【4】闇医者へ会いに行こう
「ふぅ……」
夜闇に紛れ、ハバキはベランダからホテルの部屋へ転がり込んだ。
そんな彼の怪我を見て、サヤは慌てて駆け寄る。
「おかえり……って怪我してる!? 大丈夫!? 」
「うん。血痕は地面に落としてないし、上空飛んできたから足はついてないはず……」
ハバキの言う通り、垂れるはずの血液は『彼の能力で無理やり傷口に押し込められている』ようだ。
「いや、そっちじゃなくて! ハバキくん自身の方! 」
だが、サヤが心配したのはそういうことでは無い。
「え? あぁ……まあ痛いだけだし。別にいいよ、そんなことは……」
サヤの意図をようやく察したハバキは、しかし面倒な気持ちを隠し切れない声で答えた。
彼からしてみれば本当にただ
同情するなら消毒液と包帯と痛み止めをくれ。
彼はそういう人間だった。
「良くないよ!? 」
だが、普通は怪我をした人を見れば心配するものである。
それが治療に何の意味を持たないとしてもだ。
「やぁ、おかえりハバキクン! 手酷くやられて来たねぇ、油断した? 」
鵐目が楽しそうに声を掛けてくる。
「うーん……した。いきなり殺意レベルが違い過ぎててな。『スライム』狩ってたらいきなり『おにこんぼう』が出てきた、みたいな」
「でもパンピーに被害は出させなかったんだろ? んじゃまーいいんじゃねーの? 」
「どうだか。俺の能力をフルに発揮していたら完封出来てただろうよ。敗因の一つは、俺自身への研究不足だな」
会話しながら、ハバキはバスルームで布の切れ端を解いた。
解放された血液が、排水口にビチャ、と叩きつけられる。
「んで━━その怪我どうするつもり? 」
「もちろん、治療出来るなら即刻したい。でもなぁ……身分が身分だけに難しいよな……。普通の医者にかかったら、まず確実に何かしらで正体がバレるし」
サヤが持ってきてくれた医療箱から色々と取り出しながら愚痴るハバキ。
闇医者……。
正規の手順を踏まずに、足跡を残さぬまま治療してくれる闇医者がいれば……。
「一応コネクションあるんだけど、僕。闇医者の」
…………。
「ハァ!? 」
━━
「というわけで! 着きました闇病院! 」
そうと決まれば早かった。
三人は、とある郊外の雑居ビル前に来ていた。目の前には『整形外科
「闇というか、普通の小さい診療所に見えるけど……」
「看板ガッツリ出してるしな。もう営業時間外だけど」
ビルの一階━━正確には半分地下で、階段を少しだけ降りる━━にあるその診療所は、暗闇でも無味乾燥な白い壁・天井、薄いプラスチックの仕切り、並べられた安物のパイプ椅子などが見受けられる、あらゆる面で規模の小さい施設だった。利用客なぞ、老いぼれた爺さん婆さんが二三人も居れば良い方だろう。
「鵐目。もう一度確認するが、俺の『正体』については……」
「もちろん、ひとつも教えてないよ。向こうもそういう仕事だからね、お互いの信用を一番大事にしてるのさ。さあ、アポは取ってるから入ろうぜぃ! 」
やたら元気な鵐目が躊躇なく扉に手をかけて、開く。鍵が掛かっていなかったので、アポは確かに取っていたようだ。
「お邪魔しマンモス! 」「マントヒヒ」「お邪魔しまーす……」
三人が中に入って電気を点け、入口のカーテンを閉めると、奥からひとりの医者が姿を現した。
「……一応、勤務時間外なんだ。もう少し静かに入ってこい……」
ボサボサ栗毛のポニーテール。レンズの薄汚れた黒縁メガネ。整ってはいるが今にも死にそうな酷い顔をしていて、白衣の下に着ているくたびれたセーターからは胸の谷間を出しており、そして身長が鵐目とほとんど変わらない。
「二人に紹介しよう! コイツは『
「女性の紹介で使う言葉がそれか? 」
ハバキがそう突っ込むと、サヤが「え? 」と振り返った。
「ん? 」とハバキも首を傾げる。
「お、ワタシを女性として扱うのか。グッドなガキだ、きっとモテるぞ」
「ん〜? 」
二人が顔を見合わせて困惑していると、彼━━いや、彼女? ━━は、『禁煙』のポスターの前でタバコに火をつけ、言った。
「
彼女(以降はレオンの意思に沿って三人称は『彼女』とする)はそう言って、にへらと笑った。
「お、おう。了解した(胸あるし、女だと思った……)」
「分かりました、気をつけます……(胸筋を鍛えた男の人かと……)」
そんなレオンに対して、いつの間にかパイプ椅子を前後逆ににして、背もたれに身体を預けるよう座っていた鵐目が茶化す。
「なーにが女性だよ、そこいらの男以上にチンポ振り回しといて……」
彼を見たレオンは、ニヤニヤしながら肩に腕を回していく。
「どうした『ポール・ヌーク』? またケツ穴掘られたいのか? 」
「お生憎様。あと今は『鵐目 椒林』って名乗ってるから、そっちで呼んでくれ」
吐きかけられた煙に鼻をつまみながら、適当にあしらう鵐目。
そんな彼の右耳にキスするレオン。
「ち、ちん……ッ! 掘ら……ッ! 」
……そして、顔を真っ赤にしたサヤ。
「オイお前らうちの純情少女に何聞かせてんだ! 自重しろ馬鹿! 」
ハバキはサヤの両耳を塞ぎながらキレた。
「オマエら二人とも十七かそこらだろ? じゃあ別に性知識あるんだし良いだろ、別に。ところで二人はもうヤったのかい? 」
そんな二人を見ても、レオンは構わずアクセルを全開で踏みに行く。
……彼女も、鵐目と同じく『倫理をサンフランシスコに置いてきた勢』であった。
「ヤっとらんわ馬鹿タレ! ここまでラインいくつ踏み越えてんだよ横断歩道の白線じゃねぇんだぞ!! 」
「お、じゃあまだ純潔か。ところでオマエは童貞と処女、どっちなら売れる? 」
「俺の貞操は非売品だ!!! 」
叫ぶハバキ。そして怪我人なので当然だが、肩の傷にも響いてうめく。
「……さ。コントはこのくらいにして、治療してやるから診察室に来い」
「流れバッサリ切っていくじゃん」
「引き際には定評がある」
診察室も、これまた低予算丸出しだった。一応最低限のアイテムは揃っているが、椅子は安定のパイプ椅子だし、ベッドなんかはパイプ椅子三連チャンである。
あまりにもパイプ椅子を酷使し過ぎだろ、とハバキは思った。
椅子に座って、上着を脱いで傷を見せる。
「お、中々上手い応急処置。弾は貫通してるな。グッド。これならCT無しですぐ縫合して終わるぞ」
「意外と簡単なんだな」
「場数が違うのさ。日本の医者ならこうは行かんよ」
一分もせずにそう診察したあと、彼女は棚から麻酔スプレーや手持ちドリルのような自動縫合器など、治療に必要な道具を取り出した。
「……鵐目と同年代ってことは、まだ相当若いだろ? アメリカじゃどうか知らないが、普通は研修医とかそのレベルじゃないか? 」
麻酔スプレーの先についたカップを患部に押し当て、トリガーを引く。
じんわりと、暖かいような痺れるような感覚があった。
「ん? まぁ、色々ちょろまかして最短ルート突っ走って来たからな。だからこそ闇医者なんてやってるわけだが」
「何故そこまでして医者を? 」
「そりゃあ好きだからさ。さっきも言ったが、ワタシは両性具有だ。それも、性器がどちらも機能する結構カンペキなカタチでのな。これが結構珍しいらしくて、当時のドクターは興奮しながらこう言ってたよ。『幸運なことに、君には三つの選択肢がある。男性か、女性か、あるいはその両方として生きるか。どれを選んでも何も問題は無い』ってな。自分の身体の神秘に気づいたその瞬間が、ワタシの医学に関する原点さ」
今度は自動縫合器の先についたリングを患部に押し当てる。後部についた小さなタッチパネルをいくつか動かして、予めプログラミングされた縫合方法を選択する。
糸と針が適切な状態で装填されていることを確認すると、レオンはトリガーを引いた。返しの無い釣り針のような針が、三本のマイクロ・ロボットアームに手繰られてリングの中で忙しなく動き、患部を縫合していく。
「それで、第三の道と医者になる道を選んだのか。不安は無かったのか? 昔よりマシになってるとはいえ、差別的な目に晒されることも少なくないだろうに」
「全然! むしろ興奮したね! だってオマエ、男と女の両方でオルガスムを感じられるんだぜ!? 超エキサイティングだろ?! 」
「……嫌なら答えなくても良いんだが。自分の特殊性に気づいたのは何歳の頃だ? 」
「十歳。はしかの治療で血液検査したら分かったらしい」
「え!? マジか。その、なんというか━━いや!俺もそのくらいの頃から性を意識し始めてたし! うん……うん! 」
終わったぞ、の声と共に、段々と肩の感覚も戻ってきた。
ジャスト一分。麻酔の原理解明により、現代では麻酔時間も簡単かつ精緻に管理出来るのだ。
「ちなみに……治療費はおいくらで? 」
「最低でも
ハバキは頭を抱えた。
「そこでここだけのマル秘話。今ならなんと、お金の代わりに身体で支払うことも━━」
「しないって!! アンタ結構しつこいな!? 」
「仕方ないだろ最近忙しくて溜まってるんだよ!! アァァァァ若い子の綺麗な肌舐めたいッ!!! 」
「豚の皮でも舐めてろバカがよぉ!! 」
━━
「あ、ハバキくん! どうだった? 大丈夫だった? 」
「現代医療の素晴らしさと、日本の医療保険制度のありがたさを実感したよ……。二度と怪我したくねぇや……」
「マジ? そんなに掛かったのハバキクン? 」
二人に額を教えると、同時に頭を抱えた。
そこにタバコを咥えたレオンが、壁に寄りかかりながら話しかける。
「治療費の重さは、その分ワタシの口の堅さだと思ってくれて構わないぞ。オマエの秘密を守る代償だよ、
一瞬、三人の間に緊張が走る。
「ああ……やっぱり分かるか。そりゃそうだ、人体構造に関するプロだものな」
「良かったらで良いんだが。今度ウチで『人間ドック』やらないか?
「……信用出来ない
「否定はしない。が、今開示出来るのはそこまでだ。アンタ
『悩む』ハバキ。
(菫コ縺悟�縺帙k繧ゅ�縺ィ縺励※縺ッ縲√い繝ゥ繝上ヰ繧ュ縺ァ縺ゅk縺薙→繧呈�縺九☆縺励°縺ェ縺�ゅ→縺ェ繧九→繧縺励m繧ウ繝√Λ縺ョ繝。繝ェ繝�ヨ縺瑚カウ繧翫↑縺上↑繧九↑縲ゅ▽縺セ繧贋ソコ縺後☆縺ケ縺阪%縺ィ縺ッ縲∵擅莉カ繧偵�繝ゥ繧ケ縺吶k縺薙→縺」縺ヲ繧上¢縺�)
数秒の後、彼は言った。
「今回の治療費をツケてくれ。プラスでそうしてくれるなら、人間ドックでも何でもやってやるよ」
「そりゃまた……。じゃあコチラからもプラスする。アンタの
「……コイツは、あなたが思っているより相当巨大な秘密だ。まあ、治療費代わりにはなるはずだろうが」
ハバキがそう話すと、突然『レオンは自身の体重が異様に軽くなったことに気づく』。そして、それがこの場にいる全員━━どころか、パイプ椅子からペン立てまで、全ての物質に波及していることにも。
やがて『身体が段々と浮いていき、行ったこともない宇宙空間に居るような感覚を覚える』。
そんな中、ただひとり地面で立っていたハバキが、懐から取り出した仮面を顔の前でかざす。
そして、言った。
「俺が『怪人アラハバキ』だ」
しばし思考が停止し、呆気に取られるレオン。が、すぐに復帰して笑いだした。
「What's the……ハハハ! こりゃあ……ハハ、ヤバイな! あの事件の後だからまさかとは思っていたんだが! とんでもない大物を釣り上げちまった! 」
「……で、どうかな」
「もちろん治療費はツケてやるよ。正直釣り合ってない気がするがな」
「そのくらいが丁度いいんだよ」と言いながら、ハバキは『浮かせたパイプ椅子に乗り』、尊大に足を組む。
「俺は信頼関係を構築するにあたって『まず与えるべき』だと思ってる。自分が損するほどに。そうすると、相手は『そこまで自分にしてくれた喜び』と『そんな相手に損をさせてしまった罪悪感』の二つを感じる。それが関係進展の推進剤になるのさ」
「無償の愛、アガペーか。ソイツを実践出来る奴は、世の中そう多くはない。皮肉なもんだな。そこいらを歩く人間より、目の前の悪党の方が愛に溢れているとは」
「善だろうが悪だろうが、その度合いが強いほど愛の針も振り切れてるものさ。自己愛、あるいは人間愛なんかでな。愛を持たない人間は、善悪以前の問題だが」
二人の愛についての会話だが、サヤはレトリックの多さについていけず、鵐目は端から理解する気が起きなかった。
「キミとは仲良くなれる気がするよ、アラハバキ」
「仮面を被ってないときは『ハバキ』にしてくれ、レオンさん。これからも、末永くよろしく」
「『レオン』だ。こちらこそよろしくな、ハバキ」
二人は握手して、これからの友情を誓い合った。
……一方の片手はハバキの股間をまさぐろうとし、もう一方はそれを弾きながら、ではあるが。
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