第7話

 逃げ出した俺はとりあえず自身の通う学園を観察した。


 どこから見ても分かる、絶景だ。


 絵物語に登場するようなお城、それをそのまま切り出したかのような姿。


 こんな場所で今から学べると思うと正直ワクワクした。


「なんだ?緊張してるのか?」


 感慨に耽っていると、突然声をかけられる。


 振り向くと、そこには同い年くらいの男がニカっと笑っていた。


「新たな弟子か?」


 待て、早まるな。


 そうやって直ぐに弟子を取った結果を見ろ。


 落ち着け、今はまだその時じゃない。


「緊張はしてるな、学園初めてだし」

「お!!やっぱりか。お前見たことないし、違う国から来た口か?」

「いや、元々この国だよ。ただど田舎だから学校に通う距離じゃなかっただけだ」

「そういうことか。ま、そう慌てるな。俺が色々と世話焼いてやるよ」

「そりゃ助かるな」


 気の良いやつ。


 あとちょっと面倒そうな奴。


 ジークと出会った時の第一印象はそんな感じだった。


「あんたも昨日までプルプル震えてたくせに、何カッコつけてんのよ」

「ぬを!!居たのかパメ」

「そっちのお前より頼り甲斐のありそうな子は誰だ?」

「お前、思ったよりも口悪いな」


 男は深く息を吐く。


「こいつはパメラ。家が近所のいわば腐れ縁だ」

「こんにちは。急に話しかけられて驚いたでしょ。こいつはジークって言うんだけど、バカなだけだから許してね」


 ごめんねと手を合わせて謝るパメラは大変可愛らしい。


 俺の周りにもこれくらいの女の子がいてくれたらなー。


「ジーク、お前ずるいな。こんな可愛い幼馴染がいるなんて」

「顔は可愛いのは認める。だが、いちいち小言をぐちぐちと言ってくる性悪女だ。羨ましがられる謂れはない」

「うわ、出た。知ってるかジーク。そういうのフラグって言うんだ。どうせ1年もしない内にゾッコンになってるぜお前」

「それはないな、断言する。そもそもお前も昔のパメラを知れば」

「はいはい、話はそこまで。初対面でここまでグイグイ言ってくる人初めて見たけど、とりあえず教室に行きましょ」


 パメラが歩き出し、俺らも話を止めその後ろを着いていった。


「テンセって名前か。珍しいな」

「私も初めて聞いたかも」

「うちの親が変人なんだよ。妹の方はちゃんとした名前なのに、なんで俺だけ」


 どうやら話を聞くと俺達は同じ教室らしい。


 配られた制服でクラスが決められているらしく、俺の姿を見てジークは話し掛けてきたそうだ。


 ん?ということは


「聖女様と同じクラスか。緊張するな」

「やっと白状した。やっぱり緊張してたんだ」

「な!!し、してないし!!全然聖女様とか興味ないし!!」


 ……まずいな。


 何がまずいって色々まずい。


 妹とケイトはそもそも学年が違う。


 カリナも同じクラスだとしてもTPOを弁えるだろう。


 だが、エリーは別だ。


 あれは常識が一切通用しない相手。


 どうにか対策を考えねば、初日で俺の学園生活が終わる。


「どうしたんだ?急に顔色変えて」

「ただでさえ初めての学舎なのに聖女様もいるから緊張してるんだよ」

「そういうことか。でも安心しろ。意外と普通だし、田舎出身のお前が聖女様と関わることなんてまずないから」

「あはは、そ、そうだよなー。大丈夫……だよな。と、とりあえず教室急ごうぜ。早めに雰囲気を覚えておきたいからさ」


 俺は二人を急かし、教室へと向かった。


「へぇ」


 教室は思ってたより普通。


 外見がお城みたいだから中も凄いのかと思ったら、実用性を求めた内装。


「大学と似たようなもんか」

「大学ってなんだ?」

「大学ってのは……何だろうな。俺の想像した学校みたいなもんだ」

「何だそりゃ。とにかく席は自由そうだし、どこ座る?」

「私はどこでも」

「じゃあ端っこがいい。出来るだけバレない場所が」


 俺がそう言うと、ジークの目がキランと光る。


「はっはーん。さては先生に当てられるのが怖いんだな。へへ、しょうがない奴だなテンセは」


 言い返したいが、そっちの方が都合がいいと一番奥の席に向かって歩く。


「ようジーク。今年もよろしくな」

「悪い、この前借りた金放課後返すわ。すまん」

「あ、パメラちゃんおはよう」

「同じクラスになれてよかったー」


 すると道中、なかなかの人に話しかけられる。


 思ったよりも二人は有名人らしい。


「クラスの中心的なあれか?」

「そうだ!!」

「違う違う。私達は前の学校では便利屋みたいな仕事してて。それで色んな人と関わる機会が多かっただけ」

「へぇ。便利屋か、凄いな」


 元々世話焼きの二人で、色々と頼られることが多かったらしい。


 だからいっそ便利屋をしたらどうだと勧められ、遂には部活動となるくらい発展したそうだ。


「楽しかったぜ。他の部活の助っ人とか、テスト勉強の手伝いとか」

「またやってみたいねー」

「やればいいだろ?学園にも部活動はあるんだし」

「あー」

「それがちょっとね」


 口籠る二人。


 何か事情があるのか?


「大したことじゃないんだよ。ただ、部活動を始めるには貴族の部員が必要なの」

「あー。そういうことか」


 つまるところ、金だ。


 学校と呼ばれる場所はいわば国が管理した施設。


 そんで学園は人々の力で成り立った施設だ。


 そんなわけで学園では結構金持ちが優遇されたりする。


 それは仕方ない。


 実際金を出してるんだから、むしろそれだけの権利があって当然なのだ。


 それに俺達みたいな平民でもしっかりと学びことが出来る。


 文句を言えるような立場ではないのだ。


「あくまで趣味の一環になるかな」

「部活となったら学園から援助が出るらしいが、仕方ないな」

「そっか。なら俺も微力ながら手伝うよ。金はないが、人に物を教えるのは得意なんだ」


 結構な自信じゃんとおちょくられる。


 苦笑いを浮かべる俺だが、正直言うと部活動設立はとある人物達に頼めば可能だったりする。


 誰かと言われたらそりゃ……ん?


「なんかクラスがざわついてるな」


 噂をすればなんとやら


「綺麗……」

「す……げ」

「まず!!」


 瞬時にジークの背に隠れる。


 言うまでもないだろう。


「皆さん、これから1年間よろしくお願いします」


 エリーが現れたのだ。


「神々し過ぎるぜ」

「あれは嫉妬とかいう次元じゃないよね。神、神だよあれは」


 エリーの美貌に見惚れるジークとパメラ。


 共感は出来る。


 だが同じ目線には立てない。


「見ろパメ。聖女様が何か困ってらっしゃる。お前が助けに行け」

「むむむ無理!!恐れ多い。私多分話しかけられただけで死ぬ」

「てかテンセ、お前は何してんだ。見てみろ、目が浄化されるぜ」

「いや大丈夫。ほんと大丈夫。だから絶対に目立たないでくれ。あと、俺はこの世にいないものと扱ってくれ」


 俺が必死に懇願していると


「待って2人共。なんか聖女様こっち来てる」

「「何!!」」


 今度は机の下に隠れる。


 ここなら覗き見られない限りバレることはない。


「すみません、少しお時間よろしいでしょうか?」

「は、はい!!」

「全然大丈夫です!!」


 驚くほど大きな声で反応する2人。


 なんならジークがは声が裏返っていた。


「お師匠様を探しているんですけど、何か心当たりはありませんか?」

「お師匠様……ですか」

「すみません、ちょっと……」


 誰だそいつはと首を傾げるジークとパメラ。


 まぁそりゃそうだ。


 お師匠様って言われても誰か分からんよな。


「名前とかは分かんないんっすか?」

「すみません、個人名は避けろと事前に言われていて答えられないんです」


 エリー!!


 約束を守れるなんて偉い子だ!!


 でも何でだ。


 学園では話しかけないでくれという約束はどうして守ってくれないんだ!!


「何か特徴とかないんっすか?」

「特徴は……カッコいいです」

「隣にいるこのアホ面は顔だけはいいですけど、これよりもです?」

「あ、ごめんなさい。お師匠様はカッコいいですけど、イケメンではないんです」


 俺の心臓に巨大な釘が刺さった。


「すんません。それだけじゃちょっと……」

「すみません!!言葉足らずで。私の落ち度ですね……」

「い、いえ!!そんなことはないっす!!」

「そ、そうですよ!!私達が学がないばかりに!!」


 暴走してるぞ2人共。


「えっとですね。お師匠様は同じクラスで背丈がこれくらい。赤い髪で腰に剣を下げています。それととても可愛い妹さんがいます」

「なんか一人該当する人間がいるけど」


 ジークと目が合う。


 でもまさかこいつじゃないよなと目を逸らす。


「すみません、知らないっす」

「ごめんなさい」

「いえいえ、こちらこそお時間を取らせてすみません。それと、そう畏まらないで下さい。確かに私は聖女という肩書きがありますが、この学園では皆さんと同じ一生徒です。どうか気軽にお声掛け下さい」

「「は、はい!!」」


 なんかいい感じに乗り切ったぜ。


 イケメンじゃないだとか言われた時は正直飛び出そうなくらいショックだったが、なんとか俺は乗り切ったのだ。


 後は次に会った時に俺を探すのも禁じればさすがのエリーも落ち着くだろう。


 ダメな部分を直していくのも師匠の務めだ。


 エリーには悪いがしばらく会うことはな——


「いて」

「あ、悪いテンセ。テンション上がっちまって」

「いや、別に大丈夫だけ」

「テンセ?今、テンセと言いましたか!!」


 ……


 まずぅうううううううううううううううううううううううううううううううい!!


「「……」」


 2人の目線が突き刺さる〜。


「お知り合いなんですか?」

「えっと……」


 パメラは俺をもう一度見た後


「友達です。テンセとは」


 その言葉に胸がキュンとするが、今はそれどころじゃない。


「凄い!!さすがお師匠様です。既にこんな素敵なお友達を作っているなんて」

「聖女様とテンセはどういう関係なんっすか?」

「関係……ですか」


 うーんと悩むエリー。


「友達であり、恩人であり、師でもある。どう表現するのか難しいですね。でも強いて言うのなら」


 大切な人


「この言葉が一番しっくりきますね」


 もの凄い速度でこちらを見た二人に言い訳をする。


(違うんだよく聞け。その子は純粋なだけなんだ。友達のことを好きな人って言っちゃう系の子なんだ)

(本気で言ってるのか?)

(嘘でしょ?)

(てか普通に考えてみろよ。聖女と俺が釣り合うはずないだろ?だからマジのマジで俺とエリーの間には何もない。ドューユーアンダスタン?)


 2人はニッコリと微笑みかけ


「「テンセここにいます」」

「お前ら裏切ったなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「お師匠様!!」


 俺はピタリと動きを止め、ロボットのようにエリーの方を向く。


「な、なんだ……ですか?」


 そんな俺の様子を見て少し苦笑いをしたエリーは頭を下げ


「おはようございます」


 ただ一言、それだけを口にしたのだった。

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