第27話 新たな発見

 マヒロの講演が大成功を収めて一週間が経過していた。あのために大きな代償を払ってしまったものだと、サトルの中ではちょっぴり後悔が込み上げている。夕暮れの教室に担任の岩崎先生と二人きり。板書をノートに書き写すという行為ほど虚しいものは無いと考えてはいるものの、マンツーマンの補習授業で居眠りできる胆力は持ち合わせていなかった。

 テストは殆ど勉強せずに挑むタイプのサトルだが、裏を返せば多少は勉強しておくということ。マヒロの講演の練習に付き合ったり、本番で窮地を救ったりで今回の中間テストは全く勉強していなかったのだ。

 無事に(?)赤点をゲットし、居残りさせられているのだが……


「ちゃんと聞いてるの?」


 グレイのスーツに身を包んだ岩崎先生は困り顔をしている。

 別に迷惑をかけたいわけではなかったが、結果としてそうなっているから心苦しい。


「すいません、ちょっと考え事してしました……」

「正直でよろしい。それにしても大塚くんが赤点取るなんて珍しいわね。いつもはギリギリ合格ってラインにいるのに」

「赤点取らない程度には勉強していますから」

「それって、ちゃんと頑張ればもっといい点が取れるってことじゃない?」

「多分」

「じゃあ、たまには勉強を頑張ってみたらどう?」

「次はそうします……」

「あら」


 俯くサトルに向かって、岩崎先生が微笑みかけながら「頑張って」と声をかけてくれた。おかげで少しだけ気持ちが上向く。

 補習が終わって教室を出ると、廊下では白衣の少女が待ち構えていた。いつもの不遜な様子には安心感すら覚える。


「遅いぞ、サトル」

「いや、なんで待ち構えているんですかね?」

「べ、別にわたしがどこにいようと構わないだろう!?」

「そりゃそうだけどさぁ……」


 珍しく黙り込んだマヒロと並んで昇降口から出る。

 どこまでついてくる気なんだろうと横目で見ると、何かを言いたそうな様子だった。話しかけてくるのを待ちつつ、歩幅を小さくしておく。


「岩崎先生から聞いたぞ。テストで赤点を取ったんだってな」

「そうだよ。悪かったな」

「も、もし良ければなんだが…… 勉強を教えようか?」

「戸森先生が?」

「そうだ。天才であるわたしが直々に家庭教師をしてやろう!」


 マヒロの頭脳がぶっちぎりに優れているのは、ここ最近ずっと側にいたから嫌というほど知っている。100年にひとりの天才だと説明されても納得できた。

 特別授業も、やや破天荒な上にリモートである点を除けば興味をそそられて面白い。

 けれど素直に喜べなかった。それどころか半眼になってしまう。


「ハジメの性能テストのために学校に来たんでしょ? 俺なんかに構っていていいの?」

「そっちは極めて順調だろう! 余裕だ、余裕!」

「余裕って…… 恋愛サポートとか言いつつ、俺にカノジョができる気配がないんだけど。ぜんぜん計画進んでないんじゃない?」


 実に的確な指摘だ。被験者であるサトルから見れば、マヒロたちのドタバタに巻き込まれて本来の目的が1ミリも前進していないように感じている。

 あまりにクリティカルだったのかマヒロは顔を赤くして頬を膨らませていた。


(ハジメの使命が全く果たせそうにないからって余計なことを言っしゃったかな……)


 そもそも女の子と付き合いたいなんて思ったことがない。

 最近はちょっとだけ意識が変わってきたかもしれないが、やはり面倒なものだ。

 取り繕うために話題を変えた。


「それにさ、家庭教師をお願いできるほどお金ないよ。うちはじいちゃんと二人暮らしで、俺が高校出たら働かないと……」


 そこまで言いかけて、マヒロの歩くスピードが半分くらいになってしまったことに気付いた。もう殆ど止まっている。慌てて数歩戻り、横に並んだ。頭ひとつ半ほど小さなマヒロは悲しそうに地面を見ている。


(あれ? フォローしたつもりだったのに余計に落ち込んでる?)


 校門の手前で完全に足が止まった。運動系の部活動を終えた連中が横を通り過ぎていく。

 奇異な目を向けられても大して気にならない。それよりもマヒロだ。

 宥めておかないと火山のように爆発しそうである。


「わかった。じゃあ、こうしよう」


 拳を握り込んでワナワナと震えている。明らかに怒っている様子だ。

 近くを通り過ぎていた他の生徒たちも遠巻きに避けるほどに。

 顔を上げたマヒロは目尻を吊り上げ、精一杯伸ばした人差し指をサトルの鼻に押し付けてくる。


「わたしがサトルに勉強を教えてやるから、代わりにサトルはわたしの食事を作れ! どうだ、これでおあいこだろう!」

「えぇ……?」


 家庭教師の代価としてはあまりにも安い。

 別に料理が得意なわけじゃないから、味に自信が無い。

 食べられればいいというスタンスのものに値段を付けるわけにはいかなかった。


「俺なんかが作ったんじゃ、ぜんぜん釣り合いが取れないと思うんだけど」

「なんで……」

「?」

「なんでお前はそんなに自己評価が低いんだ!?」

「うわっ!?」


 背伸びしてサトルの胸倉を掴んできた。体格差があるのに抵抗できない。不思議な力が籠っているように感じられる。


「もっとドヤ顔しろ! サトルはわたしのピンチを2回も助けてくれたんだぞ! すごいわたしを助けたんだから、お前もすごいんだぞ!?」

「なんだその無茶苦茶な理屈は」

「天才科学者のわたしが言っているんだ! この理屈は正しい!」

「えぇ……?」


 年下の女の子にこんな説教されるなんて、とてつもなく恥ずかしい。気のせいではなく通行人の目を引いている。

 なのにまんざらでもない。

 褒めてもらえたのだ。尊敬する相手から。その照れ隠しのためにそっとマヒロの手を外して襟元を正す。いかにも「仕方ない」という顔を作り、咳払いしてみせた。口元が緩んでいる自覚があったのでなるべく正面を見せない。


「それなら家庭教師をおねが……」

「大塚くん!」


 勉強を教えてもらおうかと思った矢先、背中に圧倒的な柔らかさがのしかかってくる。この感触は覚えがある。緊急停止したハジメをラボまで背負ったときの柔らかさだ。

 肩越しに振り返ると予想通り、ハジメが背後から抱きついていた。未だに学校指定のブレザーではなくセーラー服を着ているあたり、転校生ムーブを堅持したいようにも見える。


「は、ハジメ!? いきなりなんだよ!?」

「喜んで! 見つかったんだよ!」

「待て! 離れてくれ!」


 マヒロの視線がこれまでにないくらい底冷えしているのに気付き、慌てて引き剥がしにかかった。だが力比べで勝てないことは明白である。案の定、ハジメは離れてくれない。


「見つかったの!」


 耳元でやたら元気な声がして鼓膜が痛くなった。

 ワザとやっているのではと疑いたくなる。邪気は無いと信じたい。


「だから、何が見つかったんだ!?」

「大塚くんの彼女になってくれるヒト! 見つけたの!」

「「へっ?」」


 邪気は無い、多分。

 サトルとマヒロは顔を見合わせ、お互いに間抜けを晒した。

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