第28話 容疑者への追及は

 白神先輩と有希が一緒に帰る中、俺は一輝に人を呼ぶように頼んだ。


 そして、校庭の隅に建てられた運動部の部室の裏で待っていると、彼がやってくる。


「お待たせしました、黒崎先輩」


 佐藤は爽やかな笑みを浮かべつつ小走りでやってくる。


「部活中に呼んですまない。ちょっと急ぎの用があって」

「いえ大丈夫ですよ。ちょうど休憩したいところでしたし」


 その爽やかスマイルで白い歯がチラと見える。この男……後ろの夕日も相まって眩しいな。同じ学校に通う生徒のはずなのに、住む世界が違うのではと勘違いさせられる。


「それに、黒崎先輩に会えて、少し嬉しいんです」

「えっ? ……なんで?」

「新木先輩から教えてもらったんです。『サッカー部に凄い奴がいた』って自慢げに話していましたよ」

「あぁ……そうか」


 あの野郎。余計なことを。


「それで、黒崎先輩。僕に何の用事ですか?」


 ああそうだ。今は一輝あいつに時間を使っている場合じゃない。


「とある人のお悩み相談の一環で、君に訊きたいことがあるんだ」

「お悩み相談ですか。僕が力になれるのであれば、何でもしますよ」

「じゃあ佐藤。早速だが、今日の昼休み、君はどこで何をしていたんだ?」


 質問の内容が意外だったのか、佐藤は笑顔から一転、キョトンとした顔つきになる。


「教室で、友達と昼ご飯を食べてましたよ」

「教室にずっといたか?」

「あぁ……いえ、一回トイレに行こうと教室を出ました」

「トイレに行こうと……。それは本当か?」

「……はい、本当ですよ」


 ほんの一瞬だけ佐藤の声音が変わった。

 有希が訊いてくれた証言通り、彼は嘘をついているに違いない。


 俺は真実を見抜こうと佐藤へ鋭い目線を突きつける。


「じゃあどうして、特別棟まで来ていたんだ」

「え……? ……いや、特別棟には――」


 次の瞬間、佐藤は声を詰まらせて表情が固まる。

 ようやく気がついたらしい。俺と特別棟で会っていたことを。

 自ら墓穴を掘った佐藤は早口で言い訳を述べ始める。


「それは……その、空いてなかったんですよ。教室近くのトイレが……」

「一緒にいた友達の話によると、君はトイレに向かわず他の教室に行ったらしい。というか、そもそも学校のトイレが満室になるのか? わざわざ別の棟まで行って、わざわざ二階まで行くほど」

「……っ!?」

「君は有希のところに来たとき、階段を上っていたよな? 一年生の教室は三階か四階にしかないはずなのに。何をしに行っていたんだ? いや、何のために下に行ったんだ」

「そっ……それは……その」


 相手に詐術を企む隙を与えないよう、会話の主導権を握る。

 佐藤はうまい考えが思いつかないのか口が閉じられたままだった。


 やがて肩の力が抜けた佐藤は俯く。そして小さな声でこう言った。


「認めます……」


 意外にあっさりとした結末だった。


 まだまだ言いたいことがあったのだが、すぐに白状をしてくれて俺は驚きのあまり目を丸くする。


 こんなに早く認めてくれるなんて、佐藤は見た目通り品行方正で誠実な人なのかもしれない。

 ただ一時魔が差してしまい、今回のようなことを起こしてしまったのだろう。


 それでも、白神先輩を怖がらせた事実がある。

 俺はあくまでも厳格な態度で佐藤に向かう。


「君がやったんだな」


 そう言うと、佐藤は深々と頭を下げる。


「はい……僕が追いかけていました。有希のことを」

「――え?」

「え?」


 俺がまぬけな声を出すと、佐藤もつられるように声を出す。


「有希? いま有希って、え? 白神先輩じゃなくて?」

「はい……そうですが……」


 困惑した顔をする佐藤だが、俺だって困惑してる。

 一瞬で頭が真っ白になるもすぐに我に返り、思考を始める。


 まさか、言い逃れのための嘘か? 俺が動揺している隙に言いくるめようとしているのか。


 俺は再び警戒態勢に入って、佐藤を睨みつける。


「し、シラを……切る気か?」

「いえいえ! そんなつもりは。昼休み、僕が特別棟に行っていたのは有希を探すためだったんです! なかなか教室に帰ってこなかったから心配して探しに行っていたんです! それで悲鳴が聞こえたから、その場所へ急いで行って、有希を見つけたんです」

「探すだなんて、そんなことなんでわざわざやったんだ?」

「それはっ……」


 まるで息が詰まったように途切れた言葉。その後目線を落とした佐藤は、恥ずかしそうに顔をほんのり赤らめ頬を搔く。


「僕が、有希のこと、好きだからです……」


 え……えぇ?


「あの明るくて誰にでも分け隔てなく優しいところや、僕の趣味知っても軽蔑することなく認めてくれた器の大きいところ。それでいて、少しおっちょこちょいなところがあるのが可愛らしくて、放っておけないところが――」

「待て待て。じゃあ、有希と一緒に帰っていたのは君から進んでしていたことなのか?」

「はい。初めは有希から誘われましたが、今では僕から誘っています」

「じゃあ……駅前で有希と話していたのは……」

「少しでも有希と一緒にいたかったからです」

「えっと、図書室によく通っていたっていうのは……」

「有希にお勧めする本を見繕っていたんです。彼女もまた読書家なので」

「じゃ、じゃあ白神先輩の話をするとき、緊張してたっていうのは……」

「好きな人から急に、先輩のことが好きか、なんて恋愛話をされて……そんなの恥ずかしいに決まっています」


 佐藤は曇りない瞳で、一切の迷いなく即答し続けた。


 まさか……俺たちが今まで怪しんでいた行動は全て、有希への好意が動機だったのか?


「少なくとも、一昨日からずっと登下校中は追いかけられていたんだが……。君の仕業じゃないのか?」

「あっそれなら、昨日は朝早くから図書委員の仕事があったので、七時半には学校にいました」


 その日は確か、白神先輩の家に八時の約束だった。もし佐藤の言うことが本当なら、アリバイが成立する。


「いやでも、昨日は違う人が当番だったんじゃ?」

「急に同じクラスの人が体調不良で学校に行けなくなったということで、僕が代わりに委員会の仕事をしたんです。今から図書室の先生に確認しに行きましょうか」

「あ、いや、俺があとで行くよ」


 こんな調べればすぐに事実が分かるようなこと、犯人だったら絶対に言わない。


「まだ、僕の疑いは晴れませんか?」

「あぁ……いや、そんなことは――」

「確かに白神先輩は綺麗な方だと思います。ですが、第一、僕は年上やお姉さんのようなタイプには全く興味がありません。僕は背が低くて、小さな子が大好きなんです!」

「わかったわかったから……。君が犯人じゃないことは信じるから、一旦落ち着いてくれ」

「そうですか、それなら良かったです」


 佐藤はホッと胸を撫で下ろし、安心したように笑みを浮かべる。

 ストーキングの疑いはなくなったものの、性癖を暴露させてしまった。


 気まずい空気が流れる。


「あの……その、本っ当にすみませんでした!」


 俺はその空気を裂くように、声を張って謝った。


「いやいや! 大丈夫です。先輩顔を上げてください」

「いや、謝らせてくれ。俺は無実の者に罪を着せようとしていたんだ」

「その、黒崎先輩は白神先輩のことを大事に思っていたから、熱心になってただけですよね。僕も好きなものには熱中しちゃうタイプで……」


 聖人か? どうして俺を気遣っているんだ。


「おい遥太。まだ終わんねえの……って、何? どういう状況?」


 佐藤を呼びに来たのだろうか。建物の角から姿を現した一輝は、俺が頭を下げている光景に戸惑いを見せる。


「あ、あの、もう用事は終わったので、戻ってもらっても大丈夫です」

「はい、黒崎先輩」


 一輝と佐藤は部活に戻っていく。

 そして俺は重たい足で校舎へと向かうのだった。

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