悪酔い
「中村さんは患者が見る夢を精査し、それらの処置にあたるアドバイスを下さるんだ」
中村という人物は、「夢クリニック」に勤め、あらゆる悩みに答える方法や手段を持った主治医のような立場にあり、眼前のクラスメイトの心を掴んで離さない魅力的な存在として、紹介された。断定的な言葉で中村氏を評価すれば、クラスメイトの反感を買いかねない。お茶を濁すような言い回しで咀嚼した素振りを見せるのが望ましいだろう。
「なるほど…」
新興宗教やネズミ講に類する怪しげな誘いだとし、数々の排斥を味わってきたであろう苦労の汗染みが、クラスメイトの眉間に寄った皺から見て取れ、用意周到な舌先三寸を過去に葬ったあとの誠実さだけが残っている。
「興味深いね」
俺は、深入りする手前で足踏みを繰り返すような曖昧模糊とした返答に終始した。そんな苦し紛れな会話にも、クラスメイトは感涙寸前に破顔し、ビールとつまみの枝豆によってより、砕けた様相をまとう。
「紹介でしか夢クリニックは通えないんだ。今度、連れて行ってあげるよ」
クラスメイトの誘いをにべもなく断れば、これまでの問答が嘘であると口頭するようなものだ。
「あぁ、また今度」
八方美人を演じたい訳ではないし、不和によって軋轢を起こす勇気もない。「友達を無くすから止めた方がいい」などと、注意を喚起するような真似は以ての外である。中庸であることに居心地の良さを覚え、ひたすら表層をなぞるだけの人間関係を築く。往々にして、深い関係になる前に雲散霧消と化すのが決まり切っており、同窓会という強制力のある場に召喚されなければ、過去に関係があった人間と顔を合わせることもままならない。
「連絡先を交換しよう」
人が変わったように態度を翻す猛々しい振る舞いをする気概を俺は持ち合わせていない為、待ち合わせなどの約束を取り付ける連絡手段の構築を不承不承ながら、受け入れるしかなかった。
「わかった」
幾ばくかの抵抗として、遅々なる手捌きで携帯電話を操り、クラスメイトとの関係の発展を遅らせる。
「また連絡するわ」
他愛もない雑談を終えたクラスメイトは、お役御免と言わんばかりに俺の目の前から去って、他のテーブルで行われている懇談の場に移動した。一人残された俺は再び、著しく早い減りをするビールを空にし、得意としないアルコールの注文に店員を呼んだ。
「ビールを一杯下さい」
途中から同窓会の記憶はない。人体にとってアルコールが毒と例えられ、飲酒のコマーシャルに於いて「美味しい」や「美味い」などの扇情的な言葉を禁じるガイドラインがあることは、至極真っ当で人道的だと実感した。どのようにして家路を歩き、自分の部屋の玄関で力尽きたかを説明できない朝を迎えた気怠さはなかなかに罪深い。
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