第12話 取り戻す
敬子は何かをしたくてもお金が必要だと思っていた。当たり前のことだが、夫の和也に通帳を取られてから、母親から月に一万円、お小遣いとしてもらっていた。敬子にとってはそのことも屈辱で仕方なかった。
入院中にカウンセラーの富永に相談し、
「自由になる一歩として通帳を取り戻しましょう。でもそれは春日井さんがご主人に直接言わなければなりません。出来そうですか?」
「怖いけど、頑張ってみます」
「言い方にも気をつけて下さいね」
「はい。でもどんな言い方をしても主人は怒ると思います。それが不安だし怖いです」
「それでも克服する為には、春日井さん自身が伝えなければならないことです。やってみましょう。ラインとかだったら電話より伝えやすいかも知れないですよ」
「はい…」
敬子は早速ラインで、和也に連絡した。
『携帯代や入院費も自分で支払いをするから、通帳を返して欲しい。自由になるお金が欲しい。お願いします』
和也は仕事中だったがすぐさま返事を返してきた。
『アンタに通帳を預けると、何も考えずにすぐにポンポンお金を使ってしまう。だからオレが管理しているんだ!』
それは怒りの返事だった。
『今まではそうだったけど、これからは自立の為に自分で管理したい』
敬子は負けずにそう返信した。
数分連絡はこなかった。既読の文字はある。そして三十分くらい経った頃、
『それじゃ退院したら通帳をアンタに渡すから!もう信用もクソもないからな!』
敬子はその返信を見て、和也がとても怒っていることが分かった。だが思い切って伝えたことで、退院したらこれでやっと通帳を取り戻せることが出来たと、安堵した。
その時、緊張し硬直していた体の力が抜けていくのが分かった。敬子はナースセンターに行き、頓服をもらった。だがその瞬間全身の力が一気に抜け倒れてしまった。慌てて看護師の一人が敬子の体を抱き抱え、もう一人が足を持ち、部屋のベットに敬子を寝かせた。そして小さく空いた口元に頓服を入れた。敬子は頓服を飲み涙を流し始めた。
「春日井さん、何かあったの?良かったら話してみて」
抱き抱えてくれた看護師が言う。
「わ、わた…し、主人とケンカ…したこと…なくて…。私の…通帳、主人が持っていて…。自分が通帳…管理、したいって…やっと言えた…」
「そっか。春日井さん、ご主人に遠慮していたんだね。頑張って自分の思いを伝えたんだ。偉かったね」
「は…い」
「そっか。ウンウン。全力で頑張ったんだね。頓服飲んだから後はゆっくり休んで」
「うっ…うっ…」
「頑張ったから思いっきり泣いていいんだよ」
「ありがとう…ございます…」
敬子は、瞳を閉じても溢れ出る涙が頬をつたい、和也に対する恐怖心も一緒に流れるような気がした。
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