第68話 砲撃戦開始
第五八・七任務群の上空には、わずかではあるがP38ライトニングやP47サンダーボルト、それにF4Uコルセアの姿があった。
絶望的な状況の中、それでもオアフ島を見捨てることもなく、日本の水上打撃部隊に立ち向かおうとする第五八・七任務群に傘をさしかけるためなのだろう。
彼らは数的不利にもかかわらず、圧倒的多数の零戦に勝負を挑んだ。
だが、結果は無残なものだった。
P38やP47、それにF4Uがいかに高性能な機体であろうとも、しかし零戦とはあまりにもその数が違い過ぎた。
かつて、小沢長官が飛行機は数だと看破したが、まさにそれを地で行くような戦いだった。
そして、その空戦域からほど近い海面では日米の艨艟が相まみえんとしていた。
「真っ向勝負を受けてくれたか」
こちらの進行方向に対して、同じくその舳先を向けつつある四隻の米戦艦。
その姿に第一艦隊司令長官の角田中将は感嘆交じりのつぶやきを漏らす。
勝つ自信が有るのか、あるいは後退することが許されていないのかは知る由も無いが、しかし角田長官にとっては望む展開だ。
「目標を指示する。『大和』敵戦艦一番艦、『武蔵』二番艦、『長門』『陸奥』三番艦、『伊勢』『日向』四番艦。距離二五〇〇〇メートルで砲撃を開始せよ」
制空権争いに勝ったことで観測機が使い放題だから、本来であればもう少し遠めから撃ちかけてもよかった。
ただ、遠距離砲撃は命中率が悪い。
それゆえに、どうしても外れ弾が多く生じてしまう。
それと、今後の状況次第では、第一艦隊はオアフ島に対して艦砲射撃を実施することが考えられた。
ある程度の距離まで踏み込んでからの砲撃としたほうが、よけいな無駄弾を出さずに済む。
先に砲撃を開始したのは米戦艦のほうだった。
彼我の距離がまだ二七〇〇〇メートル以上あった時点でその砲門を開いたのだ。
おそらくは三〇〇〇〇ヤードあたりに砲戦距離を設定していたのではないか。
たとえ観測機が使えない状況であったとしても、しかし優れた射撃管制システムを持つ米戦艦であれば命中弾を得ることは可能だと考えたのかもしれない。
「敵一番艦、目標本艦。敵二番艦、同じく目標本艦。敵三番艦、目標『武蔵』。敵四番艦、同じく目標『武蔵』」
見張りからの報告に、「大和」艦橋にいるその誰もが納得の表情を浮かべる。
敵は「大和」や「武蔵」を無視して、「長門」や「陸奥」それに「伊勢」や「日向」にその矛先を向けるような真似はしなかった。
最大脅威から排除していくという、集団戦のセオリーに忠実な振る舞いだ。
つまりは、米水上打撃部隊の指揮官は堅実で常識的な人物だということなのだろう。
(こちらとしては、そのほうが助かる)
二隻の米新型戦艦に狙われるはめになったのにもかかわらず、しかし角田長官は胸中で安堵の吐息をこぼす。
「大和」それに「武蔵」のバイタルパートに張り巡らされた装甲は、距離二〇〇〇〇~三〇〇〇〇メートルから発射された四六センチ砲弾に耐えられるように設計されていると角田長官は聞いている。
ただし、あくまでも設計段階における話であり、実際のところはどうなのかは分からない。
しかし、それでも米戦艦が持つ四〇センチ砲弾であれば、十分にこれに耐えることができるはずだ。
一方で、「長門」型戦艦や「伊勢」型戦艦はそうはいかない。
彼女たちは「大和」型戦艦ほどには撃たれ強くない。
当たり所によっては、一撃で轟沈ということもあり得た。
だからこそ敵戦艦部隊が採用した戦術は、角田長官にとっては目論見通りというか、ある意味ありがたいものに感じられた。
その米戦艦が装備する射撃管制システムはかなり優秀なのだろう。
直撃はもちろんのこと挟叉すらもされてはいないが、しかしそれほど見当はずれの場所に着弾しているわけでもない。
二七〇〇〇メートルという大遠距離の初弾ということを考慮すれば、十分に合格点が与えられる成績だ。
「命令を変更する。少し早いがただちに応射を開始せよ」
戦いの中での急な命令変更は、たいての場合において歓迎されることは無い。
しかし、角田長官の命令に異を唱える者は皆無だった。
このままでは確実に着弾を寄せられ、機先を制されてしまう。
そういった危機感あるいは焦慮を抱くくらいには、米戦艦の砲撃の正確性は脅威に映っていた。
砲術員たちはすでに用意万端整えていたのだろう。
角田長官の命令からさほど間を置かずに砲撃を開始した。
「大和」が口火を切り「武蔵」がそれに続く。
「長門」や「陸奥」それに「伊勢」や「日向」もまた四一センチ砲を振りかざして反撃に出る。
「大和」以下六隻の戦艦には英国製の射撃照準レーダーが装備されていた。
射撃照準レーダーは従来の光学測距儀に比べてかなりに正確に距離精度を出すことができる。
ただし、一方で射撃照準レーダーは方位精度が甘いので、ここは従来の光学測距儀を併用することでその難を補うことにしている。
それと、本音を言えば光学測距儀もまたドイツ製の優秀なものに換装できていればベストだったのだが、さすがにこの戦いには間に合わなかった。
彼我の距離が近づくにつれ、互いの射撃精度も向上していく。
先に命中弾を得たのは、先に砲撃を開始した米戦艦のほうだった。
敵の旗艦であり一番艦の「サウスダコタ」が放った四〇センチ砲弾が「大和」の予備射撃指揮所脇に命中、着弾それに炸裂の衝撃によってこれを使用不能に陥れた。
さらに二番艦の「インディアナ」も旗艦に続く。
こちらは予備射撃指揮所のすぐ後方にある四番副砲塔に命中、これを爆砕した。
相次ぐ被弾に、だがしかし角田長官以下第一艦隊司令部員に悲壮の色は無い。
確かに、米戦艦の四〇センチ砲弾が命中すれば艦上構造物に無視できない損害が発生する。
しかし、一方で四〇センチ砲弾は「大和」の装甲を貫くには至っていない。
このことで、弾薬庫を貫かれたりあるいは機関室に甚大なダメージを被る危険性は限りなく小さいことがはっきりした。
それでも、やはり相手に一方的に殴られるのは気分が良いものではない。
第一艦隊司令部員にイライラが募っていく。
さらに二発の四〇センチ砲弾を食らったところで、だがしかし砲術長から待望の報告が上がってくる。
「挟叉! これより一斉打方に移行します!」
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