電話 《有栖》 追記しました
ある晩のことだった。
お風呂からあがった私はお水を飲みにリビングに向かうと、兄が誰かと電話をしているのが聞こえてきた。彼の声が真剣な気がして、私は反射的にドアの影に身を隠してしまった。途切れ途切れに会話が聞こえてくる。
「いや、有栖がときどきね…」
内容は私のことのようだった。私は動くこともできずに息を殺していた。
「有栖には俺からうまく言っておくよ……」
兄はまだ話している……少し困っている様子だ。私が兄を困らせている??兄は軽くため息をついて電話を切ったようだ。
***
「ありす、顔色が悪いけど、どうかした?」
ドアのところに突っ立っていた私に気づいて竜之介が怪訝な声で尋ねてきた。
「なんでもないの……ちょっと疲れただけ」
そう、兄は私の話をしていたのだ。不安になる自分の心を宥めるみたいに両頬を手で覆う。
「ありす…こっちへおいでよ、どうしたの…なんか変だよ…」
普段はふざけているけれど、勤勉な彼は、デスクに向かっていたようだったが、ガタッと腰を上げてこちらに歩み寄ってくる。そして、私の手を取り握りしめる。
「熱があるかもしれない」
彼の手が私のおでこに触れた瞬間、私はその手を払いのけてしまった。
「やっ!」
竜之介が息を飲む気配がした。
「……ご、ごめん……なさい……」
竜之介が少し戸惑っている。
「ごめんなさい、ね…熱はないわ…で、でも…」
自分でも声が震えているのがわかる。
「い…いっしょに…いていい…?」
消え入りそうな声で懇願した。
恥ずかしい。
彼の手を拒絶しておきながら、こんなお願いをして…。
竜之介は、きゅっと唇を噛みしめると、それを解いてやわらかくほほえんだ。
「もちろんだよ…」
と、私の手を引いてベッドまで連れて行った。そして座らせてくれる。それからその前にひざまずき私と目線を合わせる。普段はふざけてにまにましている竜之介のまっすぐな澄んだ目が私を捉える。
「触れても…大丈夫?」
私は黙って頷く。
竜之介は隣に座るとしばらく無言のまま私の手の上に手を重ねていたが、やがてその手が私の肩に優しく触れた。
私は慣れ親しんだ竜之介の気配に包まれた。
「リュウ…わたし、おかしいのかな…」
私は竜之介の肩に頭を預け、目を閉じる。
「いろんなこと…思い出したいのに…なんにも考えたくなくて……」
私は高校に入るまでの記憶が朧げにしか残っていない。
彼は私の耳に直接吹き込むように低く囁いた。
「ありすは何もおかしくないよ……俺が言うんだから間違いないよ」
この上なく優しくて、私の全てを包み込むような温かい声だった。
双子とは言え、私のがお姉ちゃんなのにだらしないな。
「何も考えなくていいし、何も思い出さなくていい」
竜之介がぎゅっと抱きしめてくれてようやく自分が震えていることに気づいた。
……私は何に怯えているの….?
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