第2話 お妃候補を辞めてもいいですか?

頭が真っ白になって、何も考えられない私とは裏腹に、令嬢たちは嬉しそうだ。


「もちろんですわ、ジェーン様。実は私も、厳しい王妃教育に耐えて来たのに、万が一婚約者に選ばれなかったらどうしようと思っていたのです。もちろん、共に戦った仲間たちが選ばれず、落胆する姿も見たくありませんわ。殿下は皆が幸せになる道を考えて下さったのですね。素晴らしいですわ」


「私もそう思いますわ。ただ、気になる点があるのですが、ジェーン様が17歳の誕生日を迎えた時点でお妃候補に残っていた令嬢は、皆ジェーン様の妻にして頂けるという事でよろしいのでしょうか?」


「ああ、もちろんだ。君たちには平等に僕の子供、つまり次期王太子を生むチャンスがあるんだよ。素晴らしいだろう?」


「それは本当ですか?なんて素晴らしい法案なのかでしょう」


皆が絶賛している。


「あなた達のご両親も、とても喜んでおりましたわ。ただ…シャレティヌ公爵だけは、最後まで反対しておりましたわね。せっかく皆が幸せになれる法案なのに…公爵は何を考えているのだか…」


王妃様がため息を付いている。


「王妃殿下、きっとシャレティヌ公爵様は、ご自分の娘だけに権力を握らせたかったのですわ。卑しいお方ですわね」


そう言って他の令嬢が笑っている。


違う!お父様は、私が“たった1人の人だけに愛されたい、その人と一生添い遂げたい“という気持ちを知っているから、反対したのよ。お父様は決して卑しい人間じゃないわ!


悔しくて涙が込みあげてきた。


「とにかく僕は、皆を平等に愛するつもりだから、そのつもりで。フランソア、これはもう決定事項だから。公爵の様に文句を言わないでくれよ」


なぜか名指しで私にそう言ったジェーン様。周りの令嬢たちも、こちらを見てクスクスと笑っている。


そうか…ジェーン様は本当は私と結婚するのが嫌だったのね。だからこんな法案を考えたのだわ。


それなのに私ったら、本当にバカね…


今まであれほど熱を上げていたジェーン様への気持ちが、スッと冷めていくのを感じた。


「承知いたしました。既に決まった事を、私がとやかく言うつもりはございませんので、ご安心ください」


そう言って頭を下げた。


「よかった、皆が了承してくれて!僕も嬉しいよ」


そう言ってほほ笑んでいるジェーン様。


「それでは私は、これで失礼いたします」


皆に頭を下げ、その場を後にする。部屋から出た瞬間、涙が溢れ出すのを必死に堪える。王妃になる者、人前で涙を流してはいけない!そう厳しく教えられたのだ。


必死に平常心を装い、自室へと向かう。でも、部屋に入った瞬間、一気に涙が溢れ出した。


「お嬢様、どうされたのですか?大丈夫ですか?」


泣き崩れる私を見たカルアが、私の元に飛んできた。


「カルア…実はね、ジェーン様が複数の妻をめとる事に決まったのですって…今まで私だけを愛していると言っていたのは、嘘だったの…」


この5年、私がどんな気持ちで過ごしていたか。あの男は、私の心を弄んだのだ。もう私はあの男に関する愛情のかけらもなぜか残っていない。それでも、涙が止まらないのだ。


「そんな…一体どういう事ですか?そんな滅茶苦茶な話…」


「フランソア様、シャレティヌ公爵様がお見えです」


「お父様が?すぐに通して頂戴」


すぐにお父様に部屋に入ってもらう様に依頼した。


「お父様!」


「フランソア、すまない…私の力が及ばなかったばかりに。今陛下から、殿下が複数の妻を娶る事が決まった事を、お妃候補たちに報告したと聞いて、急いでフランソアに会いに来たんだ」


「お父様…私の為に1人反対してくださったのですよね。ありがとうございます。そのせいでお父様が悪く言われてしまい、申し訳ございませんでした」


「フランソアが謝る事はない。それでフランソアは、どうしたい?ずっとフランソアは、たった1人の男性を愛し愛されたいと言っていたよね。ただ、フランソアはこの5年、必死に努力してきたことも知っている。だからフランソアの気持ちが聞きたくてね」


「私は…」


ジェーン様の本心を知った今、もう彼との結婚なんて考えられない。後半年我慢すれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる、そう思って今まで必死に耐えてきたのだ。それなのに、一生ジェーン様を他の令嬢と共有するだなんて。


そもそも私、ジェーン様の事を本当に好きだったのかしら?これほどまでに愛情が冷めてしまった今、彼の為に争いごとに参加するなんて無理だ。


「私は、お妃候補を辞退したいです…もうこれ以上、我慢を強いた生活したくはないです。お父様、我が儘を言って申し訳ございません。でも…もう限界なのです。令嬢たちに嫌味を言わ嫌がらせをされるのも、ジェーン様が他の令嬢と楽しく過ごしているのを見るのも…」


さすがにもう疲れてしまった。


「分かったよ、すぐに王宮を出よう。カルア、悪いがフランソアの荷物を至急整えてくれ。フランソア、これがお妃候補辞退の書類だ。この書類にサインをしてくれるかい?」


これがお妃候補辞退の書類…

この紙にサインをすれば、私は楽になれる…


そう思った瞬間、何のためらいもなくサラサラとサインをした。近くではカルアが慌ただしそうに荷物をまとめている。


「カルア、ある程度の荷物をまとめてくれたらいい。後は明日、公爵家の使用人たちに片づける様に指示を出すから。それじゃあフランソア、私は至急この書類を陛下に提出してくる。カルア、フランソアを公爵家の馬車に乗せてくれ。とにかく一刻も早く、王宮から出よう」


「かしこまりました、さあ、お嬢様。参りましょう」

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