第6話
三日ほど続いた宴が終わり、賓客が帰った竜宮でも、私は忙しく走り回っておりました。何しろ、天界、仙界、仏界、四海から、とにかく山ほどの贈り物が届けられており、その整理に霊亀宮をはじめ、竜宮中の者が大わらわだったのです。海底に眠る宝玉、仙界だけに咲く花、天界の絹織物、不思議な力を持った法具。
その中で、私は贈り主が分からない箱を見つけました。それはわりと小さな螺鈿細工の黒箱で、赤い絹紐が結ばれていました。
一体どなたからだろう。文のようなものは一切添えられていませんでした。
私はまだ竜宮とお付き合いのある方々を全て把握してはいませんから、乙姫様であれば心当たりがあるかもしれないと、夜にお尋ねしました。
すると乙姫様は箱を一目見た途端、顔色が変わったのです。
「これは」
素早く私から箱を取り、大切そうに抱きしめると、自分の心を落ち着かせるように撫でました。
「これは。ああっ、あなたはこの箱がなんだか知っていて?」
「いいえ、一体この箱は何なのですか? 乙姫様は中身をご存じなのですか」
「・・・・この箱の中身はありません。これから入れるものなの。私は今夜、
浦島様と休む際に、この玉手箱に浦島様の魂を入れます」
「なんと仰いましたか。魂ですって!」
「ええ、この箱に魂を入れておけば、浦島様は神仙と同じく不老長寿となられます。竜宮にはそのような秘法があるのです。」
「なるほど。どれだけ浦島様が徳の高い方とは言え、人の身に生まれたからには、私たちとは生きる暦が違います。乙姫様と夫婦になるのでしたら、そういうことも考えなければなりませんでしたね。ですが、不老長寿になるのでしたら、西王母様から贈られた仙桃を召し上がっても良いのではありませんか?」
すると乙姫様は、儚げに微笑みました。その笑みは、どこか姉宮様に似ておられます。
「それだけではないの。それは、相手の魂を封じ込めて、支配する力があるのです」
「支配ですって。どうしてそのような恐ろしいことを・・・」
乙姫様は掌の箱を見つめるように、俯きました。
「信じられないから。裏切られるのが恐いから」
私は、恐れ多いことながら、なんと哀れな姫君なのだろうと思いました。本来であれば幸せの絶頂にいるだろうその夜に、どうしてこの方は、これほどの孤独を抱えているのでしょう。どうして、あれほど徳の高い浦島様を信じることが出来ないのでしょうか。
その理由を私は知っています。
もし、姉宮様の離縁が無ければ。もし、石猿が竜宮に侵入していなければ。もし、あの時乙姫様の側で手を握り、お心を慰めする方がいれば。
運命の巡り合わせとは、なんと皮肉なことでしょう。
それから、人の暦で五百年の月日が流れました。
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