File2‐17給仕は薄青

―リコリス―


 リコリスと和人は三人の男に連れられるまま、ワゴン車に押し込まれ、夜の街を運ばれていった。


 バンが走り出すとすぐに男の一人がリコリスと和人を後ろ手に拘束し始めた。リコリスは腕を縛られつつも、和人を安心させるべく暗い顔を見せないよう心掛けていた。


 変わったことと言えば走行中、男たちはスマホをしきりに確認していたことくらいで、リコリスは彼らの様子を見て何か連絡を待ってるのではないかと推測した。


 しばらくしてワゴンが止まると今度はビルの中へと二人は連れ込まれた。



 外から見たビルはコンクリート製の三階建て。特に目立った意匠のない建物だった。部屋数はそれなり。入って手前にある階段を登らされ、二階奥の一室に和人とリコリスは閉じ込められた。


 部屋から外の廊下の様子は分からない。外壁に面しているであろう壁には月明かりの差し込む高さ三十センチ程度の高窓があるが、高すぎてリコリスには手が届かなかった。


 そもそも、リコリスも和人も後ろ手に縛られていて行動は制限されている。手を伸ばそうにも、ろくに身動きが取れなかった。しかし、室内に見張りはおらず、二人が話していてもそれを止める人間はいなかった。


 リコリスは部屋の中を歩き回って何か使えるものがないか探ってはみたが何も見つけられなかった。


(どうせ子どもと女一人。縛っときゃ逃げられないと思ってんでしょ。正解だよ!)

 心の中でリコリスは苦笑いを浮かべつつ毒を吐いた。


 リコリスにも部屋の外には見張りがいるだろうことは容易に想像できる。扉を蹴破ることができたとしてもここは敵の本拠地。逃げ出すことはほとんど不可能だ。


「も、椛さん……俺たちどうしたら」


 怯えた様子で和人はリコリスに声をかけた。突然の事態に和人も怯えていた。


 リコリスは和人の目を見て、隣に座る。なるべく和人が安心できるように穏やかな口調で震える和人を励ました。


「大丈夫。きっと無事に帰れるよ。お姉さんを信じて」



 そう。リコリスはおそらく六花やチームの面々が助けに来るだろうことを察していた。というよりも、和人が攫われるこの状況に陥るであろうことを察していたという方が正確だ。


(変なメッセージがあったからね)


 リコリスと六花がメイドとして派遣された初日。ライースはリコリスにタブレットを手渡した。そうすれば初めにタブレットを見るのがリコリスになるだろうと予測していたのだろう。


 六花はリコリスと違ってそこまでタブレット端末に興味を示さない。その性格から真っ先に六花がそれを「見たい」と言い出すことはまずない。


 それを分かったうえでライースはリコリスにタブレットを渡したのだろう。


 最初にメッセージを確認したリコリスは六花に「何のメッセージも入っていなかった」と言ったが、本当は違う。


〈我々は熊谷和人が攫われる可能性を高く見積もっている〉


〈拉致、誘拐の手法、タイミングは不明。学校外のいかなる時も離れぬよう留意せよ〉


 そして最後。


〈攫われることがあれば自然な形で「リコリス」が人質を買って出ること〉



 リコリスの開いたメッセージにはその三点が書かれていた。


(ライース達本部の人間は私と和人君が攫われた方が何かと都合がいいって事でしょ?)


 これは熊谷からの依頼だ。自分の息子を攫われ、帰ってこない事、身代金の要求に応じる事を了承しているとはリコリスにはとても思えなかった。


(何かするつもりってことなのかな)


 だからこそ、例え攫われたとしてもリコリス自身、そこまで事態を重く捉えていなかった。これも仕事の一環だからだ。


「俺のこと、助けに来てくれる人なんているのかな」


 部屋の中は静かで、和人の漏らしたか細い声がリコリスにはやけに大きく感じられた。


「きっと大丈夫だよ。お姉さんがついてるから」



―ヘキサ―


 オクタはラーレと共にいつものバンでこの邸宅にやってきていた。オクタとラーレに続いて六花も流されるままバンに乗り込んだ。


 ラーレは二人が後ろに乗り込んだ事を確認するとバンを発車させた。


 窓の外は薄暗く鬱蒼とした森が広がっていた。六花が邸宅の外を見たのはこれで二度目だが昼間と違い、夜の森には得体のしれない不気味さがあった。


 門を越えて一般道に合流する。


 オクタは六花の様子を確認し、後部座席にあるケースの内一つを渡した。


「初日に渡した装備は今、宿舎か?悪いがそっちを取りに行く時間が惜しくてな。その中に予備が入ってるから着くまでに身につけておけ」


 今の六花はパーカーとスカート姿で、そこはいつもの仕事用の装備なのだが、マフラーは着けておらず、六花のために仕立てられた編み上げブーツも履いていなかった。


「ありがとうございます」


 ケースの中には六花の装備一式が入っていた。


(まずブーツ履き替えて、念のためナイフも交換を……ベルトは、要らないかな)


 六花は今身に着けている装備と合わせてどちらを使うか考え、手際よく装備を交換していく。


「あと、これな。ホットじゃないが」


 オクタはドアポケットからペットボトルのココアを取り出した。


 現在、9月の終わり頃だが、まだまだ暑い日が続いており、アイスのものしかなかったらしい。


 六花はココアなら何でも好きだったが「アイス」か「ホット」かと聞かれたら「ホット」と即答するくらい、ホットココアに特別の思い入れがあった。それをどことなくオクタも感じていたのだろう。


「あ、ありがとうございます。別に謝らなくてもいいですよ……」


 仕事の失敗が頭をよぎった直後で六花は素直に喜べなかったが、久しぶりに飲むココアは美味しく、飲むと自然と心を落ち着かせることが出来た。


 六花はココアを一口飲んでからオクタに視線を向ける。


「で、そろそろ、色々と説明して欲しいんですけど」


 オクタは窓の外、遠くに流れる街を見たまま六花に応える。


「正直、今日そのまま襲撃されるとは俺たちも考えていなかったんだが……」


 前置きをしてオクタは続けた。


「初日に六花たちの装備を届けた後、俺たちは脅迫状の差出人や襲撃者のことを調べていたんだ。襲撃者たちの本拠地とされている建物の場所も既に把握済みだ」


「それならどうして先に対処しなかったんですか?」


 六花は落ち着かない様子で質問する。この仕事が「上」からの命令だからだ。


 ライースの所属する本部が実質的に各部隊に所属する工作員に仕事を命じる役割を担っているため、工作員の間では「司令部」などと半ば冷やかしで呼ばれていたが、「上」はさらにその上位の存在である。


 文字通り六花の所属する組織の最上位に位置する機関であり、それが個人なのか複数存在しているのか六花には知らされていなかったが、絶対の強制力を持っていた。


 六花は以前仕事の際に、ライースから「しくじれば命はない」と脅されたことがあったことを覚えていた。だというのに今回二人は攫われてしまった。当然、気を落ち着かせられる余裕なんてない。


「それがライースからの命令だったからだとしか答えようがない」

「ライースが?」


 オクタの答えを聞いても六花には意味が分からなかった。


(危機が分かっていて、原因も調べがついてる。なのに攫わせた……?)


 オクタの話を聞いて六花に分かったことと言えば、あの胡散臭いライースがまた何か企んでいるのだろうということだけだ。



 バンは一時間以上夜道を走行していたが、街から少し離れた辺り、建物のまばらな区画で止まった。


「六花、あそこのビル見えるか?三階建ての」


 オクタは六花の側に身体を寄せ、窓の外を指差した。


「は、はい」


(近い……っ!ってかタバコ臭い!!)


「あれが襲撃犯、結月会の根城とするビルだ。ワゴンに取り付けたGPSによれば、あいつらが熊谷邸に乗り付けた車両はここに戻ってきている」

「あれが……」


 目の前にあるビルの中にリコリスと和人がいる。まだ、助けられる。そう思うと六花は安堵した。


「じゃあ、六花はこれ。頼むな」

「え?」


 オクタは困惑する六花に先ほどのものとは別のケースを渡す。


「これは?」


「こっちにはリコリスの装備が入ってる。俺とラーレが中で暴れてる間にリコリスと和人を探して助けてやってくれ」


 ケースの中にはリコリスの愛用するワルサーPPKが一丁、予備のマガジンが一つ入っていた。


「会長には誰の依頼で動いてるのか、確認のために話してもらわないといけない。戦闘になっても殺すなよ」


 オクタは特に二人の顔を見ることもなく平然と自分の装備の確認をしながら言い放った。オクタは主にナイフとグロックを用いて戦闘を行う工作員だ。


 組織の工作員には「研究室」で用意された武器類がその下位に位置付けられている「輸送班」を通して支給される。ナイフなどの刀剣類は組織の方で製造したものだが、銃火器に関しては警察や軍などの払い下げ品、横流し品を用いていた。


「じゃあ、行くぞ。会長は部屋に一番乗りできたやつが対処する。ラーレも準備いいな?」

「もちろんですよ。なぁ六花ちゃん。会長は間違っても殺すなよ〜?」

「私が人を殺したくてたまらない人みたいに言うのやめてください。大丈夫ですから」


 オクタとラーレはバンを降り、正面から堂々と、因縁をつけて来る会員を倒してビルへと入っていった。

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