傷心リーマンをJKが癒す話
暁貴々@『校内三大美女のヒモ』書籍
本編
プロローグ 雨宿りする女子高生
ゲリラ豪雨というやつだ。
天気予報では晴れだったはずなのに。
こんなときに限って折りたたみ傘を会社に置いてきてしまったことを後悔する。
幸いにも会社のビルからここまでの距離はそれほどない。
俺は急いでオフィスに戻った。
「ぁん、やぁっ、部長のたくましぃです、もっと深くっ」
「井上君は甘え上手だね。キミの恋人とどっちがいい?」
「
営業部のエースで、現在は社内でも一番人気の女子社員・井上かおりと交際している。
この声って……。
俺は声の主の正体を確かめようと、こっそりとオフィスのドアを開ける。
するとそこには信じられない光景が広がっていた。
俺の恋人が、俺の上司と抱き合っている。
好き放題に、腰を振られている。
しかも……俺のデスクの上で!
か、かおり。
なにしてんだよ。
きっと何か事情があるんだ。
そうに違いない。
そう思いたいのに、目の前にある現実がそれを許してくれない。
いや、本当はわかっている。
二人が抱き合っている理由も。
その行為の意味も。
ただ認めたくないだけなのだ。
だけど、俺のよりいいと言ったのだけは聞き逃さなかった。
そんな理由で浮気されてたまるもんかよ。
怒りと悲しみで涙が出そうになる。
傘はもういい。いらない。
俺はオフィスに背を向けると走り出した。
エレベーターを待つ時間さえ惜しかったため、階段を使って下まで降りる。
そしてエントランスを出ると、一目散に豪雨の降る街へと飛び出していった。
雨粒が目に染みる。
頬を流れ落ちる水滴が涙なのか雨水なのかもわからない。
とにかく走った。
無我夢中で走るうちに、気づけば俺は自宅の前に立っていた。
都内の駅近くに建つオートロック式のマンション。
指紋認証型の自動扉を抜けて中に入ると、そのまままっすぐ自分の部屋へと向かう。
セキュリティ面は万全のはずなのに、中廊下の隅っこで、見知らぬ女の子が三角座りをしていた。
「……」
ちょうど、俺の部屋の前だ。
居住者と共にオートロックをすり抜けてきたのだろうか。
制服は濡れて肌に張り付いているし、髪からは雫が落ちている。
明らかに様子がおかしい。
恋人を寝取られたばかりだってのに、次から次へと災難が続くものだ。こんなところを同じフロアの住人に見られた日にはあらぬ誤解を招きかねない。
「そこ……俺の家の前なんだけど……」
恐る恐る声をかけてみたけれど返事はない。
俺の方を見向きもせずスマホをいじってる。
若い女の子ってなんか怖いんだよなぁ……。
しかもこの子、金髪だし。
両耳にけっこうな数のピアスつけてるし。
いわゆるギャルっぽい感じの子なので尚更である。
それでもこのまま無視するわけにもいかないだろう。
意を決してもう一度話しかけてみることにした。
今度はボリュームを少し上げて。
「あ、あのさ……! ここ俺の家だからできればどいてほしいっていうか……」
するとようやく顔を上げてこちらを見た。
うわ。すっげえ美人。
いや、でも……切れ長の目元とかキツそうな印象を受ける。化粧のせいか。
年齢は多分高校生くらいかな。
胸元のボタンを開けていて、そこから覗く谷間が妙に色っぽかった。
いかんいかん、女子高生相手に何を考えているんだ俺は。
「ここおにーさんち? お礼するからさシャワー貸してくんない?」
「面倒ごとはごめんだ」
自分でも驚くほどの速さで言葉が出てきた。冷静かつ的確に断ることができたと思う。
しかし彼女は諦めなかった。
のそっと立ち上がって、ぐいっと顔を近づけてくる。
長いまつ毛がよく見える距離だ。
ちょっとドキッとしたけど、すぐに視線を逸らすことで誤魔化すことに成功した。
「ダイジョーブ。あたし十八だし。合法JKだよ」
「ご、合法……? はあ?」
「民法改正されたん知らんのー。十八歳の高校生は成人として扱うってやつ」
「ああ……」
そういえば2022年ごろに民法が改正されたっけな。
「アタシ高三でもう誕生日済ませてっから。おにーさんとそういうことしたって誰も文句言わないじゃんね。法律的にも問題なし!」
「そ、そういうことって……!?」
思わず声が裏返ってしまう。
「とりま部屋ではなそ。アタシもおにーさんもびしょ濡れだし、風邪ひいちゃうかもしらんし」
「いや……キミは家に帰りなよ」
合法だかなんだか知らないが、面倒ごとは避けたい。
「じゃあ隣の人にお願いする」
「いやそれもまずいだろ」
ああ、クソ。何してんだ俺。
お隣さんになすりつけてさっさと部屋に入ればいいものを。
でもお隣さんって独身の四十路男だった気が……。いやイイ人だとは思うんだけど、なんか事件とか起こったらそれはそれで面倒だし。
ああ……早く着替えたい。寒い。
スーツもソックスも靴の中もずぶ濡れだ。
夏とはいえど雨に打たれれば身体も冷える。
「アタシがどうしようがアタシの勝手でしょ。マジメくんにはキョーミねえから」
「そうかよ……」
マジメくん。
その言われように、なんかカチンときた。
かおりにも「幹久くんはマジメだね」とよく言われていたからだ。誉め言葉だとは思っていたが、今はその単語がひどく耳障りだった。
クソ。
女ってやつあ、どいつもこいつも。
勝手にしやがれ。
俺はもう、疲れたよ。
黙ってドアの鍵を開けるとそのまま玄関に入る。
足音が二つ。
後ろを振り返る。
「おい……不法侵入だぞ」
俺は苛立った声で言った。
すると
そして、口を開く。
――綺麗な瞳をしていると思った。
唇が動く。
――吸い込まれてしまいそうな魅力があった。
――あれ、視界がぼやけて……
「そんな顔してる人ほっとけないって」
「へ……?」
あれ、俺どんな
――ああ。
――家に帰ってきた途端、きっと気が抜けたんだろうな。
――上司に恋日を寝取られて、雨に降られて、死にたくなるぐらい辛くて……
「辛いことがあったんだよね」
俺は首を横に振る。
「強がるなし」
いつの間にか抱き締められていた。
「辛いときはさ、泣いたほうがいいんだって」
濡れたブラウス越しに伝わる体温があったかくて、雨に濡れて冷えきっていた心がじんわりと溶けていくような感覚を覚えた。
「あぁ……ぁぁ……ぁ、ぁ……っぁぁぁ」
何かが張り裂けてしまうんじゃないか、そう思うほどの慟哭が、口から漏れ出す。
――かおりのこと本気で好きだったんだ。
その日、俺は失恋ってやつを知った。
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