File1‐4学校に薄青
―ヘキサ―
高校に潜入して早くも一週間が経過していた。ダムダムとボールをついてドリブルし、バッシュが床を蹴る音が体育館中に絶え間なく響く。
「パス!」
「こっち空いてる!」
「「ナイッシュー!」」
館内に高い掛け声が響き渡る。それとは対照的に汗は静かにツーっと伝っているというのにそれすらもやけにはっきりと分かった。体育館にはそんな「ザ・部活」と言った活気の溢れる光景が広がっていた。
(やっぱり体を動かすのは気持ち良いな)
今の体育館には女子バスケ部と男子バスケ部しかいない。広々と体育館を使えていた。
今日は六花がバスケ部に体験入部をして二日目。今週中には本入部する予定だ。入ってすぐはドリブルが全くできずに、空き時間に先輩からいろいろと聞いていた六花だったが、初日のうちに何とかできるようになれたのが良かった。もともと体力はあったし、動きは初めて見学に来たときに見て盗んでいた。その動きを体で実行し、ズレを修正する。六花が思っていたより時間がかかってしまったが、この部内でも動きの良い人の動きを盗めたおかげで早めに上達することができた。二日目にしてもう周りを見る余裕も出てきた。今度ボールを買いに行って家でやっても良いかもしれない。
(意外とバスケって面白いな。ハマるかも)
六花はその身長のせいもあり腕力があまり強く無い。遠くからのシュートはなかなか決められなかった。しかし、持ち前の足の速さと跳躍力を活かしてレイアップシュートを決めることが出来た。
「――ふぅ。……よしっ!」
先輩達からも試合前に良い人が入ってくれたと喜ばれたが、やはり一部の人からは良い顔をされなかった。それと、バスケをしていると視線を感じることが何度かあった。先輩たちはほとんど気づいてないようだったが、視線を感じる方を向くと決まってスマホをいじってる高村がいた。六花が振り向くとそそくさとどこかへ行ったり、バツが悪そうにスマホをしまったりする。それを見るたび、何か変なところでもあるのかと六花は不安になった。部活中にスマホをいじっていて教師として不真面目だと思われるのが嫌だったのだろうか。
(普通の生徒っぽく出来てると思うんだけどな)
隣の席の涼子とは同じバスケ部員ということもあり良く話すようになった。細機についても、高村についても知っている人だったため、早期に交流を持てたのは六花にとって幸運だった。なにより二人は転校生とその隣の席のクラスメイトという関係性だったため一緒にいても不自然じゃない。
涼子は細機については特に良い印象を持っているようだった。少し自信がなさそうなところがあるけれど、教え方はうまいし、授業も分かりやすい。勉強を全くしたことがない六花も少しなら理解できた程だ。
(もしかして三芳さんって細機のことが好きなのかな……)
六花は涼子が細機のことを話すときのトーンでなんとなくそう感じていた。
逆に高村は視線がいやらしく感じるから苦手らしい。六花もチラチラ見られている気はしていたが、そう思う女子生徒は意外と多いようだ。バスケ部の先輩達も同じように視線や体臭が苦手だと言っていた。先輩達の話はこそこそと話していたところを盗み聞いたもので、高村本人は知らないようだった。男子バスケ部の顧問も兼任していて男子バスケ部ではよく怒鳴っているらしい。六花も何回か見た。あとは、元バスケットボール選手だったそうで、部活後に残ってくれれば追加で特別指導をしてくれるとかなんとか。正直今までの話を聞く限りすごく怖い。
(結局、直接的な情報を掴まないと判断材料に出来ないか)
そう思った六花だったが、これはこれで有効活用させてもらうことにした。
「氷室さんってバスケやってたんだね」
「ううん。三芳さんから聞くまでやったことなかったよ」
「そうなの!?上手いからびっくりしちゃったよ。運動も得意そうだし」
「思ったより楽しくてハマっちゃいそうだよ」
「来週の体育祭で大活躍できそうだね!」
アパートに帰り、いつものようにオクタに報告しているとインターホンが鳴った。インターホンに姿は写っていない。
(――ここにくる人はいないはずだけど)
知人はもちろんのこと組織の人間も来る予定はなかった。配達も頼んでいない。玄関の覗き穴からは誰も見えなかった。六花は警戒しながら左手でドアノブを回す。隠した右手で折り畳み式の仕込みナイフを握っておく。
「どちら様でしょ――」
「やほっ!」
不意に笑顔が飛び込んできて驚いた。ドアの陰にいたらしい。見慣れた人物が立っていた。
「なんだ、秋花さんじゃないですか。どうしてこちらに?」
「ん?二人が元気にやってるか確認ついでに話を聞きに来たんだよ。あと本部から追加で連絡来たからそれも伝えないとだったし」
そう言って部屋に入り込んできた。警戒する必要がなくなったので仕込みナイフをしまう。
「うわっ、六花ちゃんナイフ抜いてたの?おっそろしいなぁ。けど、そういうとこも可愛いよ〜!!偉い偉い」
リコリスは六花にひっついて頭を撫でる。
「やめ、やめてください!仕事の報告聞きにきたんでしょ!ほら、行きますよ」
リコリスの手を振り解き、リビングに歩いていく。
リビングでオクタも併せてもう一度ここ二週間の報告をする。その際に高村のスマホの件も報告することにした。六花にはスマホを部活中でも気にしているというのが怪しく見えたから、というよりも六花が見るとバツが悪そうにしていたからだ。ひととおり報告を終えるとリコリスは
「これはあれだ。細機は補習とかで時間稼げるから良いとして、高村の方は特別指導ってのを受けるのが良さそうじゃない?」
と笑っていた。
「なんか見られている感じがして苦手なんですよね。高村って」
「六花ちゃん可愛いからねぇ。しょうがないよ」
六花は今から憂鬱な気分になる。あの高村と二人きりになると想像しただけで冷や汗が出てきた。
(でも、しょうがないよなぁ。三芳さんには一緒に受けないか聞いたら断られちゃったし)
リコリスは更に
「六花ちゃんなら、大丈夫でしょ?万が一の時も何とかなるだろうし」
なんて言いだした。
(万が一の時って何!?何を想定してるの!?)
オクタも
「六花なら大丈夫だろ。俺はそんなんでダメになるように育ててるつもりはない」
と、特に気にしていないようだ。
「とりあえず私からの報告は以上です」
少し間を置いてリコリスが話し始めた。
「じゃ、次は私ね。本部からの連絡」
今度はどんなことを命令されるのやら不安だ。
「期限を早めろってさ」
「はい?」
オクタは黙って聞いていた。
「どういう事ですか?」
「今回の仕事用に潜入期間を三ヶ月間。今は五月上旬だから――夏休みの間くらいまであらかじめ取ってあったんだけど、実際の仕事は一ヶ月、長くても二ヶ月以内に終わらせろって事みたい」
「三ヶ月も学校にいられるのに、仕事は急げって言うんですか?」
「そうみたい」
六花たちにとっては正直怖い話だ。急いで仕事をすると粗が出る可能性もあるし、動きすぎると目立ってしまう。
「六花ちゃんの考えは分かるけど、やれって事だから私たちはそれで動くしかない」
「……わかりましたよ」
はぁとため息混じりに受諾する。
「ごめんね、六花ちゃん」
「他にはありますか?無ければ私は部屋に戻ろうかと」
「とりあえず無いかな。急に急げって言われたくらいで」
六花は気分的にどっと疲れた。
(部屋に戻って素振りをしたらベッドに入ってすぐ寝よう)
そう考えながらリビングを後にした。
「ところでオクタさん?六花ちゃんに手は出してないでしょうね?」
「出すかよ。あいつは娘みたいなもんだぞ」
「へ〜」
「へ〜ってなんだよ」
「いやね?六花ちゃん、可愛いじゃん。お姉さん心配だなぁって」
「馬鹿か。安心しとけ」
学校に潜入してから大した問題もなく二週間が経った。先に細機のほうの調査を済ませて、違っていたら次に高村をと六花の強い希望でチームは考え動いていたが、細機が学校にいない。そろそろ仕事を再開するかという時に体調不良らしかった。テスト期間も迫ってきているらしく生徒の中には不満を言っている者もいた。
(最悪だーっ!!)
仕事は期間が狭められ、あまりダラダラと続けるわけにもいかない。
(特別指導の高村からするしかない?いや、でも……なんか嫌だなぁ)
なんて思っていると、月曜、火曜とあっという間に時間は過ぎてしまった。しかし、その間も細機先生は学校には現れなかった。アパートでどうしようかと迷っていると
「仕方ないよ、六花ちゃん。先に高村先生の方をやろう」
とリコリスに言われた。
「はぁ」
肩を落としながら答える。
(というか、なんでいるの?)
リコリスは最近なぜかアパートにいることが増えた。理由を聞いてもただの気まぐれということらしかった。
ここ数日高村について情報収集をして来たが、視線がいやらしい感じがする。それ以外だと肩に手を置かれた女生徒がいる程度で実害という実害はなさそうだった。噂がある程度でどれも真偽はわからなかったが、教職員を続けている以上問題はなさそうだ。
(脂っぽいのがなければ少しは気楽なんだけどなぁ)
水曜日は部活がない。朝登校してから放課後になるまで細機の姿を探すが見当たらなかった。どうしようかと思案していると
「氷室さん、どうしたの?」
急に声をかけられてびっくりした。振り返ると、涼子がいた。
「三芳さんじゃないですか。びっくりしました」
笑って誤魔化す。
「最近一人でいるところをよく見るから馴染めてないのかなって、心配で」
(転校してきたばかりで、一人だったから心配してくれてたんだ)
事実ここ数日の六花は校内でうわさや評判を盗み聞きするために手早く食べられる栄養食とゼリー飲料を昼食とし、食べ終えると校内を一人で歩いていた。それを馴染めていないのではと気にかけてくれていたことに少しだけ嬉しくなった。
(仕事の都合で二人のターゲットを探るために一人でいただけなんだけどね)
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
笑顔で返す。それを聞いて何か考えたような顔をしてから
「氷室さんこの後暇だったりする?」
と聞かれた。今日は細機もいなかったし、用事と言う用事もない。
「暇ですよ」
即答する。それを聞いた涼子はすぐさま笑顔になった。
「じゃあ、一緒に買い物行かない?」
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