第19話 金と戦時急造計画
山本次官の戦争回避への決意を聞いた敏太は、彼のことを少し見直す。
ドイツとの同盟阻止それに対米避戦を主張すれば臆病者の誹りを受けることは確実で、そのうえ命の危険にさらされる可能性もある。
しかし、それを厭わないというのだ。
(帝国海軍の上層部の意識、誰が親独派で誰が親米派かを確認しておく必要があるな)
そのようなことを考えつつ、敏太は話を本筋に戻す。
「それで、三〇カ月で空母を造る件ですが、いかがいたしますか。期限までに完成すればその費用は私持ち、出来なければ海軍持ちとなる一種のギャンブルです。ただ、私も無理を押してまで関係者の不興を買うようなマネはしたくはないのですが」
あまり気乗りしない様子の敏太に、だがしかし山本次官はギャンブルという単語を聞いて生来の勝負師としての熱のようなものがわき上がってくるのを自覚する。
「受けて立ちましょう。もし、戦時になった場合は空母とそれに載せる艦上機が大量に必要となってくることは間違いない。それに、戦時急造タイプの艦艇を平時に研究、さらには建造しておくことも非常に意義があることです」
そう言って笑みを向ける山本次官に、ならばと敏太は追加の提案をする。
「駆逐艦や護衛艦艇についても戦時急造タイプの研究をお願いします。ご存知の通り、駆逐艦は艦隊のワークホースであり、艦隊決戦から船団護衛まで幅広く運用されます。しかし、その分だけ消耗もまた激しい。また、戦争ともなれば太平洋からインド洋まで広大な海域とそこに伸びる海上交通線を敵潜水艦や敵機から守らなければならない。そのことで護衛艦艇もまた大量に必要となってくることは必至です。そのための研究それに実際の建造に対してそれぞれ一億円ずつお出ししましょう」
米内大臣が敏太の手厚い支援に礼を述べつつ、山本次官に問いを発する。
「駆逐艦や護衛艦艇はともかく、空母のほうはどうする。三〇カ月で完成にまでこぎつけることは果たして可能なのか」
「マル三計画の大型空母やあるいはマル四計画の装甲空母であればかなり難しいでしょう。ですので、大きさとしては『蒼龍』あるいはこの夏にも竣工する『飛龍』あたりが上限となる。そして戦時急造タイプの空母は『飛龍』の図面をベースにします。エンジンは空母や巡洋艦のものに比べて製造が容易な駆逐艦のものを流用し、船体や艤装も可能な限り直線基調のものにすることで工数の低減を図る。そうすれば、三〇カ月で建造することは十分に可能でしょう」
山本次官の言っていることは、つまりは戦時急造型空母は「飛龍」の簡易改良型になるということだ。
しかし、米内大臣はそのアイデアに対して懸念を抱いたようだった。
「『蒼龍』の運用実績の報告は受けているが、しかし評判はあまり芳しいものではない。特に艦型が小さすぎて今後予想される艦上機の高速大重量化には対応するのが困難だという話だ」
米内大臣の言う通り、「蒼龍」はその細身の船体に大容量の格納庫と大出力エンジンを搭載したことで、それ以外の設備が狭隘または貧弱だった。
爆弾搭載能力や魚雷調整能力は低く、航空燃料の搭載量は危険なまでに少ない。
そのうえ、艦自身も航続距離が短いから補給計画も立てにくいし、防御力も褒められたものではなかった。
「戦時急造タイプという性格を考えれば、理想的な空母の建造はこれを諦めるべきでしょう。あれこれ欲張っていては建造期間が長引くだけです」
ぴしゃりと言ってのける山本次官に、米内大臣もそのことに納得したのか小さく首肯する。
三〇カ月という縛りがある以上、取捨選択は必要。
特に捨てることが大事だった。
「では、駆逐艦と護衛艦艇についてはどうする。こちらの艦種についても戦時急造タイプの計画は無かったはずだ」
米内大臣は空母の話は済んだとばかりに、駆逐艦それに護衛艦艇に話題を旋回させる。
「そうですな。護衛艦艇についてですが、こちらはマル三計画で建造した『占守』型海防艦をベースに主砲を平射砲から高角砲に換え、さらには対潜装備を充実させたものをイメージしています。ただ、『占守』型海防艦はかなり凝った造りだと聞くので、こちらは工数が減るように手を入れる必要があります」
少し間を置き山本次官が続ける。
「駆逐艦については難しいところですな。これからどんどん大きくなる経空脅威を考えれば主砲は高角砲の一択でしょう。問題は船体と機関です。数を揃える必要から艦体はそれほど大きく取ることは出来ない。最大でも一五〇〇トン以下に収めるべきでしょう。頭が痛いのは機関のほうです。一番手頃なのは防空駆逐艦のエンジンです。ただ、それでも大量製造するとなると我が国の造機部門が持つキャパシティではとても対応できるものではないでしょう」
敏太の援助によって建造を進めている防空駆逐艦は三四〇〇〇馬力と、「陽炎」型駆逐艦のそれに比べて三分の二以下の出力でしかない
ただ、ボイラーのほうは「陽炎」型駆逐艦のものと同じだから、必ずしも生産性の良いものではなかった。
これとは別に帝国海軍には「鴻」型水雷艇に搭載されている一九〇〇〇馬力を発揮するエンジンがある。
こちらは駆逐艦のボイラーやタービンよりも製造は容易だ。
しかし、駆逐艦に搭載するには少しばかり非力だった。
「そうなると、駆逐艦のエンジンを簡易小型化するか、あるいは水雷艇のそれを製造の容易さはそのままにしてその拡大改良版を造るかのいずれかだな」
表情を難しくした米内大臣が呟くように結論を下す。
「俗にいう、帯に短し襷に長しのような状況ですな」
山本次官が苦り切った顔で同意する。
そんな二人の様子を見ながら、敏太もまた胸中でため息を漏らす。
(結局、帝国海軍は確たる戦時建造計画を持ち合わせていなかった。しかし大丈夫か? こんな連中に国防を任せておいて)
決して口には出せない暴言を、だが心の中に押しとどめて敏太は考える。
まだ、少しは時間が残されている。
だから、その間に可能な限り帝国海軍を強くしなければならないのだ、と。
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