第33話 暴露女(6) 終



「えーん、ナツキくんが田舎でゆっくりしたい気持ちがわかるヨォ」

 千尋はホテルのスイートルーム、大きなリビングでノートPCをカタカタとうちながら嘆いていた。

 俺はPCのカメラの画角に映らない向かい側で優雅にコーヒーを飲んでいる。美咲グラムの暴露配信はとんでもない神回として大バズり。同時接続者数はなんとフォロワー数をゆうに超える580万人を突破し、日本記録を樹立した。

 そんな偉業を成し遂げたせいで、千尋宛にさまざまなメディアから取材の申し込みが止まらず、彼女は昨日から分単位のスケジュールでリモートインタビューを受けていたのだ。

「だろ、俺の場合は悪い意味で有名になったからだけど……これもこれで大変だな」

「ほんとだよぉ、ナツキくん〜」

「電波のないところでゆっくり温泉入りたいなって思うよな」

「思う〜〜〜」

 千尋はだらーんと机に突っ伏すとノートPCをパタンと閉じた。もう取材はいいのだろうか。ま、ダンジョン配信者なんて約束破っても怒られはしないだろう。世間様のそういう認識だろうし。マスコミは変な切り取り方しそうだし。

「でもさ、なんかやるせないよね」

「あぁ、そうだな」

 というのも美咲グラムこと黒澤美咲は留置場内で自殺したとついさっき報道されたからだ。

「私が殺したのかな……」

「違う。あいつはそもそも罪もない女子高生を何人も己の欲望のために殺してたんだ。それを暴かれたから、醜い姿を晒されたから逃げただけさ。俺は、あいつが精神鑑定で<責任能力なし>とかで罪を逃れるより良かったと思ってるよ」

 俺の言葉をきいて、千尋は少しだけ気持ちが楽になったようだった。確かに、配信していることを彼女に伝えたのは俺が復讐をしたかったからだ。千尋にとっては要らぬ罪悪感を生む要因になってしまったんだろう。

 それは少しだけ千尋に申し訳ないと思っている。




「ナツキくんはさ、美咲グラムの嘘が暴かれて無実が証明されたんだし……新しくチャンネル立てるの? あ、復活させるの?」

「そうだなぁ……」

 誤情報でのBANだったし、多分連絡を取れば書く配信サイトは俺のアカウントを復活させてくれるかもしれない。というのも「民意に合わせて無実なのにBANをした」というプライドよりも「ナツキが復活すれば億単位の投げ銭が見込めるかも」と企業なら考えるはずだからだ。

 かと言って、今更ナツキダンジョンチャンネルのメールアカウントを見るのも億劫だよなぁ。どうせ、ツヨイッターと同じで手のひらクルクルな連中たちで溢れかえってるんだろうし。




——千尋をよろしくね



 俺は千尋の祖母さん……女将さんから言われた言葉を思い出した。俺がもしここで傭兵フユくんをやめてナツキダンジョンに戻れば千尋はどうなる?

 金はごまんとあるし、配信をやめても生きていけるだろうが彼女は一人ぼっちだ。俺が変に活躍したせいで千尋は家族を失ったのだから。


「うーん、一応親のために表には出て無実の表明をもう一度する。あと、ムカつくからアマミヤには謝らせる。けど、千尋と一緒に配信は続けたい。千尋は? まだ配信したい?」

 わかりやすい千尋はパッと笑顔になる。やっぱり、配信やめたくなかったんだな。

「配信したい。フユくんじゃなくってナツキくんと一緒に」

「わかった。じゃあ、フユくんが俺だっていう動画、撮影しようぜ。そんで、アマミヤに謝罪配信させよう。最低条件は顔出しと坊主。それから活動自粛だな」


 証拠不十分で俺や俺の親を追い込んだ分の落とし前はしっかりつけてもらう。これは絶対にだ。


「うん、プレミアム公開にして稼いじゃお、そのお金で最高級の旅館に堂々と泊まってスパして、美味しい料理食べて……」

「来年の税金対策にどっか一軒家を借りるのもいいけどな。ほら、一応定住の場所というか」

 千尋はぽっと赤くなった。なんでだ? 俺変なこと言ったか?

「ななな、ナツキくん。同棲はまだは、早いんじゃないかなっ?」

「え? 何言ってんだ?」

「だって私、そりゃ旅館の娘だから家事全般は得意だよ? でもでも、彼氏とかできたことないし? それにマヨネーズとかいっぱいかけちゃうし……」

「太るぞ、マヨばっか食ってると」

「もう!!!」


——ぽろんぴろん、ぽろんぴろん


「あ、マリコさんから電話だ」

「やめとけやめとけ、しばらくはどっかネットもないような田舎の温泉でゆっくり……」

「もしもーし、スピーカーにしますね!」

 いってるそばからこの女は……

「この前はありがとう。大野くんもいるかな?」

「はい、いますけどいやです」

「も〜、ひどいなぁ。あのね、北海道にある噂がながれてるの」

 

 経堂刑事は勿体ぶって間を空けてから言った。


「絶対に冒険者が死ぬダンジョン、興味あるでしょ?」



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