第36話 きっと、小動物系後輩がいなければ素敵だったに違いない

 目的地はここから電車で三駅乗り、駅から少し歩いたところにある映画館だ。まずはそこで白神先輩リクエストの、恋愛ジャンルの作品を見る予定である。


 電車内は少し混雑していて、席は埋まっており立っている人もちらほらいる。

 俺はつり革に掴まり、先輩と有希は身長差があるためか同じ手すりでも別々の箇所を掴んでいた。


 というか……有希ちょっと先輩と距離が近いぞ。


「――おととっ」


 突然電車が揺れ、有希がバランスを崩す。

 そして白神先輩の体へと吸い込まれるように顔から寄りかかる。否、抱きついている。

 その小さな体で余すことなく先輩を堪能してやがった。


「有希さん、大丈夫ですか?」

「あ、はいっ。先輩がいたので大丈夫でしたっ」


 お互いに笑みを見せると、何事もなかったかのように戻る。


 なんて羨ましい……。

 電車の揺れにかこつけて合法的に先輩に近づけるなんて…………。くそっ、サッカーやってたから体幹がしっかりしてる!


 やがて目的の駅に到着して、俺たちは映画館があるショッピングモールを目指した。

 館内でチケットを買い、ドリンクにポップコーンも買ってスクリーンへと入る。


 席は一番後ろの真ん中らへん。時間に余裕を持って来れたため、人の前を通ることなく座ることができた。

 席順は白神先輩を真ん中にして左側に俺、右側に有希。


「わたし、この映画、前から気になってたんですっ」


 腰かけるが早いか、有希がわくわくと白神先輩に話しかける。


「私もテレビのコマーシャルで予告を見て、興味を持ちました」


 この映画は女性向けの作品なのだが、俺もテレビの宣伝でタイトルくらいは知っている。


 ……ところで有希さん? そこにポップコーン置いたら、俺が食べられないのでは?

 まあ三人横並びとなれば仕方がないのだが……。俺映画館で食べるキャラメル味のポップコーン、結構好きなんだけどな。

 諦めて俺はジンジャエールを口にした。


 時間が経つに連れて段々と席が埋まっていく。

 内容が恋愛ものだからなのか、周りは若者が多く見られ、中にはカップルもいる。


 やがて照明が消えて、スクリーンに広告が流れ始める。


 有希と先輩の話に入れねぇなと思ってボーっと映像を見ていると右肩を叩かれる。


「遥太さん遥太さん」


 そして耳元に優しい声が聞こえてきた。


「ここに置いてしまっては、ポップコーンが食べられませんよね」

「あぁはい、でも大丈夫ですよ。有希と二人で食べてください」


 と言ったが白神先輩は振り返ってポップコーンを一粒摘み、また俺へと向き直る。

 断ったものの、流石にそこまでされては突っぱねることができない。


「あ、どうも……」


 俺は手のひらを上に、ポップコーンを受け取ろうとするも先輩は首を横に振る。

 そしてやけに蠱惑こわく的な微笑みを見せたかと思っていたら、ポップコーンをつまんだ指が俺の口元に近づく。


「はい、あーん」

「え、ちょ、先輩……!?」


 突然の行動に俺は驚いて身を引いてしまう。


 薄暗い空間の中、スクリーンの明かりだけが辺りを照らし、普段の大人っぽい先輩がより一層艶やかに見える。


「どうしましたか? 遥太さん」


 言葉を発するために動かした唇も、耳にかかった髪をかき上げる仕草も、もう何もかも視界に入れるのが恥ずかしくて天井を仰ぎ見てしまう。


 だが落ち着いて考えろ。先輩に食べさせてもらえるなんて機会、もう二度と来ないだろう。

 それに、今日は俺と先輩のお出かけだ。だから少しくらいハメを外したって……。


 俺は意を決して、目を薄めながら口を開ける。


 先輩が満足そうに笑みを浮かべ、再びポップコーンをつまんだ指を近づけながら「あー――」と先輩も口を開ける。


 先輩の気配がどんどん濃くなっていく。

 今は何も見えないし、何も聞こえない。ただ先輩の気配だけしか感じ取れない。


 ただただ口に入るのを待っていた。

 だが……


「――んっ」


 突然くるっと方向転換してポップコーンが先輩の口の中に入る。 


「え」


 俺は思わず声を出してしまう。


 俺はどんなにまぬけな表情をしていたのだろうか。先輩は俺を見ると、まるで子どものように無邪気に笑った。


「すみません、素直な遥太さんを見ていたら、少し意地悪をしてみたくなってしまいました」

「いや……ホント、勘弁してください……」


 消え入るような小さな声しか出せなくなっていた。

 先輩に弄ばれていたと思うと、顔から火が出そうなくらいに熱くなる。多分、赤くもなっている。暗くて助かった。


「お詫びに、キャラメルがたくさんかかっているものをあげます。はい、あーん」


 そして再び先輩はポップコーンをつまんで食べさせようとしてくる。

 今度は向きを変えずにちゃんと俺の口へと運んでくれた。


 貴重な経験。ゆっくりと咀嚼そしゃくしてそれを味わっていたが。やべぇ……全然味が分かんねぇ……。


 もはや味覚は鈍っていた。今は目の前の微笑む白神先輩しか意識が向かない。


 が、その後ろを見た途端、俺は急に我に返る。

 仄暗い闇の中から有希がこちらを睨んでいた。それはまるで怨みを持って成仏できない悪霊のように、じっと寸分も目を離さずにいた。


 このあとの映画本編は、有希のおかげで全然集中できなかった。

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