猫とぼくと転校生

渡貫とゐち

猫とぼくと転校生


「にゃー」


 茂みに向かって何度も何度も「にゃー」や「なぁー」と声をかけている転校生を見つけた。

 名前は確か……森川もりかわ、だ。

 あまり表情を変えない、ダウナー系の女の子。

 赤いランドセルを背負い、長ネギのように飛び出したリコーダーは、ぼくと同じである。

 女子だからちゃんとしているはず、というのは勝手なイメージだったようだ。

 女の子だって、ぼくたちと同じく雑にしまう時だってあるのだ。


「なぁー」


 すると、茂みの奥で、がさごそっ、と音が聞こえた。

 猫でもいるのか? だから声をかけているのかも……、森川の鳴き声はかなり上手だ。

 目を瞑って聞けば、その鳴き声は猫のものだと思ってしまう。


「出てこないな」


 言いながらぼくが近づくと、顔は動かさないけど、意識は向けてくれたらしい……それはなんとなく分かった。

 森川はなにも言わないけど、拒絶されたわけでもないから……隣にいてもいいのだろう。

 ぼくも屈んで同じように鳴いてみる。

 森川ほど上手ではないけど……「にゃあー」


「にゃー」

「なぁー」

「にぃー」


 と、ぼくたちはしばらく、人間の言葉を忘れて語りかけ続けた。

 ……外から見ればかなり変な小学生だろう……それとも微笑ましく見てくれるだろうか。


「……森川、もういなくなっちゃったんじゃないか?」


 さっきはがさごそと茂みが揺れたけど、今はもう……音沙汰がない。

 きっと、もうどこかへいってしまったのだろう。


「これ以上呼んでも、出てくることは、」

「ううん、いるよ」


 と、森川が「にゃあ」と声をかけた。――すると。

 茂みが揺れることはなかったけど、陰から飛び出してくる存在がいた――


 それは近くにいたぼくの腕に素早く巻き付き、あっという間に上ってきて……目が合った。

 茂みの奥にいたのは、猫じゃない……こいつ、は……――ッ。


「へ、蛇じゃないかッッ!!」


「わたし、猫を呼んでるとは一言も言ってないけど」


 そんなことは…………、確かに、言ってはいなかった。

 猫の鳴き声で、茂みに語りかけていただけで……――でもっ、状況を見れば、誰だって猫を探しているって思うだろ!?

 なんで猫の鳴き声を!?


「にゃー、って言うと、蛇が近づいてきてくれるからってだけだよ。蛇からしたら、猫の鳴き声の真似をしているわたしの声が、安心するのかもね。だから茂みから顔を出してくれるのかも」


 蛇の気持ちは分からないから、本当のことは断言できないけど……。


「と、とにかくっ、蛇を呼んでいたなら触れるだろ!? 早くこいつを取ってくれ! 毒は、ないとは思うけど、だからって噛まれたいわけじゃないんだからっっ!」

「え、無理だよ、わたし、触れないもん」

「は!?」


「触れないもん。嫌いじゃないけど、苦手ってだけで」


 それは同じなのでは……?


「眺めるのは好き。でも触れない……変?」


 そう言われると、変、ではないけど……。

 でも今だけは、役立たず、と言うしかないな。


「木の枝でつつけばどいてくれるかな」

「頼むから刺激だけはしないでくれよ……、ぼくが噛まれるんだからな?」


「あ」

「どうした!?」


 なにか名案でも浮かんだのか!?


「……猫の手も借りたいね。呼んでみる? にゃー……なんて」


 確かに、猫の手も借りたい状況ではあるけど……。

 猫に蛇を任せられるのだろうか……?

 不安だ。


 それでも今すぐに手が欲しいからこそ、猫の手も借りたい、なのだろう。



 ―― 了 ――

 初出:monogatary.com「猫とぼく」

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