File1‐6学校に薄青

―オクタ―

 ターゲットである高村の自宅は二階建ての一軒家だった。閑静な住宅街の奥まったところにあり、六花の通う学校からは二駅離れていた。高級住宅街というほどではないが、周りと比べて多少上等そうな印象を受ける。しかし、伸び放題な庭の草木がそれを台無しにしていた。六花からの連絡でターゲットは六花の目の届く範囲にいることが分かっている。それならすぐに帰って来ることはないだろうと判断した。

(期限も早められちまったことだし、ゆっくりは……してられないな)

本来であればもっと時間をかけて行動パターンを割り出し安全に侵入を試みるところだが、今回はあまり時間が取れなかったため、六花を見張りに置いて強引に侵入計画を進めることにした。通行人がいなくなったタイミングでラーレから合図をもらい、合鍵で玄関を開ける。

「入れた。お前も見られないタイミングで入ってこい」

〈了解です〉

家に入り、書斎か自室に使われていそうな部屋を探す。組織が睨んだのは高村本人というよりもそのカミシログループで役員をしていた父親の方だった。高村に情報が渡っている可能性も0ではないだろうが、本命は父親の方だ。二階の方にも使われている形跡を確認した。

「俺は二階を見てくる。何か見つけたら無線に連絡くれ」

無線でそう言いながらオクタは階段を登っていく。高村の父親はこの前の襲撃作戦の直前に持病が悪化したらしく、国立病院に入院中。母親のほうは数年前から介護センターに入っていることはすでに調査済みだった。

(一人暮らしにしては無駄に広い家だな。雑草も伸び放題になるだろうよ)

ドアを開けて二階の部屋を一つずつ確認していく。何部屋かは埃をかぶっていて、最近は使われている形跡がない。掃除こそされていないが、きちんと家具はそろっている。

(役員の父親の荷物か教師の方の荷物にデータがあるといいんだが……)

ドアを開けて中を確認していると玄関のドアが開いた音が聞こえた。ラーレが入って来たらしい。

〈じゃあ俺は一階見てくるんで〜〉

という気の抜けた連絡を聞きながら唯一埃がかぶっていない部屋に入っていく。埃が被っていないとは言っても部屋はまるで物置のようにに使われており、物が乱雑に置かれていた。

「これは一階が当たりだったか?」

物証が無いとも言いきれない。腰を下ろして室内を漁り始める。しばらく部屋中を漁って、クローゼットを開けた時一人暮らしの男性の物とは思えない物が出てきた。セーラー服だ。

(これは六花のと同じ制服か……?)

一瞬手が止まる。ほとんど同時にラーレから連絡が入った。

〈オクタさん、なんか見つけました……〉

「……なんかってなんだよ」

〈写真……っすかね?とりあえず降りて来てください。階段降りてすぐ右の部屋なんで〉

クローゼットを閉めて一階に向かう。この間も六花からは高村がどこかへ行ったというような連絡はない。まだ部活時間内のはずだ。



―オクタ―

 ラーレの言っていた部屋に着くとドアが空いていて、電球の光が漏れていた。

「で、写真ってのは――」

呼びつけた訳を聞こうと部屋を覗いた途端声を失った。そこは寝室と思われる部屋だったが壁を覆い尽くすように貼られた写真に目を取られ、そこがなんの部屋であるのかなんてものはどうでもいい事に思えた。

「なんだこれ」

「俺も部屋入って電気つけたらこれなんでびっくりしましたよ」

壁一面に制服や運動着を来た高校生くらいの女子の写真が貼られていた。

「これ六花のところの制服だよな?」

(さっきクローゼットにあったものと同じものだ)

「おそらく。別の部屋の高村のパソコンから盗撮写真が大量に出て来たんで盗撮は分かったんですが、まさかここまでとは……」

「盗撮……六花が視線を感じる気がするとか言ってたのはこれか。その中に六花の写真はあったか?」

「パッと見無かったっすよ?最近の日付の写真はあまり無かったので、六花ちゃんに気づかれたとでも思って控えてたんじゃないっすかね」

「そうか、パソコンで他に怪しいところは?」

「それも大丈夫です。変に隠されたものもなかったし、父親の方は仕事のメールとかだけで特にファイルもなかったんで」

「コピーガードとかがないなら一応コピーして持ってっとけ。容量少ないなら持っていけるだろう」

「あ~じゃあ一応やっときますね」

ラーレはめんどくさそうに頭を掻きながら部屋を出て行った。

(二階のほかの部屋には特に目ぼしいものはなかった。そもそも俺らのチームに当たりがいるとは限らないが)

「もう少し家探しして撤収だな」

19時くらいに家に入ったが、既に一時間経過している。そろそろ撤収準備に入った方がよさそうだ。

「俺の方はあとクローゼットと横の棚だけだから、そっちが終わったら先出てても良いぞ」

「分かりました。俺も高村と父親の二つのパソコンのコピー取ったら終わりにします」



―ヘキサ―

 指導が終わってやっとアパートに帰くることができた。靴を脱いでリビングに行くとまず目についたのがソファでだらっとしてるオクタだった。部屋はたばこで煙たくなっていた。あきれながら換気扇を回す。

「師匠?何やってるんですか。とりあえず高村のところ終わったんですよね?報告したいことがあるんですけど」

ジト目でいう。

「六花か、おかえり」

「ただいまです。そっちの仕事、どうだったんですか?」

シンクで手を洗いながら聞く。

「とりあえず高村の家に行ってきた。変なもんは出てきたが、今回のターゲットからは一応外れたそうだ」

「え?そうなんですか?私はてっきり高村が当たりなんだと思ってましたが」

お湯を沸かそうとポットに手をかけるとすでに沸いていたのでそれを使ってココアを淹れる。

「あっ、そうだ師匠。あいつスマホを落としたので、拾おうとしたら豹変したんですよ!ターゲットじゃないっていうならあれは何だっていうんですか?」

「あぁ、あいつがスマホを見せたがらないのは写真のせいだろうな」

「写真?」

急に出てきた言葉に六花は混乱する。

「パソコンと部屋から大量に盗撮写真が出てきた。あれは――」

「盗撮!?」

驚いた六花は思わずオクタの言葉を遮ってしまった。「すみません」と言って次の言葉を待つ。

「その写真を見る限りお前の行ってる高校の女生徒を隠し撮りしてるんだろう。今年度の日付もあるからお前が入ってからも何回かやってる」

「なっ!?それ!ちゃんと消したんですか?」

「消せるわけないだろ」

なんでですか!とオクタに詰め寄った。

「勝手に消えたら怪しまれるだろうが……最悪今後の仕事に支障が出る。それにお前が写ってるやつは無かった。上に報告したが、そこでも消去の必要はないって判断されてる」

そう言われて自分の盗撮写真が無かったことに安堵する六花だったが、やはり写真を消すべきだったと思ってしまう。

「気持ちはわかるが、今は仕事中だ。これからも盗撮に気をつけながら細機を探れ。そいつからも何もでなければ、うちのチームには当たりがいないってことで任務終了だ。撤収日までは普通の学生生活を送れる」



 そこは淡い世界だった。アジトでも、アパートでもない。しかし初めて見る場所でもなかった。六花は15になった今でも人より背が低いが普段よりも視界が低く、より一層現実とは思えなかった。名前も知らない大人たちがバインダーをもって部屋を出ていく。あれには何が書いてあるのか六花には分からない。大人たちが部屋を出ていくと部屋に残された子どもたちは各々が別の動きをしていた。集まって話す。部屋の隅に座り込む。本を読む。喧嘩する。様々だ。六花は窓から外を見ていた。見慣れた中庭。その中庭にあるオブジェには施設の名前が彫られていた。六花はぎこちなく、読めないながらもアルファベットを読み上げる。

「Redr――」


「――ッ」

六花はアパートの寝室で目を覚ました。薄らと汗ばんでいた。

「またあそこの夢を見るなんて……」



「おはよう。氷室さん」

「あっおはよう……三芳さん」

見直した先生が実は盗撮魔で、朝は変な夢を見て、モヤモヤした気持ちのまま六花は登校した。昇降口で靴を脱いだ時、後ろから涼子が駆けよってきた。

「どうしたの?今日元気ないね」

どうやら、六花の様子を見て心配してくれたみたいだ。

「元気が無いわけじゃないんだけど――ちょっとね」

二人で教室に向かう。本当のことが言えずもどかしい気持ちになっていると「おはよう!」と元気な声が響いた。前からやってきたのは高村だった。

「おはようございます」

「……おはようございます」

高村に対して敵意を向けないように必死に声を絞り出した。そうとは知らない高村は

「なんだ?氷室朝から元気がないな。何かあったか?」

無神経な質問をしてきた。昨日の特別指導を受けたことが原因だろうか。昨日より遠慮がないように感じた。

(あんたのせいだよ!盗撮魔!)

心の中で悪態をついた六花だったが口には出せなかった。今日は学校生活始まって以来の憂鬱な一日かもしれないと思いながら涼子と教室へ向かった。


 昼休みになるとすぐに六花は涼子に声をかけた。たまには涼子と話そうと思って弁当を持参していたのだ。前回一人でいて心配されてしまったこともあり、反省しているというのもあった。最近のニュースや他愛のない雑談をしていたら部活の話になった。どうやらテストの前の週ということで今週は今日から部活がないらしかった。六花はそれなら早く帰って昨日のクイズ番組の録画でも見ようかと考えた。昼休み終わり間際に涼子は思い出したように話を切り出した。

「氷室さん今日放課後時間ある?」

今日は録画を見ようかと考えていたが、特に仕事はない。連日動くのも危険だ。録画だってまた今度見ればいい。

「暇だよ」

「じゃあ、またショッピングモールに遊びに行かない?部活がないのも久々だし」

「へ~そうなんだね」

六花は何の気なしに相槌を打った。

「部活がないのは試験の前の週だけだからね。ってあれ、氷室さんのところは違ったの?」

慌てて咄嗟に取り繕う。

「あっいや、そうだったかも、何かちょっとボケてたみたい」

「氷室さんバスケやったことないって言ってたもんね。結構上手くて忘れがちだけど。前の学校では部活やってなかったとか?」

「そ、そうなの!だから休みとか気にしたことなくて」

涼子はそれもそうかと頷いていた。何とか誤魔化せたようだ。部活どころか学校ですら通ったことのなかった六花にはこの手の話題は難しい。

「今朝元気なさそうだったし、少しは気晴らしになるかなって」

気を遣ってくれているのが分かってまた申し訳ない気分になった。

(そんなに元気なさそうというか、変だったのかな、気を付けないと)

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