第30話 やっぱり大丈夫じゃなかった
――天原恵子
『やっぱり大丈夫じゃなかった』
放牧地に降りた途端、私達は十数匹の犬の群に取り囲まれていた。
彼らはジャーマンシェパードドッグに似た、黒と白のツートンカラーの毛皮を持ち。
クビで引っかけるポンチョのような服を身にまとっている。
正確には彼らは犬ではない。
彼らはウルディン。
私達ホモサピエンスから知的生命体に進化したように、ニビル独自の自然環境に適応してオオカミから進化した知的生命体。
見た目は犬のようにしか見えないが、その実態は私達と同じ人間だ。
都市国家ウルクは、クサリクとウルディンが共同で作った複合種族国家で、都市の南側に住むクサリクが主に農業を、都市の北側に住むウルディンが狩猟と牧畜を行って都市に食料を供給している。
私達が取り囲まれたのは、マモちゃんがグレンゴンの姿をしているので、マモノが竜を襲いに来たと勘違いされたのだ。
「ワンワンッ!!」
彼らはけたたましく吠え立てて、私達を追い払おうとしている。
普通の人間には犬が威嚇のために吠えているようにしか見えないと思うが、私だけは彼らが“ここは我々の土地だ。出ていけ”と、ウルク・ウルディン語で怒鳴りつけていることをハッキリと聞き取ることが出来る。
そう彼らは人間なので言葉を持っている。
だが、声帯の形が大きく違うクサリクとウルディンは同じ言葉を話すことが出来ない。
“私達は竜を襲いに来たマモノではありません。ライドウ様の竜を焼いたマモノを討伐したマモノハンターですッ!!”
私は、ウルク・ウルディン語でそう呼びかけると“殺されたいのかッ! 立ち去れッ!”と怒鳴り続けていたウルディンの牧童達は一斉に黙り込んだ。
これが、私がウルクを拠点にマモノハンターをしていた理由。
私はオオカミに変身すると、日本語とウルク・クサリク語を話せなくなってしまうが、変身後は声帯の形状がウルディンに近い形状になるためウルク・ウルディン語を話すことが可能になるのだ。
“あんたマモノじゃないのか、少なくとも奥にいるデカいのはマモノにしか見えないぞ”
少なくとも話の出来る相手と認めてもらえたらしく、牧童の一人が怒鳴り声ではなく普通のトーンで話しかけてくる。
“私はマモノではなくマジンです。そして、奥に居るキバゴンはマジンある私の兄が変身した姿です。そして、兄が背負っているのがライドウ様の竜を焼き殺して賞金首になっているグレンゴンです”
マジンであることを証明するために私は、マモノ形態から、人間形態に変身する。
恐ろしいマモノが、見慣れたクサリクの女の子になったのを見た牧童達は、驚くと同時に緊張を解いて安心したような表情を見せる。
“デミ・ウルディンに変身する少女のマモノハンター……もしかして、あんたコクエンか?”
“はい”
牧童の一人が私の名前を知っていたらしい。
私が、自分がコクエンであることを肯定すると牧童達の様子が急に色めき立つ。
“おい、みんな大丈夫だッ! 彼女は昨年のマスター・オブ・ハンター、コクエンだッ!”
“おい本当か? 噂は聞いてたけど本人に会うのは初めてだぞ”
“俺は遠目に見たことあるけど間違いなくコクエンだ。おい、誰かノートか台帳もってこいサインもらうぞ”
先ほどまで警戒度マックスだったウルディンの牧童達は好意的な表情で私に近づいてくる。
「天原妹、説得は上手くいったのか?」
自分達を取り囲むウルディン達の様子が急変したことを感じた牙門さんが、状況の説明を求めてくる。
「一応、私達が家畜を襲いに来たマモノではないという事は判ってもらえたんだけど――私がコクエンだと伝えたらサインが欲しいとか言われちゃって」
「サイン? まるで芸能人がスポーツ選手だな」
「そうだねえ……」
あまり自画自賛みたいなことは言いたくないが、状況説明のためにウルクにおけるマモノハンターの立ち位置を説明しなければならないようだ。
「ウルクではマモノハンターって、地球のプロスポーツ選手みたいな存在なの。協会に登録してるマモノハンターはマモノの討伐数に応じてランキング付されてて、毎年秋の収穫祭の時に過去1年で1番マモノの討伐数が多かったハンターは、マスター・オブ・ハンターという称号で呼ばれて表彰されるの」
「ちなみに、去年のマスター・オブ・ハンターは誰なんだ?」
牙門は意地悪そうな笑みを浮かべて質問して来る。
こいつ、絶対に去年のマスター・オブ・ハンターが誰だったのか気づいているな。
「私です……去年マスター・オブ・ハンターとして表彰されたのはコクエンと名乗っていたころの私です」
「ワンダフルッ! 恵子すごいじゃない、それってMLBでMVPを取ったようなもんでしょ」
野球メジャーリーグの最優秀選手か……確かに近いかもしれない。
ただし、マモノ退治の様子がテレビで中継されているわけではないので、ウルクの国民でも私の顔を知っているのはハンター協会に出入りしているごく一部の人に限られる。
「いいじゃないか、サインしてやれ有名税だ」
ウルディン達の反応が急に好意的になった理由を知った牙門は、無責任なことを言ってくる。
「褒め称えられるのって、苦手なのよね……」
小学生のころマモちゃんとずっと二人で暮らしていた影響か、私はスポットライトを浴びるのが苦手だ。
体操で活躍したことでインタビューを受けることもあったが、トンチンカンな答え方しか出来ないので世間では不思議ちゃん扱いをされていたと思う。
とはいえ、ここでファンサービスしておいた方がスムーズに街へ行けそうな気がする。
私はサインしてくれと差し出されてたノートやメモ帳にウルク語で『コクエン』と昔の名前を書いていく。
「しかし、こうやってサインをねだってるところ見ると、札幌にいるプロ野球のファンと変わらないな」
「ここに居る犬達がみんな人間みたいに見えてきます」
「いや、そもそも彼らは人間だから。ウルディンは犬みたいな見た目だけど知能レベルは人間と同等の知的生命体なの」
「おおソーリー。そういえば、ニビルにはホモサピエンス以外の知的生命体が居ると言っていましたね。話もするし文字も書く、地球人の色眼鏡を外せば彼らは間違いなくヒューマンです」
アイリスさんは、この話もアメリカに報告するのだろうか。
ウルディンの存在についてアメリカがどう考えるのか、興味があるのと同時に、少し怖い。
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