあったけど、

私の噂なんて気にもしていないような姿が、少しだけカッコよく見えたんだよね。


人目を盗んでは、清水君の姿を視界に入れていた。

恋かどうかは分からないけど、ただひとりだけ、私の噂を気にしていない様子の清水君は私のヒーローだった。


私が清水君を目で追うようになってから、彼と目が合うことが増えた。

清水君も私のことが気になっていたんだと思う。

清水君が1学年上で、幼馴染でもある先輩のことを好きなことは皆、知っていた。

それでも同学年では、私のことを好きでいてくれたんだと思う。


直接確認したことはない。

でもそう思えるだけで嬉しかった。


クラスを、学校を恨まずにいられた。


私のことを好きかもしれない人がいる。

そう思えることは、私にとって勇気になった。


どれだけ避けられ、孤立していても、

学校に通い続けることができたんだ。


孤立していると、同じく孤立している人が寄ってきた。

シンプルに内面に問題がある人もいれば、

私のように悪い噂を広められて孤立した人もいた。


その中に、梨奈がいた。

梨奈は私を、さらなる孤立に追いやった張本人。

でも梨奈は口が軽く、他人の秘密をすぐに漏らす人だった。

それで遥菜に嫌われ、孤立したらしい。


ある日の移動教室に向かう途中。

「梨奈、明音と仲良くしたいと思ってたんだ~」

なんて、いきなり私の腕にくっついてきたときは驚いた。


おまえのせいで、私はみんなに避けられてんだよ!

って、言ってやりたかった。


でもそうしないのには、理由がある。


梨奈が私に話しかけるようになってから、

私を避ける人が減ったのだ。


「梨奈に目をつけられて、大変だね」

って、勝手に周りが私に同情してくれた。

勝手に、私に優しくするようになったんだ。


ひとりでいることに耐えられない梨奈は、高校も大学も私と同じ学校を志望した。

相変わらず、いろんな意味でだらしのない人だけど、

彼女には中学の頃から、私しか頼れる友人がいないんだと思う。

可哀そうな人だよね。

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