第24話 ひねくれ少女が見えたものは2

 ウェーブがかったセミロングに小さな丸顔。ぱっちりとした目にもちもちとしていそうな頬。

 そして小さな体から生えた華奢な四肢が小動物的な可愛さを引き立てている。


 彼女はさっき廊下で不注意にもぶつかってしまった少女だった。

 鞄を肩にかけているところを見るに、これから帰るところだったのだろうか。


「先輩、先ほどはすみませんでした。あっ、わたし一年の火野ひの有希ゆきって言いますっ」


 彼女は頭を下げたのち、サイズが合っていないのか、袖が余ったカーディガンからキュッと握った拳を半分出して自己紹介をした。


「俺は二年の黒崎くろさき遥太ようたで……って、なんで俺が先輩って知ってるんだ?」

「あのとき上履きを見たからですよ。ほら、学年によって色が違うじゃないですかっ」


 ああそうか、ぶつかってしまったときに見たのか。

 いわゆる学年カラーというやつで、上履きやジャージのデザインで入れられたラインの色が学年で統一されているのだ。

 三年生の白神先輩は赤色で、二年の俺や奈月は青色。そして彼女、火野有希は緑色だったな、だから一年生だと一目でわかる。


「で……そちらのかたは……?」


 いつの間にか俺の後ろに移動していた奈月に目を向けた火野は、人差し指を顎に当てて首をちょこんと傾ける。


 奈月は警戒した猫のように、俺を隔てて火野をじっと見つめていた。

 この様子だと、奈月から自己紹介はしなさそうだな。代わりに俺が紹介することに。


七海ななみ奈月なつき。俺と同じクラスだ。で……火野は――」

「遥太先輩のほうが先輩なんですから、気軽に有希って呼んじゃっていいですよっ」


 と言いながら、有希はにこやかな笑みを浮かべて俺の隣に座った。

 もう既に彼女は俺のことを、先輩と付けているが、下の名前で呼んでいる。俺も気兼ねなく有希って呼ぼう。


「じゃあ、有希はいま帰りか?」 

「はいっ。うっかり提出し忘れていた課題を、さっき提出し終わったところですっ」


 なるほど、そりゃ慌てて廊下を走るわけだ。


「先輩方はここで何をしているんですか?」

「あ、いや……それはだな……」


 なんて言ったものか。素直に「佐藤を観察している」と言えば不審がられる。特に佐藤の知り合いであろう彼女に言えば、殊更警戒されてしまう。


 有希は佐藤と一緒に帰るほどの仲で、重要人物と言える。円満に関係を築いていくにはどう返答するべきか。

 有希から近付いてくれたこの奇跡を無駄にはしたくない。


 こうして俺が苦し紛れに言ったのがこれだ。


「ちょっとサッカー部の練習風景を眺めていただけだよ」


 我ながら酷いな。

 いや、真面目に正直に生きてきたからな。嘘をつくのが苦手なんだ。


「……?」


 有希は可愛らしく首をかしげる。そして何かに気がついたのか、ハッと口をわずかに開けた。

 

「あっ、さては先輩……」


 まずい……怪しまれたか。


「帰宅部ですねっ! それでサッカー部に興味があって、ここで見学をしているのでしょうっ!」

「……あはは」


 そういうことにしておこう。実際に今は帰宅部なんだし、嘘ではないだろう。


「実はそうなんだよね」

「えっ? 当たりですか⁉ ……ふふんっ、名探偵有希ちゃんの目は誤魔化せませんよっ」


 得意げに平らな胸を張って鼻息を荒くする有希。そんなに純粋に喜ばれると少々罪悪感が出てきてしまう。


「実はわたしサッカー部に知り合いがいるんですよっ」

「へ〜そうなんだ」


 知ってる。でも僥倖ぎょうこう。向こうから佐藤の話題を出してくれた。

 有希はカーディガンの余った袖から人差し指だけを出して示した。


「あの佐藤さとう圭樹けいきくんって人、わたしと同じクラスなんですよー」

「へぇ、そうなんだ。仲良いんだ?」

「はいっ、入学して間もない頃から話していて、最近は一緒に登下校したりお昼食べてますよっ」


 予想通り、佐藤と有希は仲が良いんだな。これなら佐藤のことを色々訊き出せるかもしれない。


「実は俺、彼と同じ図書委員でさ、でもまだ話したことがなくて。その佐藤ってどういう人なの?」

「同じ委員会だったんですねっ。圭樹くんは、それはそれは優しいですよっ。今テストが近いじゃないですか〜? それで分からないところを教えてもらったりしてるんです。圭樹くん図書室によく通っててちょー頭良いんですよっ」


 図書室によく通っている……。白神先輩もそう言っていたが、どうやら気のせいではなかったみたいだ。


「あっ、そういえば、図書委員に綺麗な先輩がいるって聞きました。えぇと確か……し、しら……」

「それってもしかして……白神先輩のことかな」

「ああそうですっ。確かそう言ってましたよ」


 有希は俺の耳元まで近づくとコソコソと話し始める。


「ここだけの話、圭樹くん、その先輩の話をするとき顔を赤くしてちょっとかわいいんですよ」


 耳元から離れると、有希はいたずらっ子のように笑った。


 少なくとも佐藤は、白神先輩の話題を出す程には、先輩のことを意識していると捉えられるな。


「普段のサッカーやっているときみたいな、カッコいい圭樹くんとギャップがあっていいんですよね〜」


 うっとりとした表情でサッカー部の方を見る有希。

 ……白神先輩の想像通り、有希は佐藤のことをおもっているのかもしれない。

 これでもし……佐藤が本当に犯人なのだとしたら――


「あ、そういえば最近圭樹くん、帰るとき駅前でお話ししたいなんて言うことが多くなって、昨日もお喋りしてから帰りましたね」

「……それ、本当か?」

「え? はい、本当ですよ。これってつまり――」


 昨日、佐藤はあの駅で白神先輩が来るのを窺っていたと考えられる。後ろに先輩がいることに気がついていて、あの時、俺たちが通り過ぎるのを待っていたのか。


「――わたしと少しでも長くいたいってことですかね」


 有希は小さな声で恥ずかしがるように言った。


「ど、どうですかねっ? 遥太せんぱいっ」

「……そ、そうかもな」


 俺はなんて反応をすればいいのか分からなかった。


 佐藤は白神先輩をおもっている可能性が高い。

 それなのに、彼女は期待をしているのだろう。佐藤と今以上の関係になることを。


 白神先輩の気持ちを少し理解できたような気がする。


 複雑な心境を払拭するため、俺は新たに質問をする。


「ちなみに、今朝は一緒に登校したのか?」

「いいえ。わたし用事があって早く行ったので、圭樹くんとは行ってないですよ」

「なるほど。じゃあ佐藤は一人で行っていたのかな」

「教室に入ってくるときは一人だったので、多分そうだと思いますよ。他のクラスに友達がいるって話は聞いたことがないですし」


 一年生五月の時点で、女子の友達だけでなく他のクラスにも交友関係を広めていたとしたら驚きだ。


 とにかく、今朝、佐藤は犯行を起こせる環境にあった。


 どうにかして佐藤がやったことの証明ができればいいのだが、きっと有希が側にいないときに彼は犯行を起こす。有希に訊いたところで証明は難しいだろう。

 でも、佐藤のことを良く知っている彼女を仲間にすることができれば大きなアドバンテージだ。


 近くの人が犯人かもしれない中、少々こころ苦しいが、有希を仲間に引き入れられないだろうか。


「で〜、先輩。今日はわたしと一緒に帰りませんか?」


 有希は体を近づけておねだりをしてきた。

 彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐり、一瞬反応が遅れてしまう。


「ごめん。今日はもう他の人と約束していてさ」

「むぅ〜……そうですか。じゃ、圭樹くんと帰ります」


 不満げに頬を膨らませつつ、有希は立ち上がった。


「ごめん、また今度な。……で、あ、あのさ!」


 俺は有希が立ち去る前に呼び止める。


「佐藤にはこのこと内緒にしてくれないか。ほら、上級生が自分のことを訊いてるって思うと、変に怖がらせちゃうだろ」

「わかってますよっ、圭樹くんにはナイショですっ。わたしこう見えても口固いんですよ?」


 本当か? 自分から言う人は信用ならない。

 不信感が顔から滲み出ていたいたのか、有希はジト〜っと俺の目を捉える。


「あ〜疑ってますね? 大丈夫ですよっ。わたしまだ誰にも圭樹くんが官能小説を読んでいること言ってませんからねっ」

「おい今ので一気に信頼が落ちたぞ」


 それになんだよ官能小説って。結構重大な秘密をバラしてるじゃねえか。

 てかなんで有希はそんなこと知ってるんだよ。


「あっ――わわっ! 今のナシっ! ナシですっ! 忘れてください!」


 有希はぶんぶん腕を振って焦りを見せたあと、俺の頭をポコポコ叩き始めた。


「忘れてください! 忘れてください! 忘れてくださ〜い!」

「ちょ……有希痛いって。やめてやめて。…………いやマジ、痛いから。本当に記憶喪失になる」

「あっ、ごめんなさい」


 我に返った有希はピタッと動きを止める。

 途中から力が加わってきて殺されるかと思った……。秘密を知ったお前は生かしておけない、みたいな感じで。


「と、とにかくっ、このことは忘れてください! わたしもあのことは圭樹くんに言わないのでっ!」


 有希は走って、休憩中だった佐藤のもとへ行った。


「胡散臭い……」


 有希が遠くへと行った途端、さっきまで存在感を消していた奈月がぽしょりとつぶやいた。


「おいおい、酷い言い様だな」

「……なに? まさか、惚れたりしたの? 楽しそうにお喋りしてたもんね」

「いや……そういうわけじゃないけどさ……。まあでも、小さくて、小動物感みたいのがあって、愛嬌もあってかわいいよな」

「ロリコンきも」


 目は虫でも見るように、声は吐き捨てるように普段より一段階低く発せられた。

 なぜ奈月からこんなことを言われなければならない……。


「お前だって小さい子好きなんだろ」

「……勘違いしないで! アタシは小学生以下、特に小四から小六が好きなの! 見た目は小さくても、中身が子どもじゃなかったら全く対象外よ!」

「否定するあまりとんでもないこと言ってないか……?」


 びっくりした……。急に性癖暴露とか奈月マジか。


「とにかく、あの子からは表面上の綺麗な部分しか見えなかった。だから何か胡散臭さを感じたの」

「流石にひねくれが過ぎないか?」

「……現実は理想にはなれない。だから理想の塊のようなあの子は、作り物にしか見えないの」


 仲良さそうに佐藤と話す有希を見て、奈月は言う。


 あの奈月がそこまで言うなら……少しは気を配っておくか。


 世の中、腐女子を隠していたり、ロリコンショタコンを隠して生きている人だっているんだもんな。俺だって人には見られたくない物の一つや二つある。人類皆何か隠して生きているのだろう。


 奈月には何が見えたのかは分からないが、火野有希、彼女もまた何かを隠して生きているのかもしれない。

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