温泉だ

 余計なゴタゴタでツーリングが一日伸びてもたから、これを利用せん手はない。


「コトリだって春日山城に行ったものね」


 あれは最初から・・・スケジュール的に微妙やったもんな。それでも林泉寺まで回れて満足しとる。道はまず国道八号に戻って東に向かう。海岸線に近いとこを走ってるのやが、そのうちにシーサイドロードになり一時間ちょっとで、


「原発のある柏崎ね」


 あのな、そういう覚え方をしとったら地元の人に石投げられるで、


「なにかあるの」


 ここはな、宇佐美氏の根拠地である琵琶島城があったとこや。


「天と地の世界ね」


 そういうこっちゃ。この国道八号やけど北陸道を受け継いだ道で、京都から新潟を結ぶ国道なんや。この北陸道を継承しとるからやと思うけんど、柏崎からは海岸線沿いを離れて長岡の方に向かうんよ。


「長岡と言えば峠、河井継之助の世界だし、銘酒米百俵の故郷だ」


 銘酒やのうて米百俵の逸話誕生の地と言え。日本で最初にガトリング砲が火を噴いたとこでもある。


「殺伐としてるね」


 うるさいわい。長岡から国道八号は三条の方に行くんやけど、コトリらは国道三五一号に切り替わった道をさらに山の方を目指すんよ。


「これなら間違いようがないね」


 うるさいわい、余計なチャチャばっかり考えるぐらいなら黙っとれ。市街地抜けたら山道になり見えて来たのが、


「新榎トンネルって言うのか」


 ああそうや。このトンネルで迂回したのが榎峠で、これまた河井継之助の世界になるねん。そっちはともかく、峠道を下ったとこにある街が栃尾や。


「それって謙信の初陣の・・・」


 そうや。家督は兄の晴景が継いだんやが、越後の国人衆が逆らって攻め寄せて来たんよな。それを迎え撃つのに派遣されたのが弱冠十五歳の謙信や。どう見たって器量を見込まれて言うより捨て駒やんか。


 そやけど謙信は見事な采配を揮って、国人衆でも最強とされた揚北衆を翻弄して栃尾城を守り抜いただけやなく、反撃してこれを大きく破ったになってるんや。


「武神の階の世界ね」


 とは言うものの、この辺は史実かと言えば微妙過ぎるとこがあるとされとる。もちろんまったくのウソやあらへんとは思う。事実として謙信は兄の晴景に代わって家督を継ぎ、越後統一を果たし、さらに関東へ、川中島へと縦横無尽に兵を進める事になるからな。


 そやからこの栃尾でもなんらかの活躍はあったはずやねん。そやけど後で尾ひれが付きまくった部分は多分にあるはずや。それも今となったら検証なんか不可能やろ。ここは歴史小説のロマンを素直に楽しんでも良いと思うてる。


「春日山から遠いよね」


 三条に長尾政景もおったはずやねんけど、当時のホンマの情勢はどうやってんやろ。栃尾の街を抜けるとこれも峠越えやな。ナビやったら峠を越えて来て最初の四つ角を曲がるとなっとるけど、どこやろ。


 あっ、あれやったかも。ホイでもえらい狭そうやん。まあ、ええわ、もうちょい真っすぐ行ったとこでも曲がれるねん。今度も見逃したらユッキーがウルサイから気を付けなあかん。


 そろそろやと思うねんけど、道路案内が今度はあるやんか。左が三条で右が笠堀、真っすぐが加茂になっとるけど、笠堀とか加茂ってわからんけど右やろ。


「らじゃ」


 いつもことながらお気楽なやっちゃ。この辺で最後のルート確認をしたいんやが、おっ、こんなところに道の駅があるやんか。ここで一休みや。


「らじゃだけど、変わった名前の道の駅だね」


 そやな。漢学の里となっとるけど、なんでその下が『しただ』って平仮名やねん。ここは漢字にせんとおかしいで。へぇ、今走っとる国道二八九号は八十里越って言うて。三条から福島の只見に行ける道なんか。


「それも長岡から敗走して会津を目指した河井継之助が通った道なんだって」


 ほいでも相当厳しい道みたいで、実際は八里しかないのにまるで八十里ぐらいあると感じるから八十里越となっとるみたいや。最後のルートも頭に叩き込んだから出発や。どうか道路案内がありますように。あった、あった、越後長野温泉ってあるからあそこを右や。


「らじゃ」


 鄙びてるやろうけど、歓迎のアーチぐらいあると思うねん。もちろん宿の看板とかもや。宿をアピールする幟なんかもあって、温泉に近づいて来る気分を盛り上げる演出が・・・


「コトリ、あれじゃない」


 ホンマやいきなりかよ。まあ無いよりある方が嬉しいわ。左に曲がって、なんやクルンと回るんかいな。それから道路の下を潜るってことか。潜ったら、


「ここなんだ・・・」


 駐車場が広々しとるのも嬉しいな。玄関は左手前六十メートルってなっとるからこっちやな。


「コトリ、これは・・・」


 ほぅ、想像しとった以上に立派やんか。ここは本館と増築部分があるんやけど、本館部分は昭和初期に燕市に建てられた料亭旅館を移築したもんやそうやねん。燕市言われてもイメージわかんけど、わざわざ移築するぐらいやから手の込んだもんやったんぐらいは言えると思うで。


 玄関入ったらフロントやけど、二段の上がり框か。見ただけでエエ材料を使うてるのがわかるわ。部屋に案内してもたけど、部屋も凝ってるらしいねん。これは元が料亭やったからかもしれんが、部屋ごとに意匠がちゃうらしいわ。


「移築したから出来た贅沢ね」


 そういう旅館もあるけんど、そんなことをすれば建築費用が跳ね上がるやんか。それをペイするだけの料金を取れる宿やないと無理やもんな。


「和倉の加賀屋みたいな料金ね」


 そんな感じや。


「お風呂だ、お風呂だ、温泉だ♪」


 鯖街道ツーリングの時も、今回もだいぶ我慢してもうてるからな。


「なに言ってるのよ。鯖街道の時には大原の温泉に入れたし、今回なんて日向湖も、千里浜も、珠洲も温泉だったじゃない」


 一応な。それとやけど今日も温泉やのうて冷泉やねん。源泉かけ流しの適当なとこが見つからんかった。


「温泉に差別は良くない」


 風呂は貸し切り風呂の石湯や。


「なるほど岩風呂じゃなくて石風呂だ」


 底には那智黒の石が敷き詰めてあるもんな。それとここには趣向があるねん。


「カンパ~イ」


 なんとお風呂でお酒を楽しめるねん。木製の湯桶を浮かべて、そこに竹製のお銚子とぐい飲みが風情や。


「これで雪見酒なら最高じゃない」


 そうやと思うけどバイクで来るのは無理や。新緑でも楽しいで。


「お湯の味もなかなかよ」


 強食塩泉って言うらしいけど、かなりしょっぱい。そやけどただの食塩水やない。強いて言えば、


「昆布茶の感じ」


 温泉効果が良いらしくて湯治場として発展しただけやのうて、薬としても売られていたそうや。景色もエエし、ノンビリ出来て、


「これこそ癒されるよ」


 コトリらにはこれぐらいの宿がエエわ。お風呂をたっぷり堪能したらメシや。


「なんか山の幸が嬉しい」


 続くとどうしてもな。今回はシーサイドコースが多かったから海の幸のオンパレードになるんよね。それはそれで美味しいけど、連日となると贅沢やけど飽きが来る。


「人ってそんなものよ」


 この鯉の洗いは見事や。泥臭さがあらへんもん。焼き物の山女魚もエエ感じや。この辺は山菜やな。あく抜きも見事や。


「にいがた牛の石焼も嬉しいな」


 ほぉ、三条の酒なんかあんねんな。これぐらいの贅沢がちょうどエエ。

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