彼女からの急な連絡に戸惑いながらも胸を踊らせている秋田健吾あきたけんごだった。指定された職場の駐車場に車を入れると彼女はすでに待っていた。地味目の服装ではあるが、笑うと子供のようなあどけなさが残る可愛い女性だ。数週間前に職場近くの食堂で出会い、付き合いだしてまだ日も浅い。

 大学生で心理学を学んでいるらしく、秋田の仕事にも理解があり、是非、職場を見学したいと密かに頼まれていたのだった。


「ごめんなさい、急に呼び出してしまって。大丈夫でしたか?」

 申し訳なさそうな顔で彼女は聞く。そんな顔をされてはダメだなんて秋田にはとても言えなかった。

「どうにかしますから。とにかく来てください」

 そう言って、秋田は入口の暗証番号を叩いてロックを解除した。

 正面玄関ではなく職員通用口から入ると、その先にガラス張りの部屋があった。秋田は手をかざし静脈を読ませると「ピー」と言う解除音とともに秋田のゴールドのカードが吐き出された。それを自慢げに彼女に見せながら秋田は言った。

「こう言う施設はね、セキュリティーが厳しいんだよ。ほら見て、僕ぐらいになるとね、ゴールド。全ての区域に入れるんだよ」

 そう言って自慢げにゴールドのパスカードを彼女の目の前で揺らす。

「秋田さん、すごいんですね」

「まあ、大したことじゃあないから」

 尊敬の眼差しで見つめられて赤くなりながら、秋田はエレベーターホールに彼女を案内した。

「こっちが一般病棟、となりが特殊病棟、その向こうが特別病棟専用のエレベーターだよ」

「秋田さんなら、特別病棟まで行けるんですよね?」

「そうさ、ゴールドだからね」

 彼女の尊敬の眼差しに耐えられず秋田は横を向きながら答えた。

「どうするんですか?」

「簡単だよ、スイカと同じでこのカードをセンサーに近づければOKさ!」


「分かった。ありがとう」

 彼女は秋田の見せているカードを覗き込むようにして、その太った脇腹に何かを押し当てた。

「バチ、バチ」

 電気のショートするような音とともに秋田が痙攣しながら崩れ落ちる。


 菜々美はそんな秋田には目もくれず、落ちたゴールドのパスカードを拾いながら言った。

「本当にありがとう。秋田さん」

 菜々美がパスカードを押し当てると特別病棟専用エレベーターが開く。

「……魔女は釜戸で焼き殺される……まずは一人……そして、あと一人……」

菜々美は歌うように口ずさみながら楽しげにエレベーターに乗り込んでいった。


 ☆ ☆ ☆ 


 特別病棟専用のエレベーターに乗り込んだ菜々美は、二つしかないボタンの上のボタンを押す。ボタンが点灯し静かにドアが閉まった。

 ふと、菜々美は昨日の古川響子の事を思い出しひとり呟いた。

「おとといの夜に、あいつをわたしが呼び出した。別荘に来て欲しと……。悠斗さんとの結婚の相談か何かと勘違いしたみたいだったわね」

 閉じたエレベーターのステンレスのドアにニヤけた菜々美の顔が映る。

「わたしがスタンガンを使って気絶させて、気が付いた時には椅子に縛られていたから相当驚いていたよね」

 ニヤけた顔を引き締めて、睨みながらさらに続けた。

「でも、あいつ覚えてなかったんだ! 信じられないよ。蓮の名前を。当然、苗字が白河ってことも……。覚えようともしなかったんじゃない? 自分の責任逃れに忙しくて」

 そう言いながら菜々美は、ショルダーバッグからペットボトルとライターを取り出した。

「魔女は火あぶりがお似合いだったよ。もう一人も……当然火あぶりにしてあげる。蓮、見ててこれがお姉ちゃんの復讐だよ!」


 ドアが静かに開いた。

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