第56話 王の条件


 あたしと王の戦いは苛烈さを増していた。

 互いの攻撃で戦いの場は傷つき、そのたびに場所を移していたことで、城はどんどんと形を失っていく。

 そうして移動し続け、城の中心少し上にあたる大広間にやってきた。


「逃げ回ってばかりか? 王を前に余興とは、つくづく魔法使いよな」


 四方八方から現れる光の刃は留まるところを知らず、あたしを串刺しにしようと次々と現れる。


「うーん、一つ訂正かな? あたしの前には、どこにも王なんていないわよ」

「貴様が余を王と認めずとも構わぬ。王とは認められて成るものではない。生まれいづる時から王なのだ」


 正面から来た光の刃をしゃがんで避ける。

 あたしの後ろにあった柱が跡形もなく蒸発した。


「そうなの? あたしの知ってる王とは全然違うのねぇ。人に慕われる人が王になるもんだと思ってたんだけど」

「それは絶対的な王ではない。所詮、他者より比較して優れているだけの贋物よ。王とは比較するまでもないものだ。故に、余は絶対的な王である」

「面白いこと言うんだねぇ」


 的を小さくするために、姿勢を低くして動き回る。


「うぁッ!?」


 突然背後から現れた光をすんで避ける。

 だけど、あたしのローブがかすり、一瞬で消し炭になった。

 当たったら、間違いなく助からない。

 魔法でいくら防御しても貫通するほどの威力。


「ホントに反則!」


 地を這うように移動するあたしを焼こうと、光の刃が至る所から降り注ぐように現れる。

 そのすべてを、あたしはしゃがんだり飛び跳ねたりで必死に全部避けた。

 光の刃は地面や壁をどんどんと壊す。


「よく避ける。エルフの妙技か?」

「すばしっこいのは似てるかもね。ま、このウィルベルさんの方がうんと凄いんだけどさ!」


 やけくそで叫ぶけど、状況はよくない。


「あと少し……あと少し」


 目だけで部屋の中を見渡す。

 避けやすいからとやってきた広くて豪華だった大広間は、見るも無残な状態になっていた。

 赤く幅広だった絨毯はいたるところが黒く炭化し、床は穴が空いていたり、へこんだりと荒れ果てていた。

 天井を支える柱も何本も壊れ、残っているものも半分近くひびが入ったりかけていたりと危険な状態だった。

 この部屋に来てから、ずっと走り続けてる。


「はぁ、はぁ」


 肺が苦しい。


「貴様は余を王ではないと言ったな。では王とは何か? この世界において王とはただ一つしかない」


 未だ遊び半分の男は、愉悦の混じった表情で話し出す。


「さっき言ってた絶対的な王ってやつ? 一体どこがどう絶対的なのか教えて欲しいものね」

「よかろう。王たり得るに必要な物とはなにか――」


 男は光の刃を足元で爆発させ、一瞬であたしに詰め寄った。

 左手の青い剣をあたしの首めがけて横なぎに切り払う。


「くっ!」


 咄嗟にあたしは近くにあった瓦礫を持って投げつける。


「王とはの上に立つ者だ。その人が死体かどうかはたいした違いではない」


 勢いよく飛んだ瓦礫すら、青い剣は一瞬で切り裂いた。


「死人の上に立つだなんて、リッチにでもなるつもり?」

「先に生きた先人もまた死人である。彼らを含め王は人の上に立つ者だ。故に今を生きるものが死んだところで意味はない」

「最初だけ聞けば、悪い話じゃないんだけどねぇ」


 立て続けに瓦礫を蹴とばしたり投げつけたりして、距離を取る。


「結局のとこ、あんたは他人に興味ないんでしょ? 自分の国に興味ない人間に王なんて務まるの?」

「愚問だな。貴様は王と国を全く理解しておらん」


 男は瓦礫が鬱陶しかったのか、黄金の剣を振るい、光の刃で一瞬ですべての瓦礫を蒸発させた。


「王とは国であり、国は王そのものである。王さえ存在すれば国は成り立つ。故に王に求められるのは、最後まで立ち続ける強き力よ。生き残るべきは王であり、それ以外は王のために死ぬが定めよ」

「……」


 ……ホントに、聞けば聞くほどこの国は嫌いになるわ。


「大局を見よ。生き残るべきがどちらかわからぬほど愚鈍ではあるまい、魔法使い。あのウィリアムとか言った自国に歯向かい、勝てもしない戦いに挑む愚者ども。搾取され死にに行くしかない死者どもなど相手にする価値もあるまい」


 再び男は黄金の剣を振るい、あたしに大量の光の刃を打ち出した。


「この国で悠久を生きる余こそが、真の王である」


 ――心の底からカチンときた。

 この男は、ただ自分一人が生き残って王であると言いたいだけ。

 たったそれだけの理由で、死人である天上人を利用して大勢の人間を殺し合わせた。

 この国は、この男が作ったこの男の存在を証明するためだけにある蠱毒。

 それ以外は全て死ぬために国に閉じ込められた愚者瓶に入れられた毒虫だけ。


「勝てもしない戦いに挑む愚者……いいじゃない。現実に怯えて引きこもるより、よっぽど誇れる」


 絶え間なく、死角を狙ってやってくる光の刃を必死に避ける。

 避けながら、あたしは言った。


「あんたのその馬鹿みたいな持論に言いたいことは山ほどあるけど、百万歩譲ってその主張を認めたとしてもさ」


 転がるようにして攻撃を避ける。


「あんた、自分で自分の主張を否定してるじゃない」

「なに?」


 最後の攻撃をよけ、足元に光の刃が直撃した。

 ぐらぐらと揺れる足元。


「あいつは……ウィリアムはあんたよりも多くのものを背負って、最後まで立ちあがり続けるわ」


 あたしは立ち上がり、を構えた。


「犠牲にする奴、間違えてない? 裸の王様?」

「……所詮貴様も愚者か」


 奴は右手で黄金の剣を、左手で青藍の剣を構える。

 あたしの足場はぐらついていて、一歩でも動けば踏み抜いてしまいそうに脆くなっている。

 次の攻撃は避けられない。

 レイヴェステルは黄金の剣を上に振り上げて、


「終わりだな」


 振り下ろす。

 そして再びやってくる、降り注ぐ光の刃。

 部屋中を埋め尽くさんばかりに展開された光の門の前では、どこにも逃げ場なんてない。

 この瞬間を――


「待ってたわ」


 刃が降り注ぐ直前、あたしは杖を地面に突き立てた。

 その瞬間、床全体が崩落した。


「――何ッ!?」


 大広間の床が抜け落ち、成すすべなく男とあたしは落下した。

 落下したことで、降り注いだ光の刃はあたしの頭上を通り過ぎていく。


「ばかすか地面にばっか向けて撃ったら、こうなるに決まってるじゃない」


 落ちながらも、男はこちらに剣を向けてきた。


「愚か者が、この程度で余を倒せるとでも――」

「あらら? もしかして下を見てないのかしら? それとも外に目を向けないからわからないのかしら」

「なに?」


 男はあたしに向けていた視線を、下に向けた。

 そこには――


「太陽ってのはね、下から昇ってくるものよ」


 真っ白な太陽――《赫々天道ソール・リベラティオ》。

 あたしはずっと、魔法を使わずに避けていた。

 それはすべて、このときのため。


「さあ、太陽をどう防ぐ?」


 このまま焼けちゃえ。

 勝利を確信した、そのときだった。


「見くびるな」


 太陽よりもなお眩しい、極太の光の門が現れた。


「うっそ!!」


 男が剣を《赫々天道》へ向けると、光の門も呼応するように動く。

 そして黄金の剣が煌々と輝きだすと、門もまた光り輝き、部屋中が太陽の光と剣の光で目も開けられないほどの光と熱で溢れ出した。


「天上に太陽は既にある。出来損ないが余を落とせるものか」


 光の門から、太陽を飲み込む神の光が放たれる――

 しかしその直前に、フッと部屋の光が半分消えた。


「……なに?」


 消えたのは、白き太陽の方。

 あたしの魔法が消えたのだ。

 まだ神気の刃は落ちてない。ひとりでに消えたのだ。

 だって――


「あの魔法の役目は終わったの」


 あの部屋に着いたときからあたしは入念に準備し、危険を冒して地面に攻撃するように仕向け、地面を崩落させて《赫々天道ソール・リベラティオ》の罠にはめた。

 あの男にとってもあの魔法は危険、それを不意を突かれて発動されたら絶対に全力で対処する。

 ――だからこそ、絶好の囮になった。


「――貴様!!」


 男が振り返り、剣を振るけどもう遅い。

 杖から魔法の剣が伸びる。


 ――あたしに剣の才はない。


 しかも相手は二振りも神器を持っている。

 圧倒的に接近戦は不利。

 だけど――


「剣で勝負しないとは、言ってない!!」


 失った太陽が形を変えて、あたしの杖から現れる。


「――《赫々勝剣ソーリス・ルクス・オリオール》!」


 杖を男に向けて一直線に突き出した。


「その程度の魔法で、我が英雄に勝ると思うてか!!」


 男は左手の全てを切り裂く青い剣を振り下ろす。

 あたしとは違う、空中で身動き取れないにもかかわらず圧倒的に早い剣速、威力。


「はあああ!!」

「ぬおおおお!!」


 太陽の剣と青藍の剣が交差する――

 わずかな瞬間、広い部屋は眩い光で満たされ、あたしと奴は同時に床に落下した。

 埃が舞い上がり、がらがらと上から瓦礫が降って盛大な音が鳴り響く。


 ……やがて、瓦礫は落ち切った。

 瓦礫の下に徐々に広がる赤い血の池。

 一転して、静寂に満たされた場所。

 がらりと、瓦礫の中から音を立てて、立ち上がったのは――


「……あたしの勝ちね」


 銀髪が赤く染まったこのあたし。

 左手に突き刺さっていた青い剣を強引に抜く。

 どばどばと血が滝のように落ちていく。

 痛みに顔をしかめる。


「余が、この余が負けるなど……ッ!!」


 瓦礫の下から苦悶の声を上げて這い出そうともがく蟲毒の王。

 男は左腕を失い、左腕の切断面から右手首まで直線的に大やけどを負っていた。

 もはやこの男に剣を握ることはできない。それどころか立つことすらも。


「余は王である! 生きるべきは余であるぞ! 死ぬのは貴様だ!」


 最後まで醜くもがくレイヴェステル。


「最後まで生き残るべきは王、ねぇ」


 あたしはもがきつづける瀕死の男に杖を向けて。


「ばっかみたい」

「なにをッ!」


 男の顔が憤怒に染まる。


「強い武器を持ってるとか、強い竜を従えてるとか、長く生きてるとか。王の存在理由はただ国を富ませること一つだけなのに、あんたはその過程の派手さばかりを評価の指標にして人を見下した」


 血にまみれた体を引きずって、それでも男はあたしに手を伸ばす。


「貴様……貴様!」

「あんたは今、十数年しか生きてないただの旅人に負けたのよ。人一人が持つ力を、あんたが愚者と呼ぶ人が持つ力を、あんたは見くびった。だからあんたはここで負けるの」


 杖の先端に光を集める。


「最後まで生き残るのが王とかいってたけど、生き死にでしか人を判断できないちんけな頭で、一体何がわかるのよ。そんな『後ろ向きな存在証明』に頭を使うぐらいなら、少しは現状打破に尽くしなさい」

「ぐ、おのれぇぇぇぁぁぁああああ!!」


 胸から血を流しながら、瓦礫から飛び出してつかみかかってくるグラノリュースの王。

 蟲毒な国の孤独な王。

 奴の額に杖を向け――


「最後まで生き残るのが王なんじゃない。みんなと生きるのが王なのよ」


 どさりと、一人の愚者の体が倒れる。

 瓦礫の上を、赤い血が流れていった――


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