第75話 まさかの素直 そして心不全発症
それから俺達は会話もなく、モソモソとケーキを頬張った。
……うん、美味しい。
それから間もなくお互いにケーキを平らげた所で、藤野が言う。
「これで私、クリボッチじゃありませんから。今クリパしましたから」
「あ、これクリパだったの……か……?」
「はい。……青砥さんが証人ですからね」
「あ……うん」
一体誰への証人だよとは思ったが、余計なことは言うまいと黙っておく。
すると藤野は、聞こえるか聞こえないかくらいの音量でボソリと言った。
「……きな男の人と、二人きりのクリパしたって友達に自慢するんですから……」
「えっ、なんて」
「べっ、別になんでもないです。……じゃあ、今度こそ帰りますから」
「あ、ああ」
藤野はケーキを片付け、それを持って立ち上がる。
そして早々にこの場から立ち去ろうと、背を向けた。
……忙しい奴だな。
俺はそんな彼女の小さな背中にこう礼を述べる。
「ケーキ、ありがとな!……あとさ、俺クリパとかしたの初めてだったから、こんなこじんまりとした感じだったけど、実はなんというか……嬉しかったよ」
「……私もです」
「えっ」
振り返らないままで返事をした藤野は戸惑う俺を残し、そのままさっさと帰ってしまうのだった。
……なんだよ、いつもの藤野なら「私みたいな可愛いJKとイブクリパできてよかったですね」とか言う流れだったのに。
私もですとか……調子狂うな……。
……まったく、なんだったんだよ一体。
――ローソクに火も点けず、クラッカーもシャンパンも、ましてやプレゼント交換も無い。
とても味気の無いクリスマスイブの、二人だけの密やかなパーティ。
だけど――。
だけど今年のクリスマスイブは俺……なんだかちょっとだけリア充しちゃったのかもしれない。
……ありがとな、藤野。
今日のバイトは、この先もずっと忘れられないよ……。
その時ようやく、俺はこんな自覚をする。
ドクンドクンと、鼓動を早める心臓。
これって……胸が高鳴ってる……のか……?
藤野相手に……俺が……??
いやいやないない!?
ただの心不全だろ!?
働き過ぎて心身ともにダメージ来てるしな!?
折を見て病院に行かなくちゃな!
――それから俺は五味と二人、なんとか夜勤帯を切り抜ける。
そして翌朝の帰り道。
俺は「フンフンフーン♪ クリスマス~♪」などと、あれだけ憎んでいたはずの呪いの歌を無意識に上機嫌でハミングしていた。
ちなみにこの後、鈴から「お前の血でサンタの服を染めてやろうか」と、めちゃくちゃキレられる。
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