19 顛末

(ここからラストまで一人称)


「捜査もようやく一段落したし、パーッとやりましょ」

 俺たちを、酒も料理も王都1と評判のレストランに招待してくれたリンディが言った。

 彼女は多忙な捜査の中、久々の非番らしい。

 服装もラフだ。


 恰幅のいい美人女将が切り盛りするこの店は、大衆的な雰囲気で気取らなくていい。

 オーダー済みなのか、テーブルには次々と料理が運ばれてくる。


「ほら、好きなだけ飲んで食べて。今日は私の奢りだから」

「こりゃまた豪勢だな、昼前だってのに酒まで」

「いいじゃない、午後からはしばらく馬車の旅なんでしょ」


「ああ、もともと次の冒険は西の地にするって決めてたからな。事件に首を突っ込んで、王都に長居することになったが」


 村の襲撃から10日が経っていた。

 事件の顛末てんまつを見届けるため、ここにとどまっていたわけだが、その間にさまざまな出来事があった。



「あれから連日、大捕物だったな」

 大きな骨付き肉を手にしながらリュウドが言った。

 俺とアキノも遠慮なく料理に手をつける。


 グビグビとビールをあおっていたリンディは、

「ホント、上を下への大騒動よ。これもジャックスの奴が何から何までしゃべってくれたおかげね」


 発端となるルイーザ殺害事件だが、容疑者として捕まったジャックスは殺害を認め、彼は関わった悪事についてすべてを吐いた。


 それが己に掛けられた恐ろしい術から逃れる、唯一の方法であるかのように。


 つくづく乱用してはならないと、自分に戒めたくなる凶悪な魔法だ。


「すべてワイダルの指示で、事件に関与した者たちについての供述が取れたのは大きかったわね。そいつらにも、間違いなく厳しい裁きが下されるはず」


「他にもたくさん余罪があるみたいなんでしょ?」


「ええ、そっちの取り調べも進めてる。あ、例の切れ端だけど奴のマフラーと切り口が一致して、完璧な証拠として裁判に使われるから」


「折れた魔剣は凶器として押収されたのだったな」

 リュウドが杯を傾けながら言った。

 道を誤らなければ、と彼はジャックスの剣の才は惜しんでいたようだ。



 襲撃メンバーをつのっていた男と、事件はオークの仕業だと街中で扇動していた活動家は既に身柄を拘束されていて、彼等もワイダル配下の関係者とされている。


 これらの行動によって襲撃に大勢が参加しかけたわけだが、ルイーザの敵討ちのつもりで参加していた一般人や冒険者は、厳重注意されただけで帰されることとなった。


 実質おとがめなしとの判断だが、ルイーザの死から生じた義憤を利用したこの手口は最悪の場合、村で虐殺を起こしかねない危険性をはらんでいたと言える。


 大騒ぎにならないうちに阻止できたのは好判断を下したミナさん、そして迅速に動いてくれた王都警備隊に警察、騎士団の活躍に他ならない。



「裏で糸を引いていたワイダルは、知らぬ存ぜぬ、身に覚えがない、って姿を隠していたけど、潜伏先の隠れ家に警察の特殊部隊が突入して、手下ともども緊急逮捕よ。高飛びを計画してたみたいだけど、多くの犯罪に手を染めた証拠と証言が揃ってるんだから、そうは問屋が卸さないっての」


 商人だけにね! と、しょうもないダジャレでしめて、リンディはケラケラと笑った。

 酒が回ったのか、彼女はより舌が滑らかになる。


「ズブズブと言われてた副大臣も、事態を重く見た国王様によって任を解かれて、即刻逮捕。ワイダル商会の商船が違法な品々を輸出入できるように、ノーチェックで自由に港を使わせてたってんだからね。賄賂わいろや裏金のプールも相当あったみたい」


そでの下のために職権濫用とは、愚か者めが」


「貴族のほうの立ち入り調査はどうなったの?」


「あっちは、領地で違法な薬草を秘密裏に育てて、ワイダルに提供していたことが発覚してお縄よ。もとから法定上限ギリギリの税を領民から取り立てて贅沢三昧だった奴だから、みんな諸手もろてをあげて大喜び。名高い家系なのに、ざまあないわね」


「領民を食わせるのが、領主の役目だろうになあ」


 この一連の逮捕劇の早さは、機会があれば捕まえられるようにと警察が以前から手配していたのだろう。


「悪事に加担して甘い汁吸ってた悪党どもは、1人残らず一網打尽ってわけよ!」

 リンディはアッハッハと高らかに笑いながら酒の杯を掲げた。


 よほど気分が良いのか彼女はハイペースで飲み、酔いが回るのも早いらしい。

 パーティーを組んでたときも、それほど酒に強いほうではなかったな。



「そういや、ケネルはあれから休まずにずっと働きっぱなしか」


「オークの村の魔法石から、ゲザン鉱業に関連した調査まで、自分から志願して、そりゃもう張り切って取り組んでるわ」


 魔法石の掘り出しや土地の保全は国土管理局の局員として、その一切をケネルが担当することとなった。


 事件の大元と言えなくもない、オークの村近辺に埋まっていた魔法石は、推定で5千万ゴールドもの価値があるとのことだ。


 1つの山村でどうこうできる金額ではないので、国が管理するという方向で話がまとまった。

 オークたちはこれを、必要とあらば国が福祉などに使っても構わないと願い出た。


 村を金銀で飾った大御殿だらけにすることさえ可能な額であるが、世の中に役立てて欲しいという彼等の総意なのだそうだ。


 なお正規の最新掘削技術を使えば、村にほとんど影響なく掘り出せるらしい。



「あのダップさんの山にも調査を派遣したらしいね」


「彼の主張通り、水源の汚濁はずさんな掘削が問題だと断定されたみたい。ゲザン鉱業は強引な契約や提出書類の捏造疑惑もあって、まずはその件で警察うちが入ることになるわね。ワイダルの息が掛かった会社なんか、違法行為で片っ端から摘発してやるから」


慇懃無礼いんぎんぶれいに他人を見下す対応をしてきたアサイとかいう男が、青ざめる面を見られないのが残念だ」


 聞くところによれば、場合によっては山の所有権がダップに返される可能性もあるらしい。

 彼の訴えが報われ、いずれまた水源が清らかさを取り戻し、故郷で再び生活できる日がくるはずだ。


 全てが丸く治まったとは言い切れないが、ベターな形で事態が解決、あるいは好転したと考えても問題ないだろう。


 しかし。

 モンスターは邪悪な心を持つと人は言うが、心によこしまなものを潜ませていたのは人間の悪党の方だったという、なんとも洒落にできないオチがついた。


「ケネル、八面六臂はちめんろっぴの大活躍なのはいいけど、いくつもの案件をやって倒れたりしないだろうな」


「昨日も会ったけど、疲れは見えなかったわね。この仕事をすべてやり遂げることが、自分にとってルイーザの遺志を継ぐことなんだって」


 ルイーザの名が出ると、にぎやかだった酒宴の場がしんみりとした雰囲気に包まれる。

 俺は彼女をとむらった日を思い出した。





 襲撃より数日後。

 事件の処理が進む中、王都にある大聖堂にてルイーザの葬儀がしめやかに執り行われた。


 遺族のほか、王族、騎士団、警察といった関係者が集まり、それ以外の一般人はのちの告別式に参加できるという形式が取られた。


 俺たちも葬儀に呼ばれて参列すると、参列者の中に正装した村長と数人のオークの姿があった。


 ワイダル兵捕縛の後日、改めて副団長たちが騎士見習いを連れて村を訪れたのだという。


 騎士見習いは早とちりでオークを連行したことを心から謝罪し、オーク側もそれを受け入れ、後腐れのない和解となった。


 そこで是非ともルイーザの葬儀に列席してほしいと声を掛けられたのだそうだ。


 死をいたみ、哀しみ、惜しむことに、種族も貴賤きせんも関係ない。



 彼女の遺体は損傷が酷かったが、遺体復元保全エンバーミング魔法によって、生前とほぼ変わらぬ姿のまま棺に横たわっていた。


 俺はその眠るような顔を眺め、目を細める。

 まさかこんな別れになってしまうとは、夢にも思わなかった。

 まだ直接伝えたいことがあったというのに……。



 葬儀式は厳かに進み、やがて墓地まで葬送の列が作られた。


 プリーストが安らかな眠りを祈ると、棺が埋葬され、多くの者たちが涙した。


 ある者はその名を呼び、またある者はショックに打ちひしがれて膝を折った。


 流された涙が、悲しみをたたえた瞳が、ルイーザという若き騎士が貫いた生き様を何よりも雄弁に語っていた。


 俺の頬にも涙が伝っていた。

 過酷な冒険のなかで、友人や知人を失うことに慣れきっていたと思っていた。

 だが、彼女と交わした言葉を思い出すと、その涙を堪(こら)えることはできなかった。


 彼女の命は卑劣な謀略によって奪われてしまった。

 しかし、その高潔な魂は救われ、天へと昇ったはずだ。


 俺の胸には自然と、そんな思いが浮かんでいた。

 そうであれと、願わずにはいられなかった。


 故人を思って泣くことは弔いになるのだと。

 ただ、ただただ静かに、俺は涙を流した。





「──旅立ちの日に湿っぽくなるのは止めとこう」


 重くなりかけた部屋の空気に、わざと声を響かせた。

 皆も同様に葬儀のことを思い出していたのだろう。

 伏し目がちだった顔を上げ、こちらを向いた。


「さあ、リンディ持ちの奢りだってんだから、ここらで乾杯しなおして派手に飲み食いするか」


「いいけど、何に乾杯する?」

 聞いてくるアキノに、そうだな、と考えるふりをするがもう決まっている。


「ルイーザのために」


 そう言って、俺は杯を掲げた。

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