第2話 思いもよらぬ勅命

 卒業式の後、私は両親と一緒に王宮に呼ばれていた。


 ひょっとして両親が式に来るかと思ったのだが、王宮の待合室で合流と連絡を受けた。


 さすがに今日はいつもの目立たない格好で行くわけにはいかず、両親から指定された近くの美容室で、髪をアップにして、メイクをし、用意されていたドレスに着替えてから、王宮に向かう予定だった。


 メイクをする人が、私のことを綺麗だとお世辞がしつこくて閉口した。しかも、なんだかやたらと気合が入っていて、時間ギリギリになってしまった。


 アードレー家が手配した馬車に慌てて乗り込み、王宮に入り、なんとか時間通りに待合室で両親に合流した。


 こうやって近くで両親と面と向かって顔を合わせるのは、十年ぶりぐらいに感じる。


「……カトリーヌか?」


「はい、遅くなりまして申し訳ございません」


 お父様が私を見て少し驚いている。お母様が冷たい目でチラッと私を見た。


「……あなた、無駄に綺麗ね」


 お母様が私に話しかけたのは、まさに十年ぶりだ。


「はい?」


 どういう意味だろうか。


「アードレー侯爵様、お入り下さい」


 お父様が何か私にお話しされようとしたとき、衛兵が呼び出しに来た。


 三人で席を立ち、謁見の間に進んだ。私は両親の後ろにうつむき加減でついて行っているため、誰が室内にいるのか分からないが、上座の壇上に陛下と王妃様がおられることは何となく分かった。


「陛下、アードレー侯爵夫妻と長女カトリーヌ嬢にございます」


 右斜め前方から女性の声が聞こえた。両親にならい、陛下と王妃様に敬礼をする。


「おお、大義じゃ。顔を上げて良いぞ」


 顔を上げて良いのはお父様だけだ。私とお母様は俯いたままでお話を拝聴する。


「勅命を伝える。カトリーヌ・アードレーをダンブル国の皇太子妃として遣わす」


 勅命官が朗々と勅命を読み上げた。


 え? ダンブル国?


「ありがたき幸せ。カトリーヌ、お前からも陛下にお礼を申し上げなさい」


「は、はい。ありがたき幸せにございます」


 私は頭が混乱して卒倒しそうだったが、とにかく陛下に失礼はまずいと、何とか踏ん張って、声を出した。


「ふむ、カトリーヌ、どのように成長したか、しかと姿を見せてみい」


「は、はい」


 嫁ぐ相手に何かを期待している訳ではなかったので、相手が変わっても私のやることは変わらないと思い直した。私は冷静さを取り戻して、顔を上げた。


 右手に皇太子もおられた。こちらを見て驚いたような顔をしているが、驚いたのはこっちの方だと言いたかった。


(あなたが相手だと思っていたわよ)


「これは何とも美しく成長したではないか。これほどの美貌とは聞いておらぬぞ」


 陛下が何故か少し不機嫌なご様子だ。お父様がハンカチで額を拭っている。


 今、私が美しいって?


 謁見の間がざわつき始めた。


「陛下、今更変更はできませぬぞ」


 恐らくあのお爺さんはマルクス宰相だ。


「分かっておるわ」


「ち、父上!」


 皇太子殿下が何だか狼狽えている。


「黙っておれ!」


 陛下は殿下を一喝された。


「カトリーヌ、ダンブル国が和平のための婚姻を提案してきてな。王室に適齢の王女がおらず、そちに行ってもらうことに決定したのじゃ。女に頼るのは情けない限りじゃが、今、王国にダンブル国と敵対する力はない。そちに犠牲になってもらう。許せ」


 陛下が許しを乞うなんて……。私は役に立てるんだという手ごたえを感じた。


「この身が王国のためになれること、光栄至極にございます」


 私は今度は凛とした声で答えた。


 ダンブル国は好戦的な野蛮人の国だ。どんな運命が待っているか分からないが、私が我慢するだけで王国のためになるのであれば、少しは兄に恩が返せたような気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る