第66話 戦艦殺し

 六隻の巡洋艦を露払いに、その後方に同じく六隻の戦艦が続く単縦陣。

 さらに、その左右にそれぞれ八隻の駆逐艦から成る単縦陣。

 敵の戦力構成ならびに陣形を確認すると同時に、一航艦攻撃隊指揮官兼「飛龍」艦攻隊長の友永少佐は命令を下す。


 「『飛龍』攻撃隊は左翼に位置する駆逐艦を叩け。第一小隊は一番艦、第二小隊は二番艦、第三小隊は三番艦を狙え。『翔鶴』隊ならびに『瑞鶴』隊は『飛龍』隊の攻撃が終了次第、敵戦艦の左舷から突撃を開始せよ。『翔鶴』第一中隊ならびに第二中隊は敵二番艦、『瑞鶴』第一中隊ならびに第二中隊は敵一番艦をその目標とする。攻撃の順序も同様に『翔鶴』第一中隊から始めて、最後は『瑞鶴』第二中隊だ」


 指示を終えるとともに、友永少佐は左翼に展開する八隻の米駆逐艦、その先頭艦に機首を向ける。

 直率する第一小隊の部下たちも、整然とした編隊を維持しつつ後続する。

 狙いをつけた米駆逐艦との距離が一〇〇〇〇メートルを切った時点でイ号一型甲無線誘導弾を発射、四機の天山はそのまま直線飛行を続ける。


 実のところ、天山にとっては発射から命中までの間が最も危険な時間帯だった。

 イ号一型甲無線誘導弾の必中を期すには正確な操縦が必要だ。

 しかし、そのためには定速定高度を維持する必要があった。

 機体が揺れていては、当たるものも当たらなくなってしまう。


 一方、米駆逐艦のほうは真っ先に自分たちに向かってくるイ号一型甲無線誘導弾を撃墜すことに躍起になった。

 発射母機である天山を撃墜すればイ号一型甲無線誘導弾は制御を失い無力化される。

 しかし、見たこともない兵器を目の当たりにした米将兵らは、そのことに思い至る余裕が無い。


 先頭に位置する米駆逐艦に向けて飛翔するイ号一型甲無線誘導弾だが、しかしこのうち三番機が発射したものが脱落する。

 無線操縦機構か姿勢制御機構、もしくは推進機構にトラブルが生じたのか、あるいは炸裂する高角砲弾の断片を急所に食らったのかもしれない。

 だが、残る三発のイ号一型甲無線誘導弾は、おびただしい数の火弾や火箭をかいくぐって米駆逐艦へと到達する。

 このうち、一発が甲板のぎりぎり上を通過してしまい外れ弾となったが、しかし残る二発が米駆逐艦の舷側に相次いで命中した。


 四〇〇キロの炸薬が仕込まれた一〇〇〇キロにも及ぶ弾体を、しかもそれを複数食らってしまっては装甲が皆無の駆逐艦にとっては致命的とも言えた。

 よほど当たり所に恵まれない限り、沈没は免れない。


 一番艦が猛煙を上げて脚を大きく衰えさせた頃には二番艦と三番艦の位置にあった米駆逐艦もまた洋上を這うように進むだけとなっている。

 「飛龍」第二小隊それに第三小隊に狙われた二番艦それに三番艦もそれぞれ二発のイ号一型甲無線誘導弾を食らい、完全にその機動力とそれに戦闘力を奪われていた。

 被弾した三隻の僚艦との衝突を避けるために、四番艦以降の各艦は回避のために舵を切らざるを得なかった。


 このことで、戦艦列の左翼を固めていた防護壁とも言うべき存在が崩壊する。

 この好機を見逃さず、「翔鶴」第一中隊が突撃を開始、戦艦列との間合いが一〇〇〇〇メートルを割った時点でイ号一型甲無線誘導弾を発射する。


 「翔鶴」第一中隊が放った一二発のイ号一型甲無線誘導弾は、だがしかし途中で三本が脱落する。

 イ号一型甲無線誘導弾もまた、新兵器にありがちな初期不良の呪縛からは逃れることができなかったのだ。

 それでも、この時代においては精緻の極みとも言えるイ号一型甲無線誘導弾のうちの七五パーセントを稼働させたのだから、むしろ上出来と言ってもよかった。


 米戦艦の前から二番目の艦、米軍で言うところの「アイオワ」に突き進む九発のイ号一型甲無線誘導弾に対し、それぞれ六隻の巡洋艦と戦艦から火弾や火箭が吹き伸びていく。

 そのうちの一発が「アイオワ」に到達する前に撃ち墜とされる。

 高速で迫る小さな的を撃墜するのだから、米艦が持つ対空能力はまさに驚異の一言だ。

 しかし、阻止できたのはその一発だけだった。

 大型爆弾に翼が生えた程度のイ号一型甲無線誘導弾を何発も撃ち墜とすのは、この時代の火器管制システムではいささかばかり荷が重すぎた。


 残った八発のイ号一型甲無線誘導弾だが、そのうちの七発までが「アイオワ」に命中する。

 しかも、それらの多くが艦中央部、具体的には煙突付近に着弾していた。

 もちろん、これは「翔鶴」第一中隊の搭乗員たちが意識して狙ったものだ。

 煙突の下には艦の心臓部であるボイラーがある。

 そして、命中したイ号一型甲無線誘導弾の多くが、その炸裂の際に煙路を通じてボイラー室に熱と炎を送り込んでいた。


 「翔鶴」第一中隊の攻撃が終了する頃には「翔鶴」第二中隊もまたイ号一型甲無線誘導弾を発射している。

 本来、イ号一型甲無線誘導弾のような兵器は波状攻撃よりもむしろ一斉攻撃のほうが効果的だ。

 相手の対空火器が分散するし、迎撃にあてることができるリアクションタイムもまた削ぐことができるからだ。

 しかし、イ号一型甲無線誘導弾は無線による誘導が必要なことで周波数チャンネルという制約があった。

 イ号一型甲無線誘導弾が持つ周波数は一八チャンネル、つまりは同時に発射できる最大数もまた一八発までだったのだ。

 帝国海軍ではこれに冗長性を持たせる意味からも、同時攻撃の最大の単位は基本的に中隊までとしていた。


 「翔鶴」第二中隊のほうもまた第一中隊と同様に一二発発射したうちの三発が脱落、さらに一発が対空砲火によって撃破された。

 先に七発が命中し、大火災を起こしている艦の中央部にさらに今度は八発のイ号一型甲無線誘導弾が突き込まれる。

 もはや、傷口に塩を塗るといったどころの話ではなかった。

 艦中央部から火柱が上がり、艦後部は猛煙にその姿を沈めている。

 「アイオワ」は完全にその行き脚を止め、ほどなく洋上停止した。


 一航艦攻撃隊の息をつかせぬ猛攻は続く。

 「瑞鶴」第一中隊が一番艦の位置にあった「ニュージャージー」にその狙いを定める。

 米戦艦のうち、三番艦から六番艦までは「アイオワ」が吐き出す煙に巻かれており、有効な支援砲撃ができる状態にはなかった。

 そのことで、途中で撃ち墜とされたイ号一型甲無線誘導弾は一発も無く、八発が「ニュージャージー」の煙突を中心とした艦中央部に突き刺さった。

 続く「瑞鶴」第二中隊もまた、一切の容赦も無く「ニュージャージー」の中央部を狙い撃ち、こちらは最高成績となる九発の命中を得ていた。

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