第2話
「五体満足でお願いしますね。」
「はあ···」
覇気のない答えにイラッとしながらも、人参をぶら下げてやることにします。
「成功したら、後宮に仕えるメイドさんたちとの合コンを設定してあげましょう。」
「やります!すぐ行きます!!」
こうして、暗部の男は新たな任務のために速攻で姿を消した。
暗部とは、文字通り国の暗い部分で活動する間諜のことだ。ああ、そこで「浣腸ーっ!」とか言って笑っている奴は死ねばいい。
と、脱線したが、暗部は陽の当たるところで働かないため出会いが極端に少なかった。
さらに、古くから代々受け継ぐような技能や知識も多いため、血を濃くするために同族同士で婚姻を交わし続けてきた。結果、一族のほとんどが同じ顔をしており、見分けがつかないという笑えない状況でもある。
先ほどの彼はジョンという名前だが、あれと同じ顔をした者が二十人くらいはいるらしい。つまり、あれがジョンなのかジョンツーやジョンスリーなのかは、彼らにしかわからないというわけだ。
まあ、どうでもいい話ですけどね。
とりあえず彼が国王陛下を連れ戻したら、反省を促すために
「ケトル大公閣下、本当によろしいのですか?」
側近のイケメンが足早に執務室に入室して第一声を放った。
彼は遠縁にあたる伯爵家の次男で、優秀な頭脳を持つと聞き雇い入れたのだ。貴族社会は婚姻や奉公によって派閥を形成する傾向にあるため、こういった人事や入職というのは珍しいことではなかった。
「何の話だ?」
「宰相が大公閣下に行った不敬に関する件です。」
大方、実家を通じてでも先日の件を不問にするとしたことが伝わったのだろう。彼の実家である伯爵家は、確か先々王時代の宰相を輩出した家だと聞いている。現王の学友がその職にいるのが気に触るらしい。
「おまえは私の意識を奪ったのが本当に宰相だと思っているのか?」
「いえ、あの方がそのような馬鹿な真似をするとは思えません。しかし、目撃者たちが皆口を揃えてそう言っているのです。黙って放っておくわけにはいかないでしょう。」
「あの時、おまえが傍にいれば状況は変わっていただろうな。」
「もちろんです!側近である私があろうことか腹痛で席を外していたなど、割腹してお詫びしなければならないほどの不義を働いたと思っております。」
「腹痛でトイレに行く度に割腹されたら困るのは私だ。」
「ええ、ですから割腹は致しません。言葉のあやでございます。」
あー言えばこういう奴である。
普段は神経質なまでに付き添ってくるのだが、あの日はあのタイミングだけ離れていたのだ。
ひょっとして、何か関与でもあるのだろうか。
私はどうもこの男の薄っぺらさが気に食わない。確かに如才なく働くし、頭のキレも悪くない。血統も伯爵家の次男であり、さらに見栄えのいい顔と尻をしている。だが、どことなく慇懃無礼で、時折見せる自意識過剰な面は注意を怠れなかった。
「あの腹痛は常態的なものではないのだろうな?妙な病になどかかっていると暇をやるしかないぞ。」
「え···あ、はい。もちろんです。」
「ん?歯切れが悪いが、どうしたのだ。」
「何でもございません。話すのを躊躇うほどトイレで大放出したもので。」
「···汚いわ。」
側近のトムグリンは少しおちゃらけた言動をしてみせたが、内心ではビクッとしていた。
あの時は以前よりアプローチしていた貴族令嬢とバッタリ出会い···ちょっとイチャイチャしていたのである。
大公閣下にバレるとマズいと思いつつ、あの令嬢との関係に進展がありそうだったのでチャンスは無下にできなかった。
結果としてなかなか熱い時を過ごすことができたのである···職務の上では凍りつくことになったのだが。
まさか、あのタイミングで大公閣下が襲われるなどとは思いもよらなかった。
しかもどういう訳か、犯人はその場にいなかった宰相閣下だと口を揃えて皆がいうのだ。
まあ、事実がねじ曲がっているのは目を合わせない証言者たちの態度と、偶然にも後部席に居合わせたという国王陛下を見れば何となくわかった。
犯人はおそらく国王陛下だろう。
あの御仁は頭がおかしいのだ。
その時々の思いつきや衝動で訳のわからないことばかりする。子供がそのまま体だけ大きくなったというべき存在なのだ。
なぜあんな男が国王になれたのかという疑問は多くの者が抱えている。血統や王位継承権でいえば仕方がないのだが、治世を担う統治者などなれる器ではなかろうに。
考えるまでもない。
あれは間違いなく宰相による力が大きい。
柔和な笑みと物腰の柔らかさだけが特徴的な宰相だが、目の前の大公閣下が一目置いている。
ひょっとして、先代国王陛下の妾腹だったりするのだろうか。出身はどこぞの男爵家にすぎないと聞くが、そもそも学舎で下級貴族の息子が王子と懇意にするとは考えられなかった。
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