Ⅴ
次の日の早朝、陣内は途中、石川を拾いながら目的の場所まで車を急がせた。
「殺しか? 事故死の可能性は?」
「縛られていたようですので、殺しでほぼ確定ですね」
事件の詳細を説明しながら、陣内は昨日来たばかりの場所、珈琲と焼き菓子の店「ヘンゼルとグレーテル」の前に車を止めた。
お店のドアにはクローズドの看板が掛けられ、入ると中には三人が心配そうに待っていた。
「お待たせしました、捜査一課の石川です」
石川が警察手帳を開いて見せながら言い、
「同じく、陣内です」
続いて陣内も警察手帳を見せた。
「え! あなたは……」
陣内の顔を見て悠斗が驚いた。
「昨日はどうも……」
きまり悪そうに陣内が挨拶する。
なんだ? と言う顔の石川に陣内が小声で説明した。
「ヒナタのバイト先です」
石川は複雑な表情で頷いた。
「古川響子さんはこちらにお住まいですよね? 昨日はどちらに行かれましたか」
緊張している三人の前に座ってから、落ち着かせるように石川はゆっくり話を始めた。
「響子さんは、このビルの三階に住んでいます。昨日は朝早くから奥多摩の別荘に業者と打ち合わせに行くといって出かけました」
代表して悠斗が答えた。
「で、まだお帰りではない」
「はい、遅くなったら向こうに泊まってくると言ってましたので……それが、何か?」不安げに悠斗は聞き返した。
ゴホン、一つ咳払いをしてから、石川は奥多摩での事を話し始める。
「昨日午後に小規模の山火事がありまして、こちらの古川響子さん所有の住宅が全焼しました」
「え! 火事? それで響子さんは……」
「中からお一人の遺体が見つかりまして」
石川はここで話を一旦切って、三人の様子を伺ってから、また、話し出した。
「六十代、女性……」
石川が再度話し出した途端にバタリと音を立てて倒れる女性がいた。
「菜々美!」
隣りにいた、悠斗が焦って抱き起こす。
「大丈夫ですか、何処か横になれる所に運びましょう」
悠斗と陣内で倒れた菜々美を運んでいった。
「遺体の確認ですね」
菜々美をベッドに寝かせ戻ってきた悠斗は、決心したように言った。
「はい、あなたに是非お願いしたい。むしろ、あなた以外には頼めませんよ」
どうしようもないと言う感じで石川が肩をすくめて言った。
「では、案内します。行きましょうか?」
「はい、お願いします」
石川は悠斗と二人、後から来たパトカーに乗って行ってしまった。
「芽衣さん、大丈夫ですか?」
一人残された芽衣にそっと陣内は声を掛けた。
「ありがとうございます。わたしは大丈夫ですけど、倒れた菜々美さんが心配です。付いていてあげたいのですが……」
「ええ、お願いします。そうしてあげて下さい」
陣内の許可をもらい芽衣は二階の部屋に上がっていった。
「陣内さん、わたしたちは?」
一応、関係者として別室に控えていたヒナタと千夏が顔をのぞかせた。
「ご苦労さん、キミたちは昨日被害者と直接会っていないんだったね?」
「うん」
「はい、そうです」
「なら、もう帰ってもらって構わないよ。ただ、出来ればあの二人に付いていて欲しいんだけど……」
困ったような顔をして陣内は二人に頼む。
「被害者の家族の不安や苦痛は経験した者でなければ、分からないだろうからね」
そう言った陣内の優しい思いをヒナタは感じた。
「わたしなら寄り添えるかも知れないってことだね……。分かった、やってみるよ」
ヒナタは力強く返事をし、そして、千夏と一緒に芽衣と菜々美の所に上がって行った。
そんなヒナタの態度を少し頼もしく感じた陣内だった。
☆ ☆ ☆
悠斗による遺体確認で焼死したのは古川響子と断定される。椅子に縛られてガソリンをかけられたようだ。
「目撃者なし、周囲に監視カメラなし、別荘入口のゲートには被害者の車以外の記録はありませんでした」
陣内の報告に石川は眉間のシワをいっそう深くした。
「やはり、監視カメラでは出ないか……そうだ、打ち合わせの業者はどうだ?」
石川は会う予定の業者の事を陣内に聞く。
「それが、おかしいんですよ! その日に打ち合わせを予定していた業者って言うのがいないんですよ」
「え、いない……」
「別荘の関係の業者、全てに当たったんですけど……どこも、そんな予定はないって」
当惑気味の陣内の答えに石川も悩んだ。お互いに顔を見合わせてから、同じ様な答えを導き出す。
「何者かに呼び出された……」
「そうですよ! 犯人は殺すつもりで人気の少ない冬の別荘に呼び出したんですよ」
石川と陣内が担当として、この殺人事件は正式に捜査が始まったのであった。
まず最初に、二人は教育委員会の議会に乗り込む、第一の容疑者・宮城勇作の話を聞くためだ。
あらかじめアポイントメントを取ってあったので、宮城は別室で二人の到着を待っていた。
「お待たせしました。我々は捜査一課の石川と陣内です」
手帳を見せ、すぐに事情聴取は始まった。
「宮城さん、古川響子さんが昨日お亡くなりになった事は、ご存知ですよね?」
丁寧ではあるが凄みのある声で石川は問いかける。
「はい、ニュースで知りました……」
少し落ち着きなく目線を動かしながら宮城は答えた。
「前回の議会終了後に、あなたは被害者を汚い言葉で罵ったそうですね」
「そ、そんな……」
「違いますか?」
石川の冷静・冷徹な言葉が宮城を攻めつける。
「さらに、こうも言ったそうじゃあないですか『あいつは魔女だ、火やぶりにでもしてやりたいと』まるで見てきたみたいですね……。それとも、実際に実行したんですか?」
石川の逃げようもない言葉に項垂れていた宮城だがたまらず反論する。
「違うんだ! あれは、ただの言葉のあやで、決して本心じゃないんだ。まさか、火事で焼け死ぬなんて……」
宮城は頭を抱えて震えていた。
「では、昨日午後一時から三時の間、どちらにいらっしゃいましたか? また、それを証言できる方はおられますか?」
隣から冷静な声で陣内が質問をする。いわゆるアリバイ調査だ。
「昨日は、昼間から自宅でお酒を飲んでいましたから……。カミさんなら証言してくれると……」
「すいません、親族の方の証言は証拠にはならないんです!」
宮城のアリバイは即座に否定されてしまった。
「どう思う?」
宮城を退室させてから、石川は隣でメモを取っていた陣内に聞いた。
「あの人ではないですね、先にあんな言葉を吐いてそのまま実行? どんな馬鹿でも、自分が疑われる事は分かりきってますよね」
「その言葉を利用されて、罪をかぶらされたってのは?」
「それなら、あり得ますね……」
そんな会話をしているうちに、次に呼んだ人物がドアをノックした。
「失礼します」
キビキビとした態度で次期議長の石巻忠司が入ってきた。
「お忙しい時にわざわざ時間を割いていただきまして」
石川も丁寧に対応する。石巻を座らせ、すぐに本題に入った。
「次期議長選出の件で、ゴタゴタがあったそうですが……」
「はい、お恥ずかしい話です。私と宮城、どちらを次期議長にするかで意見が割れまして、結局、議長判断となりました」
身内の恥なのか、石巻は表情を曇らせながら話した。
「それで、古川さんはあなたを選んだんですね。何か不正とか脅迫などは無かったんですか?」
その言葉に石巻は姿勢を正して、はっきり断言する。
「ありません! 二人とも古川議長と面談をして意見を述べ、次の日、議長が決定されました。宮城には何か裏工作があったかも知れないですが、古川議長は私を指名したんです」
次の容疑者の家へ向かいながら石川は気だるげに呟いた。
「殺人だぞ、教育委員会の連中がそこまでするか? 動機としては弱すぎるだろう」
運転をしながら、陣内も思ったことを口にした。
「それでも、アリバイがありません。あれだけの言動と動機、容疑者リストから外すわけにはいきませんね」
「で、次の容疑者もアリバイがないんだな」
「はい、元校長の鶴岡太一、被害者に不正のもみ消しを依頼していました」
高級住宅街の中でも、ひときわ広い敷地に二人は車で乗り入れた。
「何だか、場間違いな所に来ちまったな」
そんな事を呟きながら車を降りた二人にスーツの男が声を掛ける。
「お待ちしておりました。警視庁の石川様、陣内様でいらっしゃいますね。どうぞ、こちらへ」
案内されるまま応接室に入った二人の前に、鶴岡本人がすぐに現れた。隣りにはさっきの男が控えている、どうやら秘書のようだ。
「自宅にわざわざお越しいただき大変恐縮です。今、微妙な時期でして……」
非常に低姿勢なのは、近付いている選挙のためなのか。警察に事情聴取されたなんて話は間違っても出したくないだろう……。
石川は世間話などもなく、すぐに本題に切り込んだ。
「先週の夜に被害者宅前で鶴岡さん、あなたが被害者と言い争っていたと言う目撃証言があるのですが……」
石川の言葉に、鶴岡がどう反応するか陣内も注目した。
鶴岡はため息を一つついてから諦めた様子で話はじめた。
「秘書の加藤くんにも怒られました……。確かに、私は古川校長のお店の前で彼女に不正のもみ消しを頼みました。当然、断られましたがね」
「先生、そこまで話さなくても!」
「いや、良いんだ。じきに分かることだ。この件も含めて、私は今回の選挙では党の公認をもらえなかった……。ただ、あの人も最初から清廉潔白って訳では無かったからな、もしかすると……などと、甘いことを考えてしまったんだよ」
全てを話し終わった鶴岡は、まるで
遠慮がちに陣内が確認する。
「事件当日はどこにいらっしゃいましたか?」
またもや、困った顔で鶴岡は言いにくそうに答えた。
「ある場所へ行っていました。家内には言えない場所とだけ……。お察し下さい」
帰りの車内、陣内は隣でタバコを吸いだした石川に話しかける。
「選挙絡み、公認をもらえなかった腹いせですか……。こちらも動機としては弱いですよね。でも、どうしてですか? アリバイがあるならはっきり言ってしまえば良いと思うんですが……」
「女がらみだな。おおかた愛人宅とかにいたんだろうよ!」
石川は面白くなさそうにタバコの煙を窓から逃した。
「これからどうしますか?」
陣内は石川に尋ねた。腕を組んで考え込んだ石川はため息混じりに言う。
「仕切り直しだな。もう一度、古川響子の周辺を調べ直すぞ! 陣内お前は被害者の家族を洗いなおせ」
「石川さんは?」
「俺か、俺は被害者の過去を当たってみる」
ここから二人は別行動になる。陣内は店に戻り、石川は資料室へと向かった。
「清廉潔白か……」
資料室に入った石川は一人そう呟いた。
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