File2‐3給仕は薄青

――ヘキサ――


「「「いらっしゃいませ」」」


 六花たちはリエールを車に残して、ライースに連れられるまま裏口から豪邸に入った。裏口からだというのに既に数名のメイドが待機していた。六花には内装の絢爛さよりもメイドの方が現実感がなかった。


 彼女らは六花が普段、電気街などで見かけるメイドたちより丈の長いスカートを履いていた。


 メイドの中でも年長者らしき人物が一歩前に出る。六花には四十後半くらいに見えた。

(外国系の人……?日本人じゃないよね)


 彼女はブロンドの髪をしていて丁寧に手入れをされているのが一目でわかるほど上品なツヤがあり、きれいに整えられていた。


「お待ちしておりました。私メイド長をしております、紀川きがわローラ=レノンと申します。自室で旦那様がお待ちです。ご案内致します」


 六花は想像していたよりも流暢な日本語が聞こえたことに驚いた。

(紀川……?ハーフ?)


 ライースはそれに会釈で返してついていく。慌てて六花も後を追う。


 六花は全く説明を受けていないため、先ほどから何が何だかわからないといった様子だったが、メイド長とライースは当たり障りのない話をしながら前を進み、リコリスは屋敷の中を見回すたびに視界に現れるメイドに興奮していた。


「見た?ヘキサ!メイド服だよメイド服!喫茶店のじゃなくてもっとしっかりしたやつ!」


「え?あれって何か違うんですか?メイドはメイドですよね?」


「街中で見かけるのはどっちかっていうとオタク文化の方だからねぇ。そもそも――」


「丈が短い方が動きやすいと思うんですけどね」


 リコリスは六花を無視して長々と語りはじめた。六花は話を半ば聞き流しながら歩いていたが、ライースたちが扉の前で立ち止まったのを見て目的地に着いたことに気づいた。

 メイド長が扉をノックすると中から低い声が返ってきた。メイド長が両開きの扉の片方を押し開け三人を中へと促す。ライースは部屋の中へ遠慮なく入っていった。リコリスに続いて六花も部屋に入る。



 部屋の中には大きなデスクと低めの長テーブルがあり、テーブルを囲むように左右に二対の革椅子が置かれていた。壁に沿うように設置されたガラス扉付きの棚の上には壺やら絵画やら写真たてやらが並び、奥のデスク脇には観葉植物が置いてある。

 奥の大きな木製のデスクに恰幅の良い男が座っていた。

 仕立ての良いスーツを着て朗らかな笑みを浮かべている。どうやらこの屋敷の主人らしい。メイドを雇っているが日本人のようだった。


「おお!お待ちしておりました。我が熊谷くまがい邸へようこそ。さぁ、そちらのお二人は椅子におかけください」


 リコリスと六花は促されるまま革製の椅子に座る。


「ご依頼を受けました根本ねもとと申します。よろしくお願い致します。」

 ライースは根本と名乗って名刺を取り出し、メイド長に渡す。メイド長は根元の差し出した名刺をさっと確認した後主人である熊谷に持っていった。


 根本というのは表の警備会社での仕事に使う名前だった。それを聞いた六花は今回の仕事は組織の方でなく警備会社の方だろうと察した。


 熊谷は名刺を置いて話し始めた。

「そこのお二人だね?」


 ライースは「はい」と返事をしてから六花たちの座る椅子の後ろに回り込んだ。


「こちらの女性が秋風あきかぜ もみじ

 リコリスを指す。

「こちらの小柄な女性が氷室 小夜です」

 六花を指す。


(誰が小柄よ!)

 六花はそう思ったがここは既に仕事の場であることを思い出して堪えた。熊谷は頷いてからメイド長に

「そこの二人は今日からうちで働くメイド見習いだ、寸法は既にデータをいただいているからそれを見て服を用意してやってくれ」

 そう伝えてデスクにあったタブレット端末を渡す。


「かしこまりました」

 メイド長は一礼してそのまま部屋を出ていった。


 熊谷はそれを見届けるとはぁとため息をついた。眉をひそめ、目つきを変えた。

 今までの柔和な笑みは消え、疑り深く物事を見定めようとする当主の顔だ。迫力がある。六花たちは怯みこそしなかったが、途轍もない圧迫感を感じていた。


「で、その二人。本当に役に立つのかね。見たところまだ子どものようだが?」


「はい我々の中でも戦闘能力に優れ護衛を任せられる者たちです。女性ですのでメイドには紛れ込ませやすいでしょう」


 その後も話があるようだったが、先ほど裏口で見たメイド達がリコリスと六花を呼びにきたため二人はここで退室することになった。


 部屋を出る時二人はライースから

「メイド服に着替えてからでいいので一度裏口にお願いします。熊谷様もよろしいですか?二人に話しておきたいことがありますので」

と言われた。



――1日目 昼――


 二人はメイド達に連れられ邸宅の中を進む。メイド達の年齢はバラバラだった。40過ぎの熟練らしきメイドもいれば、10代、20代らしく年相応に明るく少し落ち着きのないメイドもいた。


 なかでも10代から20代に見えるメイドが多い印象を受けた。彼女らは全員、歳の近いリコリスや六花に興味津々といった様子だ。新しいメイドが入ってくるのは数年ぶりらしい。


「しゅ……」

 六花は秋花さんと言おうとして口を紡ぐ。今は秋風椛がリコリスの名前だ。そっと耳打ちする。


「椛さん、私たち……その、メイドやるんですか?こんな仕事やったことないですけど。まだ説明も受けてませんし」


「氷室さん。私語は慎むように。私たちは与えられた仕事を完璧にこなすだけよ」


「――は!?」


 リコリスは既に潜入用にメイドの役を作り上げていた。普段のおちゃらけた姿はこの人から全く想像できないほどの変わりぶりだった。二重人格でもないのに、いきなり性格や口調が変わるものだから何度見ても六花はその度に驚かされていた。



 メイド達に連れられ更衣室へとやってきた。先程のメイド長が既に服を用意して待っていた。


 スカート丈はくるぶし位まである長丈で六花にとっては動きにくいなんてものではなかった。


「椛さんはこちら、小夜さんはあちらでメイド達に正しい着方を教わってください。終わったら確認します」


 そう言われた二人はそれぞれ別の組に分かれて着方を教わることになった。

 六花はぎこちなく何度も見本を見せてもらいながら着ては直して着ては直してを繰り返すことになった。が、リコリスは六花とは対照的にメイド達から一度見本を見せてもらっただけで着方を覚え素早く着こなした。


 メイド長の審査も問題なく通過し、メイド達は感嘆の声を漏らす。


「二人ともとりあえずは問題なく着れてるわね。次は早速仕事をと思ったけど、根本様に呼ばれているんだったわね」


「はい」


「いってらっしゃい。10分後くらいにまたここまで戻ってきてちょうだい」


「わかりました。えっと」

 六花はメイド長をなんと呼べばいいのか分からず言葉に詰まる。


「あぁ、私のことはローラで良いわよ。小夜さん」

 メイド長は朗らかな笑顔でそう言った。


「わかりました。ローラさん」

 六花は会釈をしてからリコリスとともに裏口へ向かう。



「やっと来ましたか。服を着るだけで一体何分待たせるんですか?」

 ライースはワゴンの助手席に座ったまま早速に嫌味を漏らす。


「お二人ともお似合いですよ」

 すかさずリエールがフォローに入る。


(多分この人がいなかったらライースは何回か刺されてるんだろうな)

そんなことを六花は考えていた。


 ライースは「まあ良いです」と言って咳払いをした。

「ここでの仕事内容とこれまでの経緯について話しましょうか」


 ライースのその言葉にただならぬものを感じ六花とリコリスは身構えた。

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