Side-story ~Birthday of Mjolnir《2》~

 爆発が起きた場所は人であふれかえっていた。


「クッソ!」


 テネリフェが軍服に身を包んだ大勢の人間に囲まれながら、盾と槌を巧みに操り奮闘していた。


「テリー!」


 彼のもとに辿り着いたエウラリアは、即座に弓に矢をつがえ、軍に向かって矢の雨を降らせる。

 運がいいのか、彼女の狙いが優れているのか、見事に鎧の隙間や関節を穿ち次々と倒していった。


「いい!? 君はこのまま町に帰ってこのことを知らせなさい! ここは私たちが食い止めるから!」

「この数を相手に二人で勝てるとでも? 連中はまだ俺たちの場所に気づいてない。今ならまだ――」

「テリーを失うくらいなら、死んだほうがマシよ!」


 それだけ言って、エウラリアは弓使いなのに戦場のど真ん中に躍り出てテネリフェのもとに通った。


「テリー! 大丈夫!?」

「エリー! 無事だったんだな!」


 弓矢で作り出した道を突き進み、合流した二人。

 二人は背中合わせになって軍と対峙する。


「あいつは!? 新人の子は!?」

「あの子は街に帰らせた! きっとこのことを知らせてくれる!」


 さすがは婚約者といったところか、二人は会話しながらも互いに守り合い敵を退けていく。

 迫る矢をテネリフェの盾が防ぎ、弓兵をエウラリアの矢が仕留める。

 切りかかってきた敵はテネリフェの槌がまとめて吹き飛ばす。


「このままじゃ多勢に無勢よ!」

「どうにかしなくちゃ! 他のハンターたちは!?」


 この依頼に限らず、軍関係の仕事は危険だからチームに分かれて行っている。俺たち以外にもいたはずだ。


「ハンターの考えることなんてお見通しだっつうの!!」


 だがここで、明らかに一人、明らかに指揮官級と思しき軍人が現れた。

 後ろに何人もの部下を従えて。


「お前たちが頼りにしてるハンターたちってのはこいつらかい?」


 その男は二人の足元に何かを投げた。

 それは――


「っ! シンダー! ベイス! コーレィン!」


 同じ依頼を受けていたはずのハンターの首だった。


「こいつらがぜぇんぶ教えてくれたよぉ? ハンターがどうやって俺たちを探ってるのか。糸の位置や本数、街の場所まで全部全部! アヒャハハアア!!」


 下品な笑いを上げる指揮官級の男。

 テネリフェとエウラリアの顔が真っ青になっていく。


「嘘だ……あいつらが吐いたのか?」

「そうだよ? ちょーっと手足切ったら簡単に教えてくれたんだ! だから最後に首も切ってあげたんだ! 俺達って優しいよね! しかもこうして仲間の元に返してあげるんだから!」


 盛大に笑う軍人たち。


「外道ども! お前たちに正義の鉄槌を下してやる!!」


 顔を真っ赤に憤怒に満ちた表情を浮かべ、槌を構えるテネリフェと弓をつがえるエウラリアの二人。

 対して、下品に笑う総勢千を超える軍人たち。

 結果は火を見るよりも明らかだ。


「ぬあああッ!」


 テネリフェが槌を振り回し、数人をまとめて吹き飛ばす。

 代わりに幾本もの槍が彼の体に突き刺さる。

 エウラリアが敵の弓兵を次々と仕留めていく。

 代わりに幾本もの矢が彼女の体に降り注ぐ。


「諦めろ! この数を相手に勝てる訳ねぇだろ!」


 敵指揮官が笑いながらも的確に指示を出し、二人を包囲していく。

 盾を持った兵士を先頭に、間から槍を持った兵士が構え、その後ろで弓兵が矢をつがえる。

 完全に包囲された二人のもとへ、焦らすようにゆっくりと迫っていく。

 ……潮時か。

 これ以上、ここにいては二人がやられたあと、俺も危険になる。

 連中を殺したいのはやまやまだが、魔法をハンターに見られるのはまずい。

 元天上人だと知られれば、あの町を拠点に使えなくなるうえ、軍人を一人でも逃せば天上人がやってくるかもしれない。

 なにより、今の俺はまだ自分がどこまで魔法を使えるのかわからない。

 あの二人は俺に逃げろと言った。

 なら、逃げても何も問題はない。

 さよならだ、能天気なハンター。




 ◆




 目の前にある無数の死体の山。

 だがその数をはるかに上回る大勢の敵の姿。

 意識は朦朧として、動くたびに全身に激痛が走る。

 自分の血か、それとも殺した敵の血か。

 真っ赤に染まった手のせいで握る武器が滑っていく。


「はあああああッ!!!」


 それでも必死に手を動かして、またやってくるファランクスを正面からぶちぬいた。


「エウラリア!」

「任せて!!」


 同じように頭から血を流し、片目を失いながらもエウラリアの矢は正確に敵の頭を打ちぬいていく。

 だが、それでも。


「よく持った方だ。こんな奴らがいたとはな」


 敵は未だに大勢いる。

 味方がやられたことにすら気にすることなく、未だに不気味な笑みを浮かべ続ける敵兵士たち。


「はぁ、はぁ、始まってから何分経ったかな」

「えへへ、わかんないや」


 意思を保つために、笑う二人。

 自然と互いの体を寄せ合う。


「あの新人の子は街まで帰れたかな?」

「どうだろう、でもきっと大丈夫だよ。聖人なんだもん」


 死に際でも、彼らは人の心配をしていた。


「名前、結局聞くの忘れちゃったな」

「きっと訳ありなんだよ。帰ったらちゃんと話聞いてあげないと」


 二人は苦笑し、再び武器を構える。


「まだあきらめないとは、呆れるな。もういい、早々に終わらせろ」


 敵指揮官は飽きたと言わんばかりに背を向けて部下に任せて下がっていった。

 指揮官に続く道を、部下たちが埋め、再び戦況を動き出す。

 盾を構えた兵士たちが突っ込んできて、間から槍が飛び出してくる。


「こんのっ!」


 テネリフェが再び槌を振るう。しかし、限界だった。


「しまっ! 血で――」


 血に濡れた手で、重い槌はすっぽ抜けて飛んでいく。

 武具が無くなったテネリフェはとっさに盾を構えるも、多すぎる槍を防ぎきることができず、ボロボロの体にさらに穴が空いていく。


「ヴハッ」

「テリー!!」


 すぐにエウラリアがフォローしようと矢をつがえようとする。

 しかし、


「矢がッ!」


 もうすでに矢は尽きていた。


「い、いやああああ!!!!」


 エウラリアに矢の嵐が降り注ぎ、なすすべなく彼女は雨に打たれて赤く染まる。

 絶叫と断末魔。

 二人はそろって、寄り添うように倒れこむ。


「ようやく終わったか。手こずらせやがって」


 終わったことを察した指揮官が二人の前にやってくる。


「エリー……」

「テリー……」


 息も絶え絶えに、互いの名を呼ぶ2人。

 虚ろな瞳で、冷たい手で互いの存在を確かめる。


「ふん、醜い愛情だな。そんなに一緒に帰りたいなら返してやる。堂々と町の連中に帰ったことを教えてやるんだな」


 指揮官の男は嗤い、腰に下げていた剣を抜く。


「土に帰ったってことをなぁ! その首刎ねて、連中の前に転がして――」


 言葉は途中で途切れた。

 一つの首が宙を舞う。


「え?」

「な……」


 どさりと倒れる首なしの死体。

 倒れたのは敵指揮官。

 やったのは――


「醜いのはお前らだ」


 俺だ。



 ◆



 テネリフェとエウラリアの二人と別れて、セビリアに戻る道を行く。

 俺は決して、中層や下層の人間たちに仲間意識なんて持っていないし、ましてや生きて欲しいなんて思わない。

 この国の人間は全員敵だ。

 殺すべき敵だ。

 俺が殺すか敵が殺すか、早いか遅いかの違いでしかない。

 目的を果たすためにこれからのことを考えた結果、今回はハンターの二人が死ぬ番だったってだけだ。

 そもそも、俺はあいつらの指示に従っただけだ。

 それに俺は俺の素性を知られるわけにはいかない。

 もしここで暴れて、あの二人に俺が元天上人であると知られた場合、俺はこの町にはいられない。他の町について知らない以上、それは死活問題になる。

 魔法が使えないのなら、こうするしかない。


「約束のために全部切り捨てる」


 強くなるには、こうするしかない。

 こうしなきゃ、強くなれない。

 強くならなきゃ、俺は約束を果たせない。

 ソフィアとオスカー。

 三人で帰るといったあの約束を。

 家族になろうといったあの約束を。


『この町は全員が戦友で全員が家族なんだって』


 約束。

 そうだ、俺は家族が欲しかったんだ。

 ソフィア、オスカー、先生。


『わたしと、本当の家族になろう?』


 ああ、なりたかったなぁ。家族に。

 失っちゃったんだなぁ、もう。


『さらにさらにね! テネリフェがね! もし信じられないなら、俺と本当の家族になろうって!』


 そうか、あのとき腹が立ったのは、あの二人が俺が失ったものを手に入れようとしていたからか。

 うらやむなんて器の小さい男だな。まったくもって本当に小さい。

 ……だけど、あの苦しみを味わえと思うほど、俺は外道じゃない。

 帰る足を止め、再び戦場へと駆けだした。

 帰った後のことなんかクソくらえ。

 どうせ俺に帰りを待つ人間なんかいない。

 だがあの二人には家族がいる。

 これだけは、切り捨てたくない。

 家族を切り捨てるような人間には絶対にならない!

 戦場に舞い戻る。


「醜いのはお前らだ」


 敵指揮官の首を刎ねる。

 血が噴水のように吹き出し、俺の体を赤く染め上げる。


「き、君は……」

「な、なんで……」


 虚ろな瞳で俺を見上げるテネリフェとエウラリア。


「なんで戻ってきたか聞くんじゃねぇ。俺もよくわかってねぇ」


 近くに落ちていた槌を拾い上げ、肩に担ぐ。

 指揮官が死んだことで一時軍はざわつくも、すぐに次席指揮官が指示を出し、態勢を整える。

 俺が聖人だとわかったからか、指揮官は前に出ると言ったことはせずに隊列を即座に組んで後ろへ下がる。

 なかなかに優秀な部隊のようだ。


「に、げる、んだ」

「いやだね」

「だ、め……もどって、このことを」

「知るか、街のことなんかどうでもいい」


 全方位を囲んでくる軍人たち。

 盾を構え、槍を構え、矢をつがえ、剣を向け。

 多勢に無勢、普通に考えたら絶対に勝てない。

 まるであの時のようだ。

 勝ち目なんか一切ない、だから逃げろとソフィアに言ったあのときに。

 結局、彼女と同じように俺もまたここに戻ってきてしまった。


「あの時の君も、こんな気持ちだったのかな」


 仮面の下でわずかに笑う。


「かかれ!!」


 軍の号令がかかり、一斉に凶器が降り注ぎ、振るわれる。

 俺は手を伸ばし、


「《怒りの日ディエス・イレ》」


 空から死を降り注がせた。

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