File1‐8学校に薄青
―ヘキサ―
仕事の日であっても特に普段と変わりなく時間は過ぎ、放課後がやってきた。教室からは楽しそうな話声とともにクラスメイトが次々と出ていく。テスト休みと言ってもその空いた時間を真剣に使う人は少ないのだろう。
「氷室さん、私たちはこれから補習だけど、飲み物とか大丈夫?私切れちゃったから自販機行くけど、一緒に行く?」
「いいよ、行こっか」
教室を出て昇降口のところにある自動販売機にやってきた。涼子がお茶を買っている間にオクタに補習が始まるとスマホで連絡を入れておく。補習を受ける生徒はあまりいない。リュックや鞄を持って帰宅する生徒たちの波に逆らって二人は教室に帰る。教室でノートを広げてターゲットの細機が現れるのを待つ。ただ待つだけというのも暇だったので六花は涼子と数学の問題について話すことにした。ほどなくして細機が現れた。予定していた時間からすでに十分ほど経っていた。手にはプリントを数枚持っているのが見える。
「ごめんね二人とも。ちょっと急用が出来ちゃってすぐ帰らないといけなくなったんだ。今日は見れなくなっちゃってごめんね」
(帰る?)
その言葉に六花は動揺しながらも、今何をすべきか考え始めた。
(今は師匠とラーレが入ろうとしているはず……学校から家までは少し距離あるけど急いで出てもらわないと!)
「こっちが問題でこっちが答えね。明日は昼間なら見れるから11時に講義室まで来てくれれば解説できるから……今日はほんとにごめん」
「い、いえ大丈夫です細機先生もお気をつけて」
涼子は目に見えて残念そうだ。
「ちょ、ちょっと待ってもらえますか?」
急いで連絡したいあまりそんな言葉が六花の口からこぼれた。
「どうしたの氷室さん?」
「あ、えーっと」
(考えろ考えろ)
オクタとラーレが細機と合流することは避けないといけない。この異常事態を伝えなければならない。
「あ、明日は家の予定があって来れないんです。予定をあけられるか聞いてきてもいいですか?」
「うん、僕もあまり時間はないけどそれくらいなら大丈夫だよ」
「すぐ戻ります!ここで待っててください!」
六花はスマホをつかんで教室から駆け出した。
「はい!――そうです!今すぐ出てください、すぐではないですけど細機が家に向かいますから」
電話越しのオクタの声は初めこそ驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
〈わかった、まだ何にも漁れてないからすぐに出られると思う。明日は補習があるんだな?なら明日漁りに入れる。明日お前は補習に出なくていいから遠くから細機の監視を頼むな。今日のところは真っすぐアパートに帰っておけ〉
「わかりました」
電話を切って胸に手を当てて大きく息をついた。息を落ち着かせて教室の方へ戻る。扉の前でもう一度深呼吸をする。教室の中にはまだ二人の気配があった。扉を開けると嬉しそうに話す細機と対照的に少し悲しそうな雰囲気の涼子が目についた。
「おかえりなさい氷室さん。どうでしたか?」
「――いえ、明日補習に出るのは難しそうでした」
「そうでしたか、残念です。その分プリントにはわかりやすく解説もついているので、よく読み返してみてください。三芳さんはクラスの中でもよく勉強ができるので彼女に聞いてみてもいいかもしれないですね」
咄嗟に振られた涼子は驚きながらも、質問してくれたら教えるよと言った。
「それじゃあ僕はこの後用事があるので、これで失礼します。三芳さんはまた明日、氷室さんは気を付けて行ってきてくださいね」
そういって細機はバタバタと出て行ってしまった。
六花が小プリントを終わらせて教室から出るまでに小一時間ほどかかった。涼子は本当に補習が必要なのか疑わしいほどすらすらと問題を解いていった。六花がなかなか問題を解けなかったことで付き添ってくれていた涼子まで帰宅時間が遅くなってしまった。気づけばすでに日は傾き、廊下の窓の外には帰宅するサラリーマンの姿がチラホラ見え始めていた。
「補習付き合ってくれてありがとう。私はその……頭が良くないからさ。助かったよ」
「いえいえ。私の方こそ勉強がはかどったから助かってるよ。ありがとうね」
昇降口でローファーに履き替える。そういえばと言って切り出す。
「さっき、私が電話しに行ってた時、何を話してたの?先生はなんていうか、嬉しそうだったけど」
涼子はなんだか言いづらそうにしていながらもぽつぽつと話し始めた。
「先生、来年には転職するんだって」
「転職!?」
驚きのあまり声が出てしまった。
「あっいや、細機先生は教えるのが上手な良い先生なのにどうしたんだろうね」
「私も詳しくは教えてもらえなかったんだけど、スカウトされたって言ってた」
「スカウト?」
(この時期に?まだ六月で学年が始まったばかりだ。その担任をスカウト?)
「先生は夢が叶ったって嬉しそうだったけど、正直私は――」
「――残念?」
「いや、残念って程じゃ……」
なんとなく涼子が細機に好意を持っていることは察していた。いなくなってしまうのだとしたら悲しい気持ちになるのもわかる。
(それにしてもスカウトなんて一体どこが?とりあえず師匠には伝えておかないと)
翌朝、六花とオクタは食卓を囲む。昨日は電話した後、オクタはラーレとアジトの方に戻っていたらしく六花のいるアパートには帰ってこなかった。そのため昨日の報告もかねて一緒に朝食をとることにした。テレビでは昨日クラスで話題になったカミシロの爆発事故から起こった不祥事の発覚までの流れについてのワイドショーが流れていた。
「というわけで、細機はスカウトされたらしいですよ。三芳さんもどこからのスカウトかまでは知らないようでしたが」
六花は自分で作ったサンドウィッチを頬張りながらいう。
「確かにそいつは妙だな。この時期にスカウトなんてあるのか?まぁ俺らの仕事と関係があるかは分からないが覚えておこう」
今日の11時から細機の補習が始まる予定だ。だから、細機も11時前には高校にいることになる。オクタたちが侵入するならその時がねらい目だろう。六花は久しぶりに制服ではなく私服に着替えた。ラーレが以前高校を見張っていたビルの屋上から今度は六花が細機を見張る。もしオクタたちが出てくる前に細機が帰宅することになった場合引き留める役割もこなさなくてはいけない。要は見張りと足止めだ。
オクタのスマホがなった。オクタは送られてきたメッセージを見ながら吸っていたたばこを灰皿に押し付けて消した。
「じゃあそろそろ出るわ。ラーレが近くのコンビニに着いたみたいだ」
「わかりました。私もそろそろ出ます。――行ってらっしゃい。オクタさん」
「ヘキサも気を付けていけよ」
オクタを見送ってから六花も仕事用の装備をベルトポーチに詰め込んでアパートを出た。
―オクタ―
ラーレと合流して細機の家があるマンションへとやってきた。ホリーから渡されたカードキー状の合鍵を使って細機の家である407号室に入る。すぐさま電子ロックをかける。同居している家族なし。今日は高校で補習。高校内にいることは耳に着けたイヤホンから入ってくるヘキサからの報告で知っている。
「デスクのある部屋はこっちで調べておく。ラーレは家全体を軽く見てからアタリをつけて調べてくれ」
数分かけて室内を調べるが物理的に隠された物は無さそうだった。諦めてデスクのパソコンを調べる。立ち上げるとパスワードの入力を求められた。
(パスワードはまぁ、あるよな……)
デスク周りにパスワードと思しきものはなかった。アイツに頼むしかない。
「maple」
「ハイハーイ!」
手に持ったスマホから元気な音が響く。音声認識でリコリスの作ったmapleを起動し呼び出す。こうなることを想定し、昨日アジトでPCゲームをしていたリコリスから借りてきたのだ。
「目の前のパソコンに繋ぐ。パスワードを探れ」
「パスワード了解!オ任セアレ〜」
USBでスマホを細機のパソコンに接続すると、mapleは数秒で解析を終えパスワードを手に入れた。これでこのパソコンを調べ始めることが出来るようになった。
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