第3話
必要かわからないけれど、僕の話をしておこう。といっても僕が語るべきところはすくないと思う。僕は僕自身のことをわかっているつもりでいるが、それ故にどれが特筆すべき事柄かはっきりとしない。Kの幼少期についての語りとちがって僕の記憶というのはそれぞれ独立していて明確なストーリーラインがない。まるでシャボン玉が無数に浮いている感じなのだ。
僕は比較的裕福な家庭に生まれた。しかし「比較的」だからそれほど広大な敷地や立派な屋敷、閑静な一等地を想像しないでくれるとありがたい。つまりただの地方の一軒家、それなりに将来を焦らないですむ家庭だった。姉が一人で母親は専業主婦、父親の稼ぎは悪くない、それだけ言えば僕の家庭は十分だ。
僕には諸々コンプレックスがあった。しかしこれも特別なものと思っていない。いまの時代、何の不安も劣等感もなく健全に育つ子どものほうが少ないんじゃないだろうか。だからわざわざコンプレックスの詳細を語るべきでもないと思っている。こういうものは適切なとき、適切な量で見せるべきなのだ。そしていまは適切だろうか。
しかし僕がこのコンプレックスをもってどのように世界と折り合いをつけたのか、それは語るべきだろう。いわばこれがKと僕との決定的な差異かもしれないから。
まず自殺について。しかし自殺についてという入りもおかしい。僕は自殺を考えたことはなかった。それはいまもずっと変わらず、思いもよらないことだった。コンプレックスがある、しかしそれで死のうというのは飛躍しすぎてはいないか。
そして世界の善悪。これもおかしいと思っていた。僕には世界が間違っているか間違っていないかなんて考えなかった。それがどちらにせよ、僕らは順応しなければならない。ただそれだけなのだ。もっと言えば「世界」なんてものは存在せず、そういう概念じみたものを無理矢理生み出して憎むというのがおかしい。僕らにあるのは細かい「社会」だけで、学校もそういう細かい「社会」の複合で成り立っている。ある特定の人物がまた別のある特定の人物と合わないように、一人の人間とすべての「社会」が合致するわけではない。憎む憎まないの前に、それを考えればいいだけではないか。
権威がどうこう、それも当然の話だと思う。何もない人間が正論を発したところで誰が聞くのだろう。云うが安し、行うが難し、だ。何かを成し遂げていない人間の言葉はただの妄言にすぎない。しかしもっと言えば権威さえもいらない。やはり順応すればいい、もしくは順応できる「社会」を見つければいいんだ、たったそれだけなんだ。
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