第4話 おまけ①「影踏み」

カゲロウ

おまけ①「影踏み」



 おまけ①【影踏み】




























 「ああ?影踏みだぁ?」


 「そ、遊ぼうよ」


 「面倒臭ぇ。それに、なんたってんなガキがやるような遊び、しなくちゃならねえんだよ」


 「ちょっとでいいから。ほんの一時間でいいから」


 「結構長ェな」


 「折角こうして影が戻ったんだから、影踏みをして、影のありがたさを知ろうよ。もっともっと影を有効活用しようよ」


 「影踏みが最大の有効活用なんて、哀れなもんだな。そんなにやりてェなら、その辺のガキ誘ってやりゃいいじゃねえか」


 「それがさぁ、みんな外で遊ぶの嫌だって言うんだよね。疲れるし、寒いって。そんなの関係ないと思うんだよね」


 「いや、まったくその通りだな。てかなんだ?いつもならそういうこと言うのはタツトだろ。なんで今日に限ってサバンなんだよ。俺だって寒ィよ。もっと言えば、ガキより俺の方が寒がりだからな」


 「おっさんだからね」


 「しばくぞ」


 「あーあ。こんなに天気が良いのに、どうしておこたでぬくぬくすることしか出来ないんだろう。行動しようよ。もっと身体動かそうよ」


 「どこが良い天気なんだよ。積雪してるよ。さすがに埋もるわ。追いかけることも逃げることも出来ねえよ」


 「大丈夫だよ」


 「何を根拠に言いやがった。いつものサバンに戻れ」


 「俺だってね、正直、影踏みなんてやりたくないんだよ」


 「ならやるな」


 「だけどさ、タツトが外で犬を追いかけっこしてたわけだよ。それを見てたらなんかこう、心を少年に戻してみたくなって。そしたら、もっと良いタイムマシンが作れるかもしれないし」


 「そのせいであいつは雪だるまになってたのか。犬の方がダウンしてたじゃねえか。毛皮ふさふさの犬が休んでるんだからもう止めにしろ」


 「タツトがさ、風呂に入ったでしょ」


 「ああ、入ってたな」


 「雪が嬉しいからってあいつ、風呂に雪を入れやがったんだよ」


 「ああ?馬鹿か」


 「うん、馬鹿だよ。だから、俺達は雪解け水で風呂を沸かそうかと思ってるんだ」


 「お前も馬鹿か。タツトは今どこにいんだ」


 「部屋で寝てる」


 「寝てんのか。なら影踏みはタツトが起きてからやればいいだろ。俺だってもう寝たいんだよ。寒くて風呂に入りてぇんだよ」


 「なんで頑なに嫌がるの」


 「だから、寒い。面倒。疲れる。以上だ」


 「レイモンドはもっと頑張れば出来る子だよ。だから一緒に外に出ようよ。一面に広がる銀世界を楽しもうよ」


 「勝手に楽しめ。俺は昔から雪の日は大人しくこたつに入って酒を飲むって決めてんだよ。身体がぽかぽかするんだ」


 「ただの休日のおっさんだね」


 「もういいよ。俺ぁおっさんだよ。ああ、おっさんだよ。だから外に出て影踏みもしなけりゃ雪遊びもしねぇぞ」


 「つまんないの。レイモンドはもっと大人の男かと思ってたのに、絶対に遊んでくれないんだね。がっかりだよ」


 「おっさん呼ばわりしたのは誰だ」


 「なら、家の中で影踏みしよう。それならいいでしょ?寒くないし、広さもないから疲れないでしょ?」


 「面倒臭ぇな」


 「それはレイモンドの根本的な性格の問題だから、俺にはどうすることも出来ないけど、なんとか説得出来るように頑張る」


 「さんざん説得して無理なんだからもう諦めろ。人生には諦めることも必要だ」


 「あ、タツトが起きた」


 「・・・あー、眠い」


 「今まで寝てた奴の台詞じゃねえぞ」


 「タツト、レイモンドが影踏みして遊びたいって言うんだよ。しょうがないから一緒に遊んであげてよ」


 「俺ぁ一言も言ってねぇ」


 「レイモンド、そういう子供みたいな遊びは1人でして。それに、俺はまだ眠いから寝るよ。あ、髭伸びてる。ま、いっか」


 「ちゃんと剃っておいた方が良いよ。じゃないと、レイモンドみたいになるから」


 「今俺を罵ったのか」


 「俺もレイモンドみたいなおっさんだったら伸ばしたままにするんだけどなぁ。まだ若いし、剃った方が良いかなぁ。でも眠いし、お腹も空いたし」


 「祭りでさんざん喰ってただろうが」


 「そういえば、レイモンドって胸んところに傷あったけど、あれっていつついたやつ?」


 「傷?ああ、これか。いつついたんだろうな」


 「うわー、出たよ。レイモンドのすっと呆け」


 「違うよタツト。きっとレイモンドはもう歳だから、思い出せないだけだよ。そういうこと言わないであげて」


 「忘れてねぇから。本当は覚えてるから」


 「じゃああれだ。秘密主義だ。別にレイモンドのことそこまで知りたいわけじゃないし。いいんだけど」


 「なら聞くな」


 「そもそも、レイモンドが幾つなのか知らないし。え?俺よりは上だよね?じゃないと納得出来ないから」


 「お前、ちょくちょく失礼な奴だな」


 「確か、俺より3つくらい上だっけ?5つだっけ?10だっけ?」


 「どんだけアバウトな覚え方してんだよ」


 「サバンはね、若づくりしてる」


 「してないよ」


 「えー、してないの?本当?じゃあなんで赤いピアスなんてつけてるの?自分は若いって思ってるんじゃないの?」


 「一理あるな」


 「ないから。これは昔からつけてるから、ただの癖だよ。それを言うなら、タツトだって化粧水とかつけてるよね?」


 「まじか」


 「あれは化粧水じゃないから。ただの水だから。水道水だから」


 「違うよね。ちゃんとパッケージに男用化粧水って書いてあったよ」


 「だって、買い物行ったときに半額コーナーに置いてあったから。つい」


 「よしよし。正直者のタツトには、この冷凍でチンしたナポリタンをあげよう」


 「やったー。嬉しいー」


 「タツト、お前騙されてるぞ」


 「レイモンドもほら、こっちに来て食べよう。冷凍品が全品30%オフのとき、買いすぎちゃったんだよね」


 「主婦か」


 「さすがサバン、買い物上手」


 「じゃあ、これを食べたらみんなで影踏みして遊ぼうか」


 「「やだ」」


 「この流れで断られるとは思ってなかったよ。どういうことなんだろう」


 「だから、俺ぁやらねえって、さっきから言ってんだろうが」


 「俺もー。さっきのですごい寒いし。犬となら遊ぶけど、サバンたちとはやだ」


 「さっさと風呂沸かして、俺も入るわ」


 「あ、雪だるま作ってあるから。壊さないでね」


 「融けんだろうが」


 「・・・ふう、そうだね。しょうがないね。確かに、寒いし」


 「だろ?」


 「サバンは物分かりが良いよね」


 「風呂を沸かすのも料理を作るのも家事に洗濯、全部なぜか俺が当然のようにやってるけど、それを当たり前だと思って手伝いもしないことに対して、俺は心が広いからあまり気にしてはこなかったけど、毎日毎日好き勝手やってるレイモンドもタツトも、俺が少しはゆっくりしたいとか、休みたいとか、時には遊びたいと思ってるってことが分かってないんだよね。そりゃ、外で思い切り走りたいときもあるよ。男だもの。あり余った体力を何処にぶつけて良いのかもわからず、ひたすらに家事に没頭してるけど、それでもストレスってものは溜まるよね。うん、主婦って大変なんだと思うよ。その上仕事に手を抜くと文句言ってきたり、やってないと極上の白い目を向けてきたりするよね。でもどうだろう。俺の仕事の量に対して、君たち2人は一体何をしているというのかな。俺に文句を言うほど何かしてるのかな。してないよね。うん、そうなんだよ、してないんだよ。なのに俺のお願いを聞いてくれないってどうなんだろうね。たかが影踏みしてっていう願いだよ?可愛いもんだよね?洗濯しろだの料理しろだの掃除しろだの言ってるわけじゃないんだからさ、ちょっとくらい聞いてくれたってバチは当たらないと思うんだよね。どうしても嫌だっていうなら、俺が1人で遊んでくるから、その間に家事をしてくれるのかな。ねえ、そういうことなのかな。それなら夕飯だって作ってほしいし、風呂だってちゃんと洗ってから沸かしてほしいな。更に言うと、最近掃除をしてなかったから、掃除もしておいてほしいかな。網戸も汚くなってきたから、そろそろ掃除しようと思ってたんだよね。ああそうそう、夕飯は俺の好きなしゃぶしゃぶでも用意してくれると嬉しいな。洗濯するときにはね、ポケットに何か入ってないか確認してからにしてね。じゃないと、レイモンドの場合は煙草の箱とかライターが入ってる時があるし、タツトは拾ってきたどんぐりとか噛んだガムの包み紙とかが入ってるときがあるんだよね。ポケット確認してから洗濯機に入れてねって何度も言ってるのに、一向に直してくれないんだから困っちゃうよ。まあ、煙草は吸えなくなるだけだし、ライターは火事にならなければいいし、どんぐりに至ってはなんとなく気になるだけで、その服はタツトだけが着るからいいんだけど、ガムだけはどうしてもね。だってさ、ポケットの中で広がってるんだよ?取れるときもあるんだけど、しつこいくらいにへばりついてるときがあってさ、なんとかしてとったけど。そもそもゴミを入れたままだってことを覚えてないから、平然とその服を着てたよね。なんかいらついちゃったけど、別に怒らなかったよ?だって怒ったってしょうがないことでしょ?俺からしてみれば、君たちがそういうことを反省せずにいるってことは当たり前になってるから、毎回確認するようにしてるし。俺の服に何もなければそれでいいよ。ああ、今までで一番キレそうになったのはね、やっぱり風呂場かな。俺がちゃんと綺麗に掃除してから風呂を沸かしてるっていうのに、タツトは泥だらけで入るし、レイモンドは風呂の中に酒こぼすし。風呂場っていうのはね、確かに身体を綺麗にする場所なんだけど、俺としては癒される場所でもあるわけだからさ、一番最初に入るなら入るで、泥なんてシャワーで落としてから湯船に浸かってほしいものだよ。酒は風呂場で飲むなって言ってるのにさ、それに気付かずに入れば身体が酒臭くなるし、それが同じ日に起こった日には、本当に身体を吊るしてやろうかと思ったよ。なんていうんだろう。こういうのを愛憎っていうのかな?それとも単なる憎しみなのかな?こんな生活がずっと続くのかと思うと、今から心が病みそうになるよね。だってそうでしょ?俺がこうして2人に愛情注いで注意を喚起したところで、何一つ改善なんてしないでしょ?なら今まで話したことは全部無駄になるのかな?俺の言葉も呼吸も頭も、無駄に使われたってことなのかな?これは全部無駄な時間なのかな?どうしてこうなってしまうんだろうね。本当に人間っていう生き物は難しいよね。だけどね、俺はそんな君たちにも猶予をあげようと思ってるんだ。夜な夜な、レイモンドの煙草を全部燃やしてしまおうとか、タツトのお菓子を全部食べてしまおうとか、思わないこともないんだけど、それを今までしていないのは、やっぱり可哀そうだな、と思う気持ちがあるからであって、決していつかは実行してやろうなんて妬みじゃないんだ。だけど形あるものはいつか壊れてしまうように、起きたらもうこの家の家具という家具が全部売られてしまって、屋根も壁もなくて、ただそこに寝ているのがレイモンドとタツトだけだったとしても、俺にはそうせざるを得ない理由があったわけで、決して2人のことが嫌いになったわけじゃないってことを」


 「よし、影踏みするか」


 「そうだね。楽しそうー」


 「え、いいの?2人とも、疲れるとか寒いとか面倒臭いとか言ってたじゃない」


 「いいんだいいんだ。たまにはサバンの我儘・・・いや、気晴らしに付き合ってやるのも大事なことだよな!タツト!」


 「当然だね。誰がなんて言ったって、サバンの脅迫・・・いや、お願いをきかなきゃダメだよね」


 「なんか悪いな。じゃあ、俺が鬼になるよ」


 「いや、俺が鬼になろう」


 「俺がやるよ」


 「俺にやらせてよ。俺が鬼をやった方がきっと、楽しいよ・・・?」


 「「・・・・・・」」


 その後、悲鳴をあげながら逃げ惑う男2人と、その2人を追いかける、まるで悪魔のような男の姿を見かけたとか、見かけないとか。


 「ぜえぜえ・・・」


 「はい、捕まえたー。じゃあ、また俺が鬼ね」


 「そ、そろそろ俺が鬼を・・・」


 「え?何か言った?」


 「・・・いや、何も」


 ルンルンと余裕そうに笑っている男に、もはやコレは影踏みなどという遊びではなく、一種の狩りだと思うのだった。


 「はい、いーち、にーい・・・」



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